第9話  赤雷の実績

 魔機獣の巣の攻略準備のため、トールたちは冒険者ギルドを訪れた。

 受付嬢にメーリィが声をかける。


「沸騰散が欲しいのですが、取り扱ってますか?」

「はい、ありますよ。魔機獣の巣の攻略戦に備えて多めに備蓄してあります」


 双子が根回ししたこともあり、炭酸ポーションを手軽に作れる沸騰散は各地のギルドで取り扱いが始まっている。

 自分たちの成果を誇るでもなく、メーリィは銅貨を七枚差し出してまとまった量の沸騰散を購入した。

 炭酸用に調整されたポーションも買い込み、カバンに納めてユーフィとメーリィが戻ってくる。


「買ってきましたよ。他に何か必要なものはありますか?」

「二人の安全靴をそろそろ買い替えておこう」


 双子を連れてギルドを出たトールは商店街へ向かって歩き始める。


「沸騰散の普及は順調のようだな」

「フラーレタリアが全力で推していますからね。ブランド化もきちんと機能しているようです」

「普及のために権利関係はまとめて売り払ってしまいましたが、この普及速度を考えると私たちも目指せるかもしれませんね、序列入り」


 ユーフィがくすくす笑い、トールを振り返る。


「トールさんに追いつく日も遠くないですよ?」

「そうかもな」


 ユーフィに同意する。


 序列はギルドの各支部長が定例会に挙げる報告書を基に定められる。

 依頼の達成実績や討伐した魔物や魔機獣の数と脅威度、突出した能力が認められる者などが報告され、総合的な評価を下される。


 ユーフィとメーリィが開発し、普及に尽力した炭酸ポーションは全冒険者の生存率を高めたはずだ。定例会で冒険者の死亡率や死亡原因などがまとめられた際に顕著な効果が認められれば、その功績だけで序列四十番台は固い。


「二人の場合、長年の懸念だったフラーレタリアダンジョンの攻略も実績に入るから、三十七位くらいまでいくかもな」

「そんなものですか。冒険者になりたてで他に実績もないので、仕方がないですね」


 冒険者全体にかかわる実績を残しても三十七位というのが意外だったのか、メーリィは残念そうにため息をつく。

 ユーフィが首をかしげてトールを見つめた。


「……トールさん、十七位ですよね。何をしたらそこまで上がるんですか?」

「帰還の方法を探して旧文明の遺跡巡りをしてたら自然とな」


 軽く言っているが、補給ができない山岳地帯にある旧文明の大都市の遺跡に単身で乗り込んで魔機獣を狩りつくしたり、ダンジョン攻略後に殺到した魔機獣を蹴散らしながら拠点になっていた遺跡を荒らしまわって無傷で帰ってくるなど、相当な無茶をやってのけている。


「序列が大きく上がったのは、ガザン荒野の魔機龍殲滅と、サヤラ霧海の狂魔群突破の二つかな」


 序列が十位も上がったな、と懐かしんで笑うトールに、双子は唖然とした顔をする。


 ガザン荒野の魔機龍とは、その名の通り魔機獣と化した龍の群れである。魔機龍の危険度は通常の龍の五から十倍とされ、一体でも現れればAランクパーティーが討伐に出なくてはならない。

 そんな魔機龍が百体以上の群れを作っているのがガザン荒野である。

 ガザン荒野の奥地に大規模な旧文明の遺跡と大図書館があるのは資料から知られていたが、魔機龍の群れを突破するのは不可能と考えられ手付かずだった。


 サヤラ霧海の狂魔群は強力な魔物の異種混合の群れである。一体でもAランクパーティが壊滅する変異体の強力な魔物が数多く生息し、それらが連携する。

 サヤラ霧海は絶えず霧に包まれた大規模な森林地帯であり、見通しが悪い。大規模な冒険者クランが合同で二百人もの攻略隊を結成して足を踏み入れるも半日で二割の死者を出した。


 ガザン荒野もサヤラ霧海も、多少モノを知っていれば近付こうとすら考えない危険地帯である。


「なんで生きてるんですか?」

「死んでないからだな」


 飄々と答えるトールに、双子は信じられないと首を振る。


「ガザン荒野は大図書館の資料が目当てですよね。サヤラ霧海の方はなぜ?」


 ユーフィがトールに動機を尋ねる。

 トールは人目を気にしてユーフィの耳にささやいた。


「サヤラ霧海の奥地に獣人族の大規模な集落があると、ガザン荒野の大図書館で読んだからだ」


 ユーフィが耳を押さえてのけぞる。気配を感じて横を見れば、メーリィも同じ体勢で顔を赤くしていた。

 予想外の反応に、トールは眉を寄せる。


「どういう反応だ、それ?」

「いきなり耳元でささやかれたら、誰でもこうなりますよ!」

「ちょっとは自覚してください。自分の魅力を自覚してください!」

「……そういえば、一応は箱入りお嬢様だったな」

「一応って何ですか!?」

「しっかり理解してください。私たちの魅力を理解してください!」


 双子に左右から腕を引っ張られて、トールは平謝りする。

 ひとしきりトールに反省を促した後、メーリィが真面目な顔で話を戻す。


「それにしても、獣人ですか。内緒話にもなりますよね」


 獣人とは、旧文明時代に異世界からやってきた人語を解する人型の魔物とされている。

 旧文明時代、異世界からやってきた生物はすべて魔物として区別され、排斥の対象だった。

 獣人の他、エルフ、ドワーフ、鬼族、吸血鬼など亜人、魔人とも呼ばれたそれらの種族はある者は旧文明と戦争をし、またある者は相互不干渉を決めたという。

 今やどの亜人も人類圏では見かけず、今もどこかに隠れ住んでいるとも絶滅したとも伝えられている。


 トールが内緒話にしたのも、旧文明との融和路線を取ったエルフとは異なり、獣人などの種族が制度上はいまだに魔物に区分されたままで、討伐対象になっているからだった。

 今や見かけることがないため形骸化してはいるものの、トールは大事を取ったのである。


「会えたんですか、獣人には?」


 ユーフィの質問に、トールは頷きを返す。


「会えたよ。ただ、世代交代が進み過ぎて旧文明時代のことはさっぱりだった。吸血鬼や鬼族との交流があるらしくて、いろいろ教えてもらったけどな」

「そうですか。でも、そんな危険地帯でよく生き残っていましたね」

「数百人規模の集落が点在しているらしい。集落の腕自慢と模擬戦をさせられたんだが、俺と同じくらい強かったぞ。身体能力がけた違いだし、鼻も利くから魔物に後れは取らないんだとさ」

「トールさんと同等の強さ……異次元過ぎて想像できないです」

「世の中、上には上がいるってことだよ」

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