第4話 対立軸
魔機車に戻って三十分ほどすると、ギルド職員が説明に訪れた。
魔機車の荷台スペース、キャンピングトレーラーに通されたギルド職員は広々とした空間に感嘆する。
「四人が入っても窮屈さは感じませんね。梯子がありますが、二階があるんですか?」
「中二階ってところかな」
「我らの隠されし二階が見たいと申すか」
「メーリィ、それは中二病ってツッコんでほしいんだろうけどいろいろ半端だぞ」
地球小ネタを挟んでくるメーリィに適当なツッコミを入れて、ギルド職員を椅子に座らせる。
ふかふかした幅広の椅子の感触に「おぉ……」と感心したギルド職員は、壁に開けられた空間と椅子を見比べる。収納式の椅子だと気づいたらしく、限られたスペースの有効活用に感心を深めている様子がうかがえた。
「おっと、つい感動してしまいましたが、本題に入りましょう」
「そうしてくれると助かる。吸血鬼事件をギルド内で説明できなかったのはなぜだ?」
トールが改めて問いかけると、ギルド職員は話し出した。
「順を追って説明しましょう。クラムベローの吸血鬼はその痕跡が十五年前から追えるんです」
「は? 十五年?」
トールがこちらの世界に来たのが九年ほど前。そのさらに六年前から痕跡があるのなら、トールの耳にも入っていそうなものだ。
ギルド職員は用意してきたらしい過去の報告書をテーブルに広げた。
「十五年前からクラムベロー周辺では魔物の不審死が見られます。死因は失血死。しかし、現場に血の跡はなく、最初は吸血性の新種の魔物ではないかと騒ぎになり、周辺の探索が行われました」
魔物の検死報告書を手に取ったトールはざっと目を通してほしい情報だけ読み取ると、わくわくして手を差し出してきているメーリィに渡す。
贔屓の小説家の新作を手に入れたような笑顔でメーリィが検死報告書を読み始めた。
ギルド職員は反応に困ったようにメーリィからトールに視線を戻す。
「おおよそ半年から一年ごとに同様の魔物の不審死が報告されています。発見されていないだけで同様に不審死している魔物もいたことでしょう」
「大問題じゃないのか、それ」
「当然、問題視する声もありましたが、不審死している魔物はどれも非常に強力な個体ばかりでした。そして、人的被害は一切出ていないんです」
正体不明、目撃証言すらない吸血生物が強力な魔物のみをターゲットに行動しているのは不自然だ。
クラムベローは芸術品などの輸出を始め、貿易都市の側面も持っているため街道には人が多く行き交う。凶暴な魔物によるものであれば人的被害がゼロとは考えにくい。
「いつからか、クラムベローではこんな噂が立ちました。――芸術好きの吸血鬼が都市を守っている、と」
ありえないと一笑に付される噂話、とも言えない。
吸血鬼には知性があり、人語を解すると旧文明の資料からも判明している。見た目も人とさほど変わらず、クラムベローの人口規模を考えれば紛れ込むのも容易だろう。
ギルド職員は通知書を机に広げた書類から持ち上げた。
「極めつけはこの資料です」
「あぁ、それか」
トールが獣人の集落で聞き、まとめた報告書だ。吸血鬼についても触れられており、知性があり、人語を解し、戦闘力がずば抜けて高いことを報告しているため、噂話を裏付けている。
「クラムベローでは吸血鬼融和派とも呼べる集団が形成されました。というより、住人のほとんどがクラムベローの吸血鬼は悪さをしない、という認識でした。姿が実際に確認されたわけでもなく、人的被害がないことから討伐依頼の発注も見送られていたんです。事実上、吸血鬼の存在を都市ぐるみで黙認したようなものです」
強力な魔物を勝手に討伐してくれるのだから、放置しておいた方が得になるという考えも理解できた。トールも同様の判断を下していただろう。
ユーフィが報告書を手に取り、熱心に読み始める。
「これがトールさんの上げた報告書ですか。読みやすい文章ですね」
「いきなり報告書を上げろって言われて大変だったけどな。あれ以来、人跡未踏の地に行くときはギルドに無断で行動するようになったし――あ、今の忘れて」
ギルド職員の前だったことを思い出して口止めする。
苦笑した職員が話を戻した。
「クラムベローの吸血鬼について状況が変わったのはこの二年ほどです。クラムベロー周辺の森で失血した魔物の数が急増し、一年ほど前から魔物の失血死が減ったかと思うと、今度は家畜に被害が出ました」
「失血死が、減った?」
「魔物の生息数が減ったのが主要因だと思いますが、確かに報告は減っています。この一年ほどでは七件ほど。家畜被害が一年前に三頭、半年前に二頭、先月に四頭です」
書類を読んでいた双子が顔を上げた。
「吸血鬼の数が増えたのでしょうか?」
「可能性はあります。ですが、それ以上に家畜被害が問題でした」
魔物や魔機獣が溢れるこの世界、食料となる農産や畜産は地球以上に重要視されている。
まして、クラムベローは食品のほとんどを外部に依存しているため、都市の数少ない自給手段への被害は看過できない。
「しかし、長年吸血鬼に守られていると考えてきたクラムベローの住人意識は変わらず、別の魔物によるものではないかとの意見やむしろ吸血鬼を心配する声すらある始末です。お見せした吸血鬼事件解決の依頼も自分の両親を含む畜産業者の連名でようやく出せたようなものでして」
申し訳なさそうな顔のギルド職員に、トールは納得した。
依頼書を見た時の予想通り、クラムベローは吸血鬼に関して意見が二分されている。
融和派と排斥派だ。
どちらかに与すれば片方に敵視されるのは確実で、トールは依頼を断っておいて正解だったと胸をなでおろした。
ふと、何かに気付いたメーリィが口をはさむ。
「クラムベローは領主が政治を仕切っていますよね。領主のベロー家の見解はどちらでしょうか?」
「そこが事態を複雑にしているところで――」
ギルド職員の言葉を遮るように、魔機車の外から若い男の声が聞こえてきた。
「すみません。クラン『ブルーブラッド』リーダー、リスキナン・ベローです。お話があるんですが?」
冒険者用の魔機車は装甲が厚いとみてか、大声で呼びかける若い男の声。
ベローを名乗るからには領主家ベロー家に連なる者だろう。
なぜ、冒険者クランのリーダーなどやっているのか、何の用があって直接出向いてきたのか、トールは訝しみながらギルド職員を見た。
「……相手が領主家の人間ともなると居留守も使えない。顔を合わせたくないなら、二階に上がって静かにしてろ」
なぜか青い顔をしているギルド職員を見て、トールは静かに告げた。
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