第15話  歴史に残る大発明

 ユーフィとメーリィがコーエンを連れて制御施設前に戻った時、戦闘は終了していた。

 瓦礫や鉄骨で身動きを封じられたオーバーパーツの装着者が五人、地面に転がっている。

 五人の中央で臨戦態勢を維持していたトールは双子の姿を見つけてようやく安堵したように手を振った。


「首尾は?」

「ゴーレムの魔石で試した限りでは成功しました」


 答えるユーフィが後ろを見る。

 魔力充填の仕組みを試作していた時に合流した冒険者たちだ。

 メーリィがオーバーパーツの装着者を見回した。


「事情はこちらの冒険者さんたちから聞いています。全員、ロクックさんと同じく魔力不足だと思います。材料は用意してありますのですぐに魔力充填を開始しますね」

「頼む。暴れたら俺が取り押さえる。そっちの冒険者たちは周囲の警戒をしてくれ。制御施設を壊したから、ここに魔機獣が修理にやってくる可能性がある」


 本来であれば速やかに撤退するため、魔機獣と遭遇する可能性はなかったのだが、いまはロクックたちの拘束を解けないため、迎撃戦を覚悟しなくてはいけない。


 メーリィがゴーレムの腕パーツに蝋をコーティングした物を出してくる。

 明らかに即席のそれに、ゴーレムの指パーツを削ったらしい針を触れさせ、その針に振動盤代わりの空の魔石を添えた。

 コーエンが空の魔石とロクックのオーバーパーツの魔石を魔力導線で繋ぐ。トールが完全に取り押さえているため安全だが、それでも躊躇せずに近づくコーエンは肝が据わっていた。


 ロクックが焦点の定まらない目を向ける。


「俺は、まだ意識がある。他の連中を――」

「黙ってなさい。あんたがファンガーロの冒険者の憧れの的だって理解することね。あんたが治らないと周りの連中が不安がるのよ」


 乱暴に諭して、コーエンが舌打ちする。


「まったく、私は人間なんて大っ嫌いなのに」

「あぁ、トールが言っていた。ツンデレって、こういうのか」

「それ以上、無駄口を叩いたらその両手を卑猥な形で固めるわよ?」

「憧れに、なんてことする気だよ」


 苦笑するロクックはオーバーパーツから魔力が引き出されるのを感じ、視線で魔力導線をたどり、円筒形の蝋盤を見た。

 同じものを不思議そうに見ていたトールに、メーリィが説明する。


「いわゆるレコード盤です。かなり初期の型で、エジソンさんが作ったものですね」

「円盤じゃないんだな」

「あり合わせですから。ただ、音質は縦溝になるこちらの方がいいはずです」


 ロクックのオーバーパーツの魔石から伝わった魔力が振動板である空魔石に流れ込み、固有の振動を見せる。

 回転する円柱に針が溝を刻み始めた。

 固唾を飲んで冒険者たちが見守る中、ユーフィが針を離し、読み取り用の針とゴーレムの魔石を魔力導線で繋ぐ。

 ゴーレムから流れ込んだ魔力が針に込められた。

 読み取り用の針が蝋円柱に触れ、上下に振動し始める。


「ロクックさん、異常があったらすぐに教えてください。これはいわゆる人体実験ですから、何が起きるかわかりません」

「死ぬ気だったんだ。大概のことは、受け入れる」


 とっくに覚悟は決まっていると苦笑するロクックのオーバーパーツの魔石に、読み取り用の針から魔力が流れ込む。


 それは不思議な感覚だった。

 失った両腕が内側から温められていくような、滞っていた血の巡りが戻ってむずがゆく痺れるような、奇妙な充足感。

 頭に鳴り響いていた何者かの指令が遠ざかっていく。ぼやけていた視界と思考が晴れていく。

 自分を取り戻すような気持ちだった。


「どうですか?」

「不快感はないな」

「口調がはっきりしてきましたね」


 出来れば経過観察もしたかったようだが、メーリィはロクックの口調や顔色、オーバーパーツの魔石の充填具合から当面の危機を脱したと判断し、他の四人にも同様の処置をするよう冒険者たちに指導を始める。

 しばらく安静にしているように言われたロクックは傍らのトールに声をかける。


「……迷惑をかけた」

「まったくだ。おかげで俺の仲間が世紀の大発明をする羽目になった」

「魔石の充填か。世界が変わるな。仕組みも簡単みたいだし」


 今まで魔石への充填方法は存在せず、高純度の魔力を必要とする都市の結界や魔機車などは維持費が問題となっていた。

 特に都市の結界は魔物や魔機獣を遠ざける絶対に必要なものでありながら、時には都市の経営破綻を招くほどに魔石を必要としていた。


 魔石の充填方法が広まれば、魔石の価値は一気に下がり、燃料問題が解決された様々な分野が躍進を遂げる。

 特に、戦闘用のゴーレムや魔機車による運送業の躍進は人類の生活圏が結界ごとに点在する現在の状況を変え、線で結ぶことになる。


「トールもすごいが、ツレもすごいな。歴史に名が残るぞ」

「俺も置いてけぼり感があるくらいだ。ファンガーロに帰ったら酒に付き合え。慰めあおうぜ」

「いやだよ、気持ち悪い。痛っ、叩くな! 人が拘束されて動けないのをいいことに!」

「自業自得だ。バーカ、バーカ!」


 じゃれあうトールとロクックの緊張感のなさが伝播したのか、仲間の心配をしていた冒険者たちも表情を緩ませる。

 ロクックがあれほど元気になったのだから、処置さえ終えれば仲間のオーバーパーツ装着者も復帰できると分かったのだ。


 処置が進み、オーバーパーツを装着した五人が全員意識をはっきりさせるまで待って、トールたちは魔機獣の巣を後にする。

 帰りが遅いのを心配していた待機組と合流を果たし、ファンガーロへ続く街道に出た時、誰かが呟いた。


「オーバーパーツ、これからどうなるかなぁ……」


 暴走の危険性や魔機獣を操る制御施設の干渉を受けることが分かった以上、規制は免れないと誰もが思った。

 だが、ロクックが軽く笑い飛ばす。


「大人しく魔機手を使えばいいさ。まぁ、俺たちは癒着しちまってるから無理だけど。これからは冒険者ギルドの事務仕事でもするさ」

「魔力を激しく使う戦闘をしなければ影響を受けないようですし、定期的な検査をしておけば日常生活に支障もないでしょう」


 メーリィが太鼓判を押す。


「ですよね、コーエンさん」


 この場で一番、魔機について詳しいコーエンに視線が集まった。

 コーエンは興味なさそうにあくびをしていた。


「うん? 大丈夫だと思うわよ? 多分、ゴーレムの暴走も似た理由だろうし、排斥されることはないわ。戦力はどこだって喉から手が出るほど欲しいんだしね」


 コーエンからもメーリィの言を肯定する発言が出たことで、冒険者たちはほっと胸をなでおろした。


「――あっ!」


 不意に、コーエンが足を止めて声を上げ、魔機獣の巣を振り返る。


「ドタバタしててアルミニウムの回収を忘れた!」


 戻ろうとしたコーエンの襟首をトールが掴む。


「明日にしろ」

「アールーミー!」


 コーエンを引きずりながら、トールは双子に釘をさす。


「お前らも、戻ろうなんて考えるなよ?」

「はーい」


 トールたちを見て、ロクックが苦笑する。


「……自由だなぁ」

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