第10話 魔石の性質
魔機獣の巣攻略を翌日に控え、トールはコーエンの工房を訪れていた。
「魔機車の改造?」
トールの依頼にコーエンが面倒くさそうな顔をする。
「アルミニウムを手に入れた後でも構わない。いくつかのオプションパーツを作ってほしいんだ」
双子と相談して決めた要望の書かれた紙を渡す。
コーエンは紙に書かれたオプションパーツの一覧を見て薄く笑った。
「なによ、このワインクーラーって。リストの一番上に持ってくるなんて、トールさんは酒飲みね」
「いや、ユーフィとメーリィの要望だ」
「あの二人の?」
コーエンの許可をもらって魔機についての蔵書を読ませてもらっている双子が片手を上げた。
「第一希望です。中のワインが揺れないように作ってほしいです」
「見掛けに寄らないね」
他にも魔機車の揺れそのものを抑えるサスペンションなどの機械部品についても書かれている。
「肝心の魔機車は何を買うのよ?」
「ざっと見た感じの候補はいくつかあるんだが――」
車種を上げていくと、コーエンはすべて聞いた後、要望リストを眺めながら口を開く。
「そういうことなら、ラクリアがおすすめね。見掛けにそぐわないコーナリングで加速力もあるし、重心が下にあるから横転もしにくいわ」
コーエンがおすすめするラクリアは双子の第一候補でもある。
幅、奥行きともに手軽で天井裏のような二階スペースがあり、サンルーフがついている。射手を配置すれば、走行中でもサンルーフから外部へ攻撃を加えることが可能だ。
冒険者クランによる運用を想定されていることもあり、装甲も頑丈で故障しにくい。
「値が張るけど、いい魔機車よ」
「トールさん、三対一です。ラクリアにしましょう!」
ここぞとばかりにメーリィが推してくる。
コーエンが意外そうにトールを見た。
「トールさんは別の候補があるの?」
「ガロンがいいなって」
「男は好きよね、ガロン。あの厳めしさは嫌いじゃないけど、居住性は最悪の一言よ? 売り文句の最高速だって、そんな速度で走って曲がれる環境に冒険者が行くわけもないわ。止めておきなさい」
「そっかぁ、だよなぁ」
正論をぶつけられては弱い。
トールは渋々ガロンを諦める。
「それで、肝心のラクリアでその紙に書いてある要望はどれくらい通せる?」
「全部通せるわ。でも、ワインクーラーを始め、居住性に重きを置きすぎだと思う。燃費が悪いから、魔石は魔機車の動力とは別の物を使う形にするわよ?」
「そうしてくれ。肝心な時に燃料切れはシャレにならない」
「普通、魔石の入手の方に苦慮するから嫌がられる提案なんだけどね。序列持ちは感覚ぶっとんでるわ」
コーエンは苦笑しながらも早速、要望の魔機の設計図を起こし始める。
「魔石の入手か。面倒ではあるんだよな」
魔機獣から取れる高純度魔石は魔力の結晶体である。
それ自体に大量の魔力が込められていることから、エンチャントの技術と同様に外部からの魔力による干渉に多大な抵抗力を持っているのが特徴だ。
この特徴により、空になった魔石であっても魔力を通すことはできても込めることができない。空になった魔石は砕いて亜鉛やスズなどの比較的融点が低い金属と混ぜ合わせて魔力を通しやすい合成素材を作り、魔機などに使用される。
「魔力を込める技術があればな」
「その技術を開発出来たら一財産築けるでしょうね。夢物語だけど」
コーエンが笑った時、ユーフィが本をめくる手を止めて顔を上げた。
「本当に魔力を込められないのでしょうか?」
「……疑問を挟む余地、あるかしら? 魔力は人それぞれ波長が違うものよ。エンチャントで発動する魔法に個人差があるのも魔力波長の問題だもの。魔石の持ち主である魔機獣と全く同じ魔力波長の持ち主がいれば魔力を込められるかもしれないけど」
コーエンはそこまで言って、机の引き出しを開けると手のひら大の魔石を取り出した。
「なんなら、試してみたら? 空の魔石よ。以前作ったゴーレムの物だけど、砕いたってかまわないから」
「以前作ったというゴーレムは?」
「死体みたいなものだから、共同墓地にドッグタグだけ埋葬してあるわ。周りからは変な目で見られるけどね」
ゴーレムは搭載した魔石が空になるまで使用できるが、使い捨てである。魔石の魔力が馴染んでしまい、別の魔石を利用しようとしてもスペックが大幅に落ちるか、最悪の場合は動かない。
よって、役目を終えたゴーレムは鋳つぶされて金属に戻され、鍋などの魔力に関係がない金属製品に生まれ変わるのが常だ。
コーエンがさみしそうな顔をする。
「いい奴だったのよ。ちょっと細身で不器用だけど力持ちで……」
「ゴーレム、だよな?」
「ゴーレムよ? 人間なんて目じゃないくらいいい奴だった」
遠い目をするコーエンには何も言わず、トールは空の魔石を渡された双子を見る。
明かりに透かしてみたり、振ってみたりしたユーフィが魔力を込め始める。するとすぐに驚いた様子で魔石を取り落としそうになった。
コーエンとトールは悪戯が成功したような忍び笑いで顔を見合わせる。
ユーフィが恨めしそうにトールを見た。
「振動するなら言ってください」
「すまん、知っていると思ったんだ」
「嘘です、絶対」
むっとして目を背けるユーフィが言う通り、魔石は魔力を込めると振動する。
この振動は魔力の質によって振動幅が異なり、魔力の質に個人差があることを証明するのに用いられた。
コーエンがメーリィを見る。
「双子なら魔力の質も同じなのかしら?」
「エンチャントは同じだったが、流石に少し違うんじゃないのか?」
一卵性双生児でも指紋の形は違うと聞いたことがあるトールは予想する。
ユーフィがメーリィに魔石を渡した。
「振動は変わりません」
いつもの思考共有で振動の振れ方を共有したらしく、メーリィは断言する。
コーエンが面白いことを聞いたとばかりに笑みを浮かべる。
「ということは、魔機獣の中でも多産の種類を探せば同質の魔力が宿った魔石を複数個確保できるかもしれないわね。それはそれで興味深い」
コーエンは最初から魔石に魔力を込められるとは考えておらず、現実的な方法を口にした。
双子が首をかしげる。
「多産、ですか? 魔機獣は生産施設で作られるのでは?」
「あぁ、よく誤解されているわね。魔機獣はもともと普通の動物や魔物よ。それが施設で改造されて魔機獣になる。魔機獣の状態でも交配できるから群れを成す動物だとちゃっかり元の群れに戻っていたりするわ。攻撃性はだいぶ変わるけどね」
「魔石は生まれたときから持っているわけではありませんよね?」
「魔機獣にする際に核となるものを埋め込んでいるようね。旧文明時代の技術だから不明点も多いのよ」
コーエンは机に頬杖を突いて双子に意地悪な笑みを向ける。
「それで、魔石に魔力は込められそうかしら? もしも、魔力を込められたら、昨今話題の炭酸ポーションの開発者も笑い飛ばせる偉業になるわよ?」
「自分で自分を笑い飛ばしたりはしませんよ?」
「……ん?」
双子の返答に、コーエンが硬直する。
わなわなと震える指で双子を指さしたコーエンは引きつった笑みで問いかける。
「炭酸ポーションを作るあの沸騰散の開発者って……?」
「はい、フラーレタリアで私たちが開発して、トールさんたちの力を借りて広めました」
双子が揃ってVサインをする。どっきり成功、と書かれた看板を持っていそうな、してやったりという笑みだ。
コーエンがトールを見る。
「序列持ちが一枚噛んでいるって噂あったけど、トールさんだったの?」
「俺はそこの二人みたいな知識はないぞ。どこにでもいる平凡な序列持ち冒険者だ」
「それ平凡じゃないわ」
即座にツッコミを入れて、コーエンは頭痛を覚えたように頭を振る。
「物知りな双子だと思っていたけど、とんだ傑物ね。本当に魔石に魔力を込める方法を見つけそう……見つけたら教えてよ。愛するゴーレムとの別れに慣れる前にお願いね。いや、お願いします」
「真摯に頼まれては仕方がありません。ちょっと考えてみますね」
そう言って、双子はお互いを見てにやりと笑う。
「カイガラムシとか欲しいです」
「樹液でもいいですね」
「……もう案があるの?」
「秘密です」
唇に人差し指を当てて、双子はあざとく小首をかしげた。
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