第2話  審査待ち

 クラムベローに近づくほど人が増えてきた。

 トールはアクセルを緩めて魔機車を徐行させながら、左右を見る。


 クラムベローは小高い丘の上にあるが、周囲は広く深い森が広がっている。街道が開かれているが、事前に聞いていたほど冒険者の数は多くないようだ。

 食品を運んできたと思しき行商人が多くクラムベローの入市審査の列に並んでいる。数時間は待たされそうな長蛇の列はクラムベローの活気を表していると肯定的に見ることもできるが――


「審査が厳しくなっているようですね」


 トールの肩越しに列の進み具合を見たメーリィが指摘する。

 審査の手際が悪いのではなく、審査項目が多いせいで遅々として進まないようだ。

 初めてクラムベローに来たトールはこんなものかと納得してしまうところだが、ユーフィが首をかしげる。


「以前に来たときはもっと来るものを拒まずの雰囲気でした。やはり、原因は吸血鬼騒動?」


 人が入れそうな大きさの荷物は必ず馬車などから下ろして陽の光の下で検めている様子から、ユーフィがあたりを付ける。


「吸血鬼は太陽光を浴びた部分が炭化し、数分で灰になり、血液を摂取しなくては再生しない、との報告書が旧文明の遺跡から見つかっています。陽の下で検めるのは保険でしょうか?」

「だろうな。本当に吸血鬼が潜んでいるなら戦闘は自殺行為だし、この列に並んでいる連中の七割は戦闘の余波で死ぬ」

「トールさん、吸血鬼と戦ったことが?」

「ないな。獣人の隠れ里で聞いた話だ」


 獣人の古老の話では、吸血鬼の戦闘能力は常軌を逸しているという。

 好奇心に駆られた双子がトールに話を促す。ユーフィが助手席に座り、メーリィがトールの座席に後ろから縋りついた。


「旧文明の報告書によれば、吸血鬼は吸血行為を行うことで眷属を作り出し、厳格な階級構造社会を作るとのことですが、あまり多くは知られていません」

「報告書そのものはその署名からパッポリ報告書と呼ばれて一級資料扱いですが、そもそも吸血鬼の存在を疑う声も根強いです」

「そのパッポリ報告書とやらは俺も読んだ。いくつか、獣人の話と符合することもあったが、厳格な階級構造社会というのは嘘だ。それと、吸血行為で眷属を作り出すのは事実だが、必ず眷属化するわけでもない」


 完全に流れが止まった入市審査の列の最後尾に魔機車を付けると、トールは座席に深く座りなおす。


「吸血鬼は不老で再生能力も非常に高い。だが、絶対数はさほど多くはなく、隠れ潜んで暮らしているそうだ。どこかに隠れ里もあるらしいが、獣人族は知らないとさ」

「吸血鬼の隠れ里ですか。恐ろしいような、面白いような……」

「別に、吸血鬼だって誰彼構わず血を吸って回るわけでもない。そもそも、吸血対象は人間に限らず、魔物でもいいそうだ。魔機獣は吸血鬼対策で一種の毒を持っているらしいけどな」


 吸血対象に魔物も入っていると聞いて、ユーフィとメーリィは驚いた顔をする。

 旧文明時代に魔物に区分されたほど、吸血鬼は人間の敵対生物と判断されてきた。理由は生存に必要な吸血行為が人間を害するものであると同時に、眷属化により数を増して社会不安を引き起こすからだとされている。

 だが、魔物の血でも飢えが満たせるとなれば事情がだいぶ変わってくる。


「人間の脅威とまでは言えないのでは?」

「生態は、な。問題は戦闘能力の方だ」


 総じて人間とは比べ物にならない身体能力を有する獣人をして、常軌を逸していると言わしめる戦闘能力。そんなものが人間に向けられれば抵抗の術はない。


「そんなに強いんですか?」


 今までトールが苦戦らしい苦戦をしたところを見たことがない双子はまるで想像ができないらしい。

 トールはわかりやすく説明するためしばらく考えた後、口を開いた。


「例えば、今のユーフィやメーリィの魔力量を1とする。吸血鬼化するとこの魔力量が二十に跳ね上がる」

「……二十倍、ですか。それって竜種くらいになっているのでは?」

「加えて、吸血鬼は不老で、歳を重ねるほど魔力量が増していく。百年も生きれば四十に、二百年で六十、四百年ともなれば目の前のクラムベローを包む結界魔法を一個体で発動、数日間は維持し続けられる」


 吸血鬼に魔力量の限界はなく、際限なく強くなっていく。常人の百倍以上の魔力ともなればいくらエンチャントを施した武装の抗魔力でも抗いきれずに破壊されてしまう。


「俺も、吸血鬼を相手にするのは嫌だね。しかも、獣人の話だと旧文明時代から生きている個体もいるらしい。そんな奴の魔力量がどうなっているのか、想像もしたくない」


 本当に旧文明時代から生存している吸血鬼がいるとすれば、人間が抗える相手ではない。

 トールの話に、双子は緊張した様子で尋ねる。


「トールさんが相手にできるとしたら、何年生きた吸血鬼だと思いますか?」

「タイマンなら、百年くらいで互角、二百年くらいだと奥の手を使って死闘になる。三百年となると俺一人じゃどうにもならないんじゃねぇかな」


 吸血鬼の討伐依頼は冒険者ギルドでも出たことはないが、トールが獣人族から聞いた話をギルド本部に報告しているため、その戦闘能力はある程度認められている。

 今回、吸血鬼事件についての依頼がトールに回ってきたのは序列持ちでも最強格の戦闘能力と実績、報告書を上げたことなどが加味されているのだろう。


「ただ、今回の吸血鬼事件とやらが本当に吸血鬼の仕業とも思えないな。もっと隠れ潜むだろ」


 旧文明崩壊以後、吸血鬼が実際に確認されたことはない。それほど、吸血鬼は身を隠すのに長けていて、なおかつ慎重だ。

 トールは今回の吸血鬼事件が何者かによる自作自演や誤認ではないかと考えていた。


「なんにしても調査をしないと確かなことは言えないが……全然審査が進まねぇな」


 苦笑して、いまだに長い審査待ちの列を見る。

 メーリィが荷台スペースの戸棚からクッキーの詰め合わせを持ってきた。


「おやつですよー」

「魔機車を買って正解だったな。座れているだけでも楽なのに、空調は効いているし、のんびり食事もできる」


 羨ましそうにトールを見る徒歩の行商人や画家志望らしき少年に、運転席の窓からクッキーを差し入れる。

 太陽が高く上り、直射日光も厳しいこの時間は汗をかき、喉も乾くだろう。

 気を利かせた双子が果実水の炭酸割りを用意し始める。


「さわやかな炭酸ジュース。各種取り揃えてますよ。一杯、銅貨三枚からです」


 ユーフィが売り子を始めた。

 流石大規模商会の娘、ちゃっかりしている。

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