第3話 煮え切らない対応
クラムベローの入市審査を受けて、トールは魔機車を市内に進めた。
広々とした道にほっとしながら、周囲を観察する。
人通りが多く、活気にあふれた都市だ。都市の顔ともいえる大門前の大通りに美術商が軒を連ねているのはさすが芸術の都というべきか。
大きな都市だけあって、馬車や魔機車を停められる宿を探すのは難しくなかった。
市内を徐行して宿に目星を付けながら、冒険者ギルドの裏手にある駐車場へと入る。冒険者クランが魔機車を運用していることがあるほか、素材の運搬で馬車が出入りできるように、ギルドの裏手にはこの手の広いスペースが必ず設けられている。
邪魔にならないように駐車場の端に魔機車を停めると、ギルドの職員が建物から出てきた。
「すみません、どこのクランの方でしょうか?」
魔機車の外装にクランの紋章などを掲げていないため、職員は不思議そうな顔をする。
運転席から降りたトールの若さと、後から降りてきた双子の美しさに目を白黒させた職員は魔機車と見比べる。
魔機車は高級品だ。そんなものを乗り回す若い三人組は事情を知らなければ奇異に映る。
「クランじゃない。Bランクの冒険者だ」
「び、Bランクの冒険者ですか?」
魔機車から降りてきたのがBランクの冒険者と聞いて、職員はますます訝し気な顔になる。
トールは苦笑しつつ、職員を促してギルドの中に入った。
職員の反応にユーフィとメーリィが楽しそうに笑っている。
「……トールさんが序列持ちなのを隠す理由が分かった気がします」
「こういった反応はなんだか優越感がありますね。楽しむのは意地が悪いかもしれませんけど」
「誰が意地悪だって?」
「もちろん、トールさんです」
声を揃えて言い返され、トールは肩をすくめる。なにしろ二対一だ。勝てるはずもない。
建物の中は、冒険者ギルドには珍しく壁に絵が飾ってあった。描かれているのは魔物や魔機獣で、どれも非常に危険度が高いものだ。
「クラムベロー周辺で討伐されたBランク以上の魔物や魔機獣の絵です。絵の作者と討伐者、討伐年月日が額縁の下のプレートにあるでしょう」
職員が得意そうに手で示したプレートには確かに名前や年月日が記録されている。
トールは描かれた魔物や魔機獣をざっと見て、眉を寄せる。
「偵察型の魔機獣がここ十五年で増えてないか?」
「よく気付きましたね」
職員がトールを褒める。
偵察型に分類される魔機獣の内、Bランク以上に相当するものは少ない。もともと戦闘用ではないため、討伐の難しさに対して危険度が低く、Cランクで落ち着くのが相場だ。
絵に描かれている魔機獣は偵察型の中でも戦闘用の護衛を伴う種類だ。広域の偵察能力を持つため索敵に優れ、周囲の護衛に情報を伝達する。この特徴のせいで冒険者は奇襲を行えず、正面切っての戦闘を余儀なくされる。
「このギルドの冒険者は優秀なんだな」
「ははは……」
乾いた笑いを漏らす職員に、トールは怪訝な顔をする。
ユーフィとメーリィも職員の反応に興味を惹かれて視線を注ぎ、無言で続きを促した。
職員は視線を泳がせ、トールたちに背を向けるとさっさと受付に歩き出した。
「手続きを進めましょう」
あからさまに話題を変えてきたが、どのみち、クラムベローに来た以上は手続きを済ませなくてはいけない。
差し出された手続き書類に記入を済ませて差し出すと、愛想笑いで書類を受け取った職員は一目見て硬直し、慌てた様子で奥に控えている上司の元へ走っていった。
職員の慌てぶりを見て、ユーフィがトールの服の袖を引いた。
「何か、気配がします。事件の」
「吸血鬼事件が取りざたされているところに俺みたいなのが来たんだから、想像はつくけどな」
トールは職員から視線を外し、建物内にいる冒険者を見回す。
総じて、弱い。Cランク相当が二人、残りはDランクだろうか。少なくともBランクの偵察型魔機獣を仕留められる実力者はいない。
実力者は出払っているのか、それともどこかのクラン所属でこことは別の場所にたむろしているのか。
戻ってきた職員が依頼書をトールの前に差し出した。
「トール様の実力を見込んでこの依頼を――」
「吸血鬼事件についての依頼は他所を当たってくれ。調査はするが、依頼を受けると恨まれそうだからな。そもそも、事件解決ができるかもわからない」
トールが即座に受諾を拒否すると、職員は「あ、はい」と呟き、依頼書を丸め始めた。
職員もこの依頼を受けるまともな冒険者はいないと分かっているのだろう。
依頼人との板挟みで大変そうだと同情するトールの横から、メーリィがひょっこり顔を出す。
「気を落とさないでください。個人的な興味もあって吸血鬼事件については調べたいと思っています。ついては、可能な限りの情報を開示していただければと」
メーリィの言葉を聞いた職員がばっと顔を上げ、救われたような顔をする。
しかし、すぐに人目をはばかるようにギルド内の冒険者を盗み見て、トールにだけ聞こえるように話しかけた。
「ありがとうございます。では、お手数ですが、裏手に停めているトール様たちの魔機車の中でお話をさせていただけませんか?」
「魔機車の中で? ギルドの応接室は?」
「……すみません」
応接室が使えない何らかの理由があるのだろう、多くを語らず謝罪の言葉を口にする職員に、トールは小さく頷きを返した。
「分かった。魔機車の中で待とう。怪しまれないタイミングで来てくれ」
トールは職員に告げて、何食わぬ顔で受付を離れる。
依頼掲示板の前に立って依頼を探すふりをしてから、魔機車の元へ歩き出した。
ユーフィとメーリィがトールの左右に立つ。
「込み入った事情がありそうですね」
「そうみたいだな。状況が分からないうちは調査も控えた方がいい。あの職員以外からも話を聞かないとまずいな」
「盛り上がってきました。スパイみたい」
ユーフィとメーリィがくすくすと小さく笑う。
「あまり暢気に構えていられないかもしれないがな」
トールだけは面倒くさそうな顔をして、魔機車の中に入った。
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