第8話 ロマンチストとリアリスト
コーエンの工房の庭にゴーレムが五機、横倒しになっていた。
唖然としたコーエンが額を押さえる。
「嘘でしょ。Aランク冒険者の動きを模倣してるのに。再現率は七十パーセントくらいだけど、それでもこんな一方的にやられるはずが……」
「相性が悪すぎたのだと思いますよ」
「そもそも、トールさんは序列持ちですし」
磁力、電力を操るトールのエンチャントは金属製のゴーレムと相性がすこぶる良い。
用意されたゴーレムがいくらエンチャントを使えても、武器にまとわせるだけだ。金属製のボディの保護は最初から考慮されていない。
ただでさえ魔力を大量に消費するゴーレムが武器にエンチャントを使うだけでも稼働時間が削られている以上、ボディにまでは手が回らなかったのだろう。
トールは鎖手袋を外しつつ、コーエンに向き直った。
「及第点だな。積極的な戦闘は避けてついてくることに専念するなら大丈夫だろう」
トールの感覚では、この五体のゴーレムは同数のBランク冒険者に匹敵する戦闘力を持っている。ゴーレムとしての頑丈さを加味すれば評価を上方修正できるが、動作がやや鈍いため、護衛以上の役割は果たせないだろう。
軽量化にアルミニウム合金を使用すれば、動作速度の向上や燃費の改善もできる。今から完成が楽しみなトールだった。
「そういえば、ゴーレムは使用時間が長いと暴走するんじゃなかったか?」
トールがコーエンに訊ねると、肯定が返ってきた。
「高性能のゴーレムは暴走するわ。条件は、周囲の物を認識するためのカメラレンズがあること、物を区別する能力があることよ。そのゴーレムはどれも条件を満たしているけど、しばらく暴走の心配はないわ」
「作ったばかりってことか」
「そういうこと」
魔機獣の巣で暴走するかもと危惧したが、取り越し苦労だったようだ。
コーエンがゴーレムを資材倉庫に片付け、トールとの模擬戦で不具合が起きていないかを確認し始める。
ユーフィとメーリィがコーエンの手元を覗き込んだ。
「ゴーレムの中ってこうなっているんですね」
「この歯車が並んだシリンダーはどんな役割があるんですか?」
「光魔術を利用したカメラレンズで受け取った信号から対象物の大きさや位置を計測するためのシリンダーよ」
「その光魔術を利用したカメラレンズは頭のこれですか?」
「胴体に補助カメラがあるわ。もっとも、旧文明の遺跡から発掘された技術をそのまま転用しているだけで仕組みが分からないのよ。どういう処理をしているのかさっぱりね」
あれこれと質問する双子に、コーエンは律義に答えてくれる。
トールは倉庫の壁に背中を預けて三人を眺めていた。
ロクックから聞いた人嫌いという前評判とは裏腹に、コーエンは双子に対してのあたりが柔らかい。
皮肉を飛ばすわけでもなく、人当たりはむしろ誠実に見える。
「なぁ、なんでアルミニウムにこだわるんだ?」
利点が多い金属なのはトールも認めるところだが、命がけで魔機獣の巣に乗り込むほどかと聞かれると疑問に思う。
コーエンは作業の手を止めてトールを振り返った。
「私は人が嫌いよ」
唐突なカミングアウトで先ほどまで考えていたコーエンの人物評を覆され、トールは面食らう。
しかし、ユーフィとメーリィは特に気にした様子もなく「ふむふむ」と頷いて続きを促した。
コーエンは確認作業を再開しながら続ける。
「AよりBが好きといったくせに、感情次第でAが好きとひるがえる。その曖昧さが大嫌い。その点、ゴーレムは素晴らしいわ。感情なんてないから言動を翻さないもの。まさに愛すべき理想の相手だと思うわ」
「そうか」
前評判以上に面倒くさい手合いだったと気付いたトールは思考放棄した。
だが、コーエンのカミングアウトを意に介さない者たちがいた。
――双子である。
トールと付き合える猛者がこの程度で怯むはずもない。
メーリィがコーエンの顔を覗き込む。
「もしかして、ゴーレム性愛者だったりしますか?」
「あ、分かる? かなりマイナーというか、変態扱いされるんだけど」
「共感はできませんが、理解はします。個人の趣味を否定しない程度の分別はありますので」
「懐が大きいね」
ゴーレム性愛者という聞きなれない単語を思考停止中のトールは完全に聞き流した。
しかし、女性陣のトークはまだまだ続く。
ユーフィが納得したように両手をポンと合わせる。
「つまり、コーエンさんは永遠に変質しない愛を求めるロマンチスト」
ユーフィの評価にコーエンが思わずといった様子で噴き出した。
「素晴らしいね。当の私が人間であるという矛盾を容赦なく的確に言い表している」
よほど気に入ったのかコーエンはニヤニヤしながら確認作業を終えてユーフィとメーリィに向き直った。
「そういう君たちはどうなのよ?」
なにやら性癖暴露大会を始めようとしているらしい。
トールはそっと資材倉庫を出た。
「私たちですか?」
双子は少し沈黙して考え、答えを出す。
「変質したら取り返すリアリスト、でしょうか」
「自信家だね。取り返せる保証などないだろうに」
「私たちは二人がかりですからね。一人では追えない夢を追えます」
双子の返しにコーエンは呆気に取られて二人を見比べて苦笑する。
「夢を追うリアリストか。悪くないけど、相手は苦労しそうね」
そう言って、コーエンと双子が振り返った先に、すでにトールはいなかった。
コーエンが肩をすくめる。
「夢より逃げ足速そうだよ?」
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