第四章 十年目の転移者と吸血鬼事件

第1話  魔機車の旅

 人や馬に踏み均された街道を一台の大型魔機車が走っていく。

 それを運転するトールは人のいない街道で速度を出し過ぎないよう周囲の景色の流れ具合を目視しつつ、ハンドルを握っていた。

 連結された荷台部分でユーフィとメーリィがのんびりと読書をしている。


「全然揺れませんね」

「凄く、それはもうものすごく、快適極まっています」

「トールさん、飲み物はいかがですか?」

「飲み物はいらないが、少し退屈だからなんか話でもしてくれ」


 地球であればラジオ放送でも聞き流すところだろうなと思いつつ、トールは話を振る。

 双子は座席に座って本のページをめくりながら、「そうですねぇ」と話題を選ぶ。


「目的地のクラムベローですが、古くから芸術の都と呼ばれる文化の中心地です」

「あぁ、聞いたことがある。歴史的な巨匠を何人も輩出しているって。画家、建築家、音楽家、劇作家も」


 幅広く、芸術分野の人材を育成し輩出する文化の中心地。周辺は肥沃な大地が広がり、いまだに魔物も数多く存在する。

 主に工芸品や芸術品、美術品の輸出で得た利益を画材や食料品に変えており、積極的に開催されるコンテストに入賞すれば活動支援金を出すパトロンのようなこともやる特殊な都市だ。


 貿易で利益を出しているだけあって街道の防衛にも積極的に力を入れており、冒険者も多数在籍しているものの、どういうわけか周辺の魔物の種類や分布が安定しないため冒険者の入れ替わりが激しい。


「俺は一度も行ったことがないんだが、二人は?」

「両親に連れられてパーティに出席するため出向いたことがあります。五年ほど前ですね」

「とても華やかですが、浪費癖が身に付きそうであまり長居したくはないですね。楽しいところではありますよ、観光目的なら」


 食事もおいしいですし、と二人は楽しそうに語る。

 もともと、永住するつもりなどないためトールの期待は高まった。


「そうそう、トールさんに言っておかないといけないことがありました」

「なんだよ、改まって」


 曲道に差し掛かって速度を緩めながら、トールは聞き返す。

 バックミラーで車内の双子を見ると、恥ずかしそうに顔をそむけた。


「春画の類を買うのでしたら言っていただければ席を外しますので」

「買わねぇよ!?」

「買わないんですか!?」

「なぜ驚く!?」


 互いに驚きの声を上げ、トールはため息を一つ。


「春画なんて買わないっての。俺はあまり絵の価値が分からないんだよ。そんなものに金を使うくらいなら良いモノを食べたい」


 色気より食い気を主張するトールに、メーリィが納得顔で頷く。


「男性なら必ず所持しているものだとばかり思っていましたが、道理で、トールさんの荷物にはそれらしいものがないわけですね」

「ちょっと待て、いつ俺の持ち物を検査した?」

「抜き打ちですので次回は未定です」


 かわいらしく小首をかしげて両手の指先を合わせてアルカイックスマイルを浮かべるメーリィに、トールは抗議の視線を送る。


「次回予約とか入れないっての。無期限延期にしておけ」

「見られて困るものがおありですか?」

「興味津々じゃねぇか。束縛彼女でも隠れてやるぞ、そんなこと」

「大丈夫です。理解はありますよ」

「大丈夫です。愉快になりますよ」

「ユーフィ、愉快ってのは具体的にどうなるんだ?」

「別の紙を用意して差分を作ってパラパラ漫画にします」

「ほぉ……」


 そんな技能まであるのかと素直に感心するトールだが、エロアニメーションそのものに興味はなかった。


「アニメーションの技術ってクラムベローにあるのか?」

「アニメーション技術はこの世界にないですよ。そもそも、染料が高価ですから、枚数が必要なアニメーションは白黒にせざるを得ません。ですが、まともに絵を描ける人材がそもそも高給取りですから、アニメーションとなるとどれほどのお金と時間がかかるか」


 この世界、絵画の勉強ができる時点でかなり裕福な部類である。そんな人間を揃えて作るアニメーションはどうしても高価になってしまうらしい。


「高価になりがちな染料を扱えて、色付けした絵を仕上げてこそ一人前という風潮もありますし、雇おうとしても難しいでしょうね」

「そういうものか」


 アニメが氾濫していた日本がどれほど恵まれた環境だったのか、今さらのように実感する。


「染料か。日本にいたころはあまり意識してなかったけど、こっちの世界だと本当に高いよな。染め布とか、諦めたことが結構ある」

「紫や青が高いですね。青色原料のラピスラズリから抽出するウルトラマリンで破産する画家はこちらの世界にも例があります」

「紫はこちらでも貴色なんだったか」


 紫を作るには手間暇がかかる。古来から紫色は高価で、高貴な色とされた。

 双子は頷きを返し、車内の冷蔵庫からハーブティーを取り出す。


「クラムベローの貿易の内、顔料に関する輸入額が相当量を占めていて、財政を圧迫しているほどですからね」

「クラムベローは今でもベロー家という領主一族が運営を仕切っているのですが、貴色である紫の輸入に身分制限が掛けられた際に、住人が擁立したのが家の興りだそうです」

「都市の政治まで芸術が関わっているのか。筋金入りだな」


 芸術で食べている都市なのだろう。


「そんな街で吸血鬼騒動か。騒動をモデルにした絵や劇がすでにありそうだな」

「観劇ですか。それも面白そうですね」

「完全に観光気分だな……」


 トールも吸血鬼事件とやらを解決する気は一切ないが、クラムベローに行く主目的は吸血鬼事件の調査である。

 主目的を忘れていそうな双子に苦笑しつつも、観光もしてみたいトールは時間を作れるよう、魔機車のアクセルを踏み込んだ。

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