第16話  受けたくない依頼

 魔機獣の巣攻略から一週間が経つ頃には事態はだいぶ落ち着き始めていた。


 オーバーパーツの安全性の見直しと暴走原因の追究を兼ねた聞き取り調査。魔石充填法の検証と実験。魔石価格暴落の見通しと燃費問題が解決した各種魔機の再評価。都市防衛用のゴーレム開発。

 ファンガーロの議会は紛糾し、魔機師の工房は上を下への大騒ぎ、商会は暴落が予想される魔石の購入を控えて余った資金を運送車両である魔機車に投入し、魔石が売れなくなった冒険者が新クランを結成してファンガーロから流出するなど。


 一週間が経った今はファンガーロよりも外の方が騒がしいくらいだった。

 トールは魔機車の運転訓練を終えて、コーエンの工房に顔を出す。


「やってるな」


 コーエンと双子がゴーレムを作っていた。

 アルミニウム合金を使用した軽量のゴーレムだ。人とそう変わらない大きさで、メカメカしさは隠し切れないもののかなり人らしい顔をしている。


 トールはマネキンを思い出すが、コーエン曰く至高のゴーレムにして恋人。会話BOT機能を搭載し、自立駆動まで行う。


「いまできたところです。凄いですよ、これ」


 ユーフィが至高のゴーレムを指さして興奮気味に駆け寄ってくる。


 コーエンが今までコツコツと準備してきた会話パターンが入っているらしく、かなり自然に会話ができるという。

 データがどこに入っているのか門外漢のトールにはさっぱりだったが、凄い技術なのは確かだ。


 鼻歌交じりに工具類を片付けていたコーエンがトールに気付く。


「魔機車の内装パーツの部品が発注元の工房から届いたから、明日か明後日には組み上げられるわ。運転には慣れたのかしら?」

「まぁ、大体は」


 交通ルールも明文化されていない世界であるため、免許などは必要ない。運転だけなら訓練の必要もないほどだったが、タイヤチェーンのつけ方などは学ばないと分からなかった。

 トールは手近な椅子に腰を下ろし、お昼にと買ってきた人数分のサンドイッチを机に並べる。


「それで、ファンガーロ魔機師ギルドからは何だって?」


 コーエンはファンガーロ有数の魔機師だったが、人嫌いであるためギルドなどにはかかわっていなかった。

 今まではオーバーパーツが街の防衛の要になると考えられていたため、暴走の危険があるゴーレムの研究者はコーエンを筆頭に不遇をかこっていた。

 だが、オーバーパーツの問題点がゴーレムの暴走と根を同じにしていたことが発覚して状況が一変、人の命がかからないゴーレムに注目が集まってしまった。

 結果、ゴーレム研究の権威でもあるコーエンのもとには魔機師組合から人がたびたびやってきている。


「顧問団の一人にならないかって言われたわ。断ったけどね。私には彼がいるもの。もうゴーレムなんていらないわ!」


 コーエンがうっとりと頬擦りするのはアルミニウム合金のゴーレムである。


 ――ゴーレムである。


 しかし、トールは突っ込まなかった。コーエンの恋人となった彼を普通のゴーレムと同列に語ろうものなら一時間は滔々と惚気られるからだ。

 サンドイッチに手を伸ばしたユーフィが話題に乗ってくる。


「コーエンさん、勧誘の職員さんに一言『知るか』って言って追い出したんですよ。気の毒ですよね?」

「手のひら返しをする人間なんて大嫌いよ。その点ゴーレムは一貫していて素晴らしいわ」

「これですよ。もう取り付く島もない感じです。職員さんの方もあきらめてなさそうでしたけど」

「一貫性を見せるのなら三顧の礼でもしないとな」

「三国志ですか? 古典はあまり資料がないので話題についていけないです」


 ユーフィが申し訳なさそうな顔をする。

 もとより雑談であるため、気にする必要はないと片手を振った。


「――おーい、トールはここか?」


 工房の外から聞こえてきた声に、コーエンがあからさまに面倒くさそうな顔をした。

 お前の客なんだから勝手に出ろ、とコーエンにジェスチャーされて、トールは椅子から立ち上がる。

 工房の扉を開けると、鉄の両腕を組んだロクックが立っていた。


「お、やっぱりここか」

「入るか?」

「――ちょっと、工房にあんまり人を入れないでよ」


 コーエンに注意され、トールは苦笑して工房を出て外壁に背中を預けた。

 何事だろうと、ユーフィとメーリィも出てくる。

 ロクックはユーフィとメーリィに頭を下げた。


「お嬢さん方、お疲れ様です!」

「え、はぁ?」


 ユーフィとメーリィが戸惑ったような声を出して、トールの腕を取って盾のように構える。

 トールは苦笑しつつ、ロクックに声をかけた。


「魔石充填の件で命を助けてもらって感謝してるのはわかるけどさ。会う度に頭を下げるなよ」

「そうは言うが、お嬢さん方はもう歴史的偉業を成し遂げた偉人だからな。やっぱり礼は尽くさねぇと」

「まぁいいや。それで、用件は? 冒険者ギルドの職員採用試験に落ちたのか?」

「縁起でもねぇな。受かったよ。それで初仕事に来たんだ」

「初仕事、ですか?」


 メーリィが興味を引かれたようにトールの脇から顔を出した。同時にユーフィが逆サイドから顔を出す。


「トールさんに依頼ですか? 私たちに依頼ですか?」

「両方です、お嬢さん方」


 ロクックが依頼書を三人の前に掲げる。

 依頼書には『クラムベローの吸血鬼事件について、調査求む』と書かれている。

 トールは依頼書を上から下まで読み、ロクックを見た。


「受けると思ってる?」

「受けないだろうと誰もが思ったから、せめて知り合いの俺を派遣したんだと思ってくれ」


 トールとロクックが苦笑しあう。話についていけないユーフィとメーリィはもう一度依頼書を読み直すが、結局受けない理由が見当たらずトールを見上げた。


「どうして受けないんですか?」

「依頼主がクラムベロー議会や冒険者ギルド支部じゃないだろ」

「畜産業者の連名での依頼ですね。それが何か?」

「連名で依頼するほど被害が出ているなら、先に議会やギルド支部が動く。動いてないってことは、都市の中で意見が割れている場合がほとんどだ。つまり、この依頼を受けると都市の片側の勢力を敵に回すし、恨まれる」

「そういうものなんですね」


 他にも気になる点はあるものの、最大の問題点が依頼主であるためトールは深くは説明しなかった。

 ロクックも最初からあきらめムードだったため、さっさと依頼書を丸めてしまう。


「ギルドの方には報告しておく。どうせどこに持って行っても誰も受けないと思うけど。本当に吸血鬼だったら序列持ちかAランクパーティの仕事だから、できれば様子だけでも見に行ってくれないか?」

「様子見って言ってもな……」


 あまり乗り気ではないトールとは違い、双子は興味津々だった。


「吸血鬼、魔物に分類されながら会話が可能とも聞きます」

「旧文明時代には人との間で戦争に近い状態になったとか」


 双子が宝物を見つけたような目でトールを見上げる。


「実に面白そうですよ!」

「……様子を見に行くだけならいい。解決については期待しないでくれ」

「トール、お嬢さん方に甘くね?」


 ロクックの指摘は聞こえないふりをした。

 事務仕事があるから、と支部へ帰っていくロクックを見送って、トールは二人を見る。


「オーバーパーツの件、二人のおかげで助かった。ありがとう」

「いえいえ、仲間ですから。持ちつ持たれつですよ」

「それに、打算がなかったとは言えないですし」

「打算?」


 ユーフィとメーリィがトールの腕を放して曖昧に笑う。


「知り合いが増えれば増えるほど」

「この世界に根を張ることになるかなぁ、と思いまして」

「そういう意味か」


 トールは笑って二人の肩を抱いて引き寄せた。


「二人がいるんだ。今さらだろ」


 ユーフィとメーリィが顔を赤くした。


「改めて言われると照れますね」

「ま、根を張ると言っても魔機車を買ったから当面は根なし草だけどな」

「タンブルウィードですね。西部劇というものでよく転がっているらしいですが」

「あれってそんな名前なの?」

「種をまき散らすそうですよ。私たちもトラブルの種をばらまいていきましょう」

「俺たちは別にトラブルメイカーってわけでも――ないこともないか」


 問題はすでに起きている場合がほとんどだが、解決する過程で騒ぎを大きくしてばかりいる気がして、トールは悩む。


「ま、まぁ、吸血鬼事件といっても解決しに行くわけでもないし、騒ぎを大きくすることは多分ないだろ」

「フラグですね」


 ユーフィとメーリィが声を合わせて茶化した。

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