第14話 5対1
「――だとよ。話を聞いてたか、ロクック?」
ロクックの右腕が唸り、錆色の粉末をまき散らしながらトールの鎖戦輪を打ち払う。
ロクックは頭痛をこらえるように顔をしかめ、口を開いた。
「おぼろげながら、聞こえてたよ。だが、信用できない」
「信用できずとも、いま殺し合いをする必要はないと思うが?」
「あぁ、それなんだが――っ」
ロクックは言いかけた口を閉ざして体を捻り、足元から跳ね上がるように飛び出した鉄製のマキビシを回避する。
同時に左腕を横に薙ぎ、白い霧を散らしてトールの追撃を避けた。
「この腕、さっきから暴走状態でよ。自分で制御できてないんだわ」
ロクックが背後の制御施設を振り返る。
魔機獣の部品を移植しているだけあって、オーバーパーツが制御施設からの指令を受信して動いているらしい。
魔石の魔力不足が進むほど、制御施設からの干渉が強くなるのだろう。
「エイリアンハンド的な?」
「なんだ、それ? 病名か?」
暢気に世間話をしている二人だったが、戦闘は激しさを増していた。
錆色の粉末が勢いよく噴き出し、石畳を削って砂に変える。
トールは石畳を砕いて蹴り飛ばし、粉末にぶつけて相殺した。
「その錆色の粉、研磨剤かよ?」
「……あぁ、鋼鉄くらいならすぐに穴が開くぜ」
「えげつねぇ」
肩をすくめて、トールは適当な建物の壁を鎖戦輪で砕き、破片にマキビシを叩きつけて埋め込むと磁力で浮かせる。
「おい、ロクック、さっきから頭が痛いみたいだが、意識はどれくらい持つ?」
「わからん。戦闘が長引くと魔石が空になって本格的にやばいな」
「空になったら、お前死ぬか?」
「たぶんな」
「本当、面倒な奴だな」
あまり長引かせてしまうと魔力切れで死亡する。暴走状態の腕を斬り落としても死亡する。
トールは鎖戦輪を頭上で一回転させ、眉をひそめた。
「ロクック、今回参加した冒険者の中にオーバーパーツの装着者は何人いる?」
「正確には、覚えてない。俺を含め、五人くらいだと、思うが」
頭痛が激しくなってきたのか、ロクックは言葉を途切れさせながら答えた。
トールは舌打ちする。
「数が一致してやがる」
「……なんの、話だ?」
「オーバーパーツ持ちが全員、ここに向かってきてるんだよ」
「……いや、まさか。俺でも五年も保ったんだ。他の奴らが、暴走するはずが……」
ロクックは否定しかけるも、近づいてくる気配と邪魔な建物を破壊していると思しき巨大な音の接近に気付いて口を閉ざす。
トールがその場を飛びのいた。
直後、建物の屋根を超えて白銀の大剣を持った男が降ってきた。
「――ガッ!」
地面に大剣を打ち付けて巨大な穴を作った男が白目をむいてトールに向き直る。
ロクックが驚きに目を見張った。
「ジャンズ!?」
呼びかけに反応せず、ジャンズと呼ばれた男は白銀の大剣を掲げてトールに襲い掛かる。
白銀の大剣と連結している手首から先のオーバーパーツから青い炎が発せられ、ジャンズの両足からも同様の青い炎が噴き出す。
トールは鎖戦輪を一閃し、ジャンズを横から弾き飛ばす。
地面を転がったジャンズがぶつかった建物の壁が、内側から吹き飛んだ。
「――次から次へと!」
回転しながら飛んでくる人の頭ほどもある鉄の弾を紙一重で回避したトールは、鉄の弾を打ち出したらしき女を視界の端に捉えた。
気絶しているらしく、頭ががくりと下がっている。脚は生身のようだが、女は意識を失っているにもかかわらずオーバーパーツの腕をトールに向けていた。
「……おい、ロクック。意識を手放すと体ごと操られるみたいなんだが?」
「もしかすると、死んでもダメかもな……」
もう笑うしかないとばかりにロクックが渇いた笑い声を上げる。
トールは三人のオーバーパーツ持ちから視線を外し、空を見上げた。
高所から見下ろす人影が二つ。どちらも強力そうな弓に矢をつがえてトールを狙っていた。
「この五人を殺さずに時間を稼いで無力化しろってか。普通は死ぬぞ?」
苦笑して、トールはため息を一つ。
鎖戦輪が飛んできた鉄の弾を迎撃し、突っ込んできたジャンズを蹴り飛ばす。頭上から降ってくる矢を電磁力で弾き飛ばしたマキビシが撃ち落とす。
鎖戦輪を引き戻したトールはロクックを見た。
「悪いが、かなり手荒になる。骨折は覚悟してくれよ?」
次の瞬間、トールの姿が掻き消えた。
雷鳴が轟き、赤い閃光がほとばしる。
上空から二つの人影が落ちてきたかと思うと、どこからか吹き飛ばされてきたジャンズが人影を巻き込んで横に吹き飛ぶ。
三人を巻き取るように鎖戦輪が巻き付き、速度を殺して地面に転がした。
三人が起き上がる前にトールは高速でロクックとの距離を詰める。
ロクックの左腕が白い霧をまき散らしてトールの視界を塞ぎ、右腕が錆色の粉末を勢いよく噴き上げる。
しかし、いつの間にか真後ろに回り込んでいたトールはロクックの背中を蹴り飛ばし、鎖戦輪をロクックの足元に敷いた。
赤雷が地面を走り、ロクックの体を打ち上げる。
打ち上がった無防備な背中に回し蹴りを入れて飛ばしたトールは行きがけの駄賃とばかりに鎖戦輪を後ろの制御施設へ鞭のように振るった。
音速を超えた一撃が雷鳴と共に空を切り裂き、制御施設のアンテナ部分を破壊する。
飛んできた鉄の弾を鎖戦輪がいなして、追い打ちとばかりに制御施設へと叩きこむ。
受け身を取ったロクックが顔を上げた時、すぐ目の前に投げ飛ばされた女冒険者の背中があった。
反射的に顔を下に向けて回避するが、その瞬間にも何かの破壊音と雷鳴が轟く。
磁力の反発を利用して急加速、鎖戦輪を建物の壁や地面に打ち込み、それを支点に円を描くように方向転換、起き上がったジャンズの膝を裏から蹴り飛ばして転倒させ、襟首をつかんでロクックへと投擲する。
トールが鎖戦輪を引き戻しざま足元に先端を打ち込み、磁力の反発を利用してバネ仕掛けのように空へと飛び上がる。
再び飛び上がろうとしていた二人の冒険者の上を取ったトールは上空から赤い雷を叩き落とし、冒険者二人をマヒさせると鎖戦輪を思いきり引っ張った。
反動で地面に高速落下したトールは冒険者二人の背中に着地し、蹴りつけてロクックに走り出す。
ロクックの左腕から大量の白い霧が吹き上がる。ロクックの姿を隠そうとまき散らされた白い霧は、瞬時にトールの赤い雷に撃ち抜かれ、続いた鎖戦輪が一直線にロクックの右腕へと伸びて絡みついた。
鎖戦輪が力任せに引かれ、引き倒されたロクックは驚愕する。
オーバーパーツの出力と張り合うどころかあっさりと勝つなど人体ではいくら強化しても不可能なはずだった。
地面に手のひらを着けたロクックは、オーバーパーツの動きが悪くなっていることに気が付く。
「磁力で、歯車が……?」
完全に機能停止したわけではないが、それでも明らかに動作が鈍くなっている。
見れば、他のオーバーパーツ装着者も動きが悪くなっている。
赤雷が激しく踊り狂う戦場を見て、ロクックは笑みを浮かべる。
トールはこの場の全員を無力化するつもりだ。誰一人死なないように。
「序列持ちは、とんでもねえな」
Bランクになって、オーバーパーツもつけて、肩を並べたと思っていた。
だが、同期のライバルはまだまだ先を行っているらしい。
両腕を失う直前のような焦りはなかったが、まぶしく見えた。
「まぶしいのは赤雷のせいってことに、しておくか……」
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