第4話  魔機師コーエン

「外側しか売ってませんでしたね」


 魔機車の販売店を後にしながら、メーリィが残念そうにつぶやく。

 ロクックが肩をすくめた。


「内装とかはカスタムするもんだから。要人護送や物資の運搬車、冒険者クランの移動拠点といろいろな用途に対応できるようにしてるんだよ」


 まだまだ普及途中であり、コンセプトを明確にして購入対象を絞るよりも後から内装をつけ足していく方が売れる。結果、販売店では座席すら入っていない外側だけが売られていた。

 それでも、トールにとっては見る価値のあるものだった。


「結構いろいろな種類があるもんだな。移動拠点にできるような物はそんなに数がないかと思ってたが、ガワだけで二十種類もあるとは思わなかった」

「いまはクランが主な販売対象と言ってましたね。数台を購入して現地で並べれば簡易の防壁にできるそうです」

「耐久力は自信ありか。しかし、どうする?」


 内装パーツは見せてもらったが、どのパーツも燃費やデザイン、大きさなどの面で双子の眼鏡にかなわなかった。

 特注する資金はあるものの、特注品を作れる腕のいい魔機師は忙しい。

 ロクックが教えてくれた魔機師もほとんどがオーバーパーツの整備と製造に時間を取られているようだった。


「ワインクーラーは外せません」

「後はあまり揺れないようにサスペンションですね」

「設計だけでもこちらでやってみましょうか?」

「さすがに専門ではありませんから、魔機師の方に見てもらう必要はありそうですけど」

「その前に魔機師を探さないとだろ。ロクック、こっちの方向であってるのか?」


 トールは道の先を指さす。

 幅の大きな通りだが、左右には工房が立ち並ぶ職人通りとでも呼ぶような場所だ。さらに、目的地である奥の方は廃材置き場や倉庫が見える。


「あってるよ。人嫌いだからこんなところに住んでるんだ。でも、本当にあの依頼を受けるのか? 俺にはなんて書いてあるのかもわからなかったぞ」

「落ち物の言語だからな」

「それを読めるトールと双子ちゃんは一体何者だよ。まぁ、いいや。この道をまっすぐ行けば見えてくるはずだ。俺はファンガーロの議員に呼ばれてるからここでお別れ」


 ロクックが交差点で足を止め、片手をあげて軽く別れの挨拶をする。

 トールも片手をあげて、口を開いた。


「ここまで案内ありがとう。助かったよ」

「おう。まだ話し足りないし、今夜サシで飲もう。女の子には聞かせられない話で盛り上がろうぜ」

「お前が一方的にしゃべり倒すことになりそうだな」

「なんだよ、浮いた話もないのか。つまんねえな。じゃあ、宿へ迎えに行くから」


 トールとハイタッチを交わして、ロクックは道を曲がって歩いて行った。

 双子がくすくす笑う。


「明るくていい人ですね」


 ユーフィが笑いながら首を傾げ、トールに話しかける。

 同時に、メーリィが顎を引いて上目遣いにトールを見上げた。


「お土産、持ってきてくださいね」

「覚えていたらな」

「忘れたら、拗ねちゃいますよ?」

「忘れたら、妬んじゃいますよ?」


 左右から腕を取ったユーフィとメーリィがじっと見つめてくる。

 トールは「はいはい」と軽く受け流し、道を歩き始めた。


「ただ、なんか違和感があるんだよな、ロクックの奴」

「違和感、ですか?」

「実は知り合いではない、とか?」

「いや、会ったことはある。前に会った時と違って、なんか笑い方に影があるような気がするんだよな。冒険者なり立ての頃だったから記憶はあいまいだけど。なにしろもう八年も前だし」


 十代半ばの記憶だが、右も左も分からない異世界でがむしゃらに生きようとしていた頃でもある。かかわった人間はそれなりに多いはずだが、顔も名前も覚えている暇がなかった。

 ユーフィが腕を組んでしみじみと頷く。


「とりましたねぇ、歳」

「俺はまだお兄さんの枠に入ってるはずだ」


 横目でにらむと、目が合ったユーフィは視線を泳がせて少し恥ずかしそうにしながら呟く。


「トールお兄ちゃん?」

「なんだよ、ユーフィ妹」

「うーん、しっくりきませんねぇ」

「どっちが?」

「お兄ちゃん呼びです」

「おじさんとか付けたら拗ねるからな?」

「おじさんという歳ではないですよ。同年齢に比べて若く見えるくらいですし」


 だらだらと会話しながらたどり着いたのは片流れの住居兼工房だった。広めにとられた庭に資材格納用の大きな倉庫が建っている。

 件の魔機師、コーエンの住居だ。

 人嫌いと評判の魔機師だが、メーリィは気後れすることもなく玄関の呼び鈴を鳴らした。


「ごめんください。冒険者ギルドの依頼を見てまいりました。アルミニウムについて、お話しませんか?」


 中に声をかけると、住居の玄関ではなく横の工房の窓が開いた。

 窓から顔をのぞかせたのは二十二、三歳の女性だ。

 ショートカットの茶髪にバンダナを巻いていて、下着同然のラフな姿でけだるそうに窓から身を乗り出し、剣呑な鋭い目つきでトールと双子を一睨み。


「……精錬方法、わかるかしら?」


 挨拶も何もかもをすっ飛ばし、魔機師コーエンと思しき女性はそう尋ねた。女性としてはやや低いが、非常に聞き取りやすい声だった。

 メーリィが人差し指を立てて左右に振る。


「一般的には電解精錬が用いられます」


 ユーフィがトールに耳打ちする。


「エンチャントをお願いします」


 一瞬、なぜ、と問い返しかけたトールだったが、すぐに電力の供給源としてあてにされていることに気付き、短剣を引き抜いてエンチャントを発動させる。

 トールが持つ短剣から赤い雷が舞っているのを見たコーエンが小さく頷いた。


「確かに知識があるみたいね。裏手に回れば入り口があるから、直接工房に入ってちょうだい」


 コーエンはそれだけ言って窓を閉める。

 トールはエンチャントを解いて短剣をしまいつつ、双子と共に工房の裏へと回った。

 金属製の扉が内側から開いている。

 中を覗くと、幅七メートル、奥行き十メートルほどの工房の奥の丸椅子に座っているコーエンの姿があった。


「入って、適当に座って」


 つまらなそうに机に肘をついているコーエンはトールたちが椅子に座ると、机の引き出しから赤茶色の鉱物を取り出した。


「これ、わかる?」

「話の流れからすると、ボーキサイトだと思います」


 メーリィが答えると、コーエンはボーキサイトを机の上に置き、紙と羽ペンを取り出した。


「精錬できてないから実際にボーキサイトかはわからないわ。そっちの黒髪の男、名前は?」

「トールだ」

「トールさん、精錬できる?」

「やってみないと何とも言えないな。というか、俺は原理が分からない」


 素直に告白してユーフィとメーリィに話を譲る。

 工房を見回していたメーリィがコーエンに訊ねた。


「濃水酸化ナトリウム水溶液はありますか? ひとまず、ボーキサイトから酸化アルミニウムを取り出したいのですが」

「錬金術師の工房にいけばあるはずよ。手配しておくわ。他に必要なものはある?」

「単体アルミニウムを得るのであれば、他に氷晶石が欲しいです。多分ないでしょうから、蛍石を製鉄所などからもらってきましょう」

「氷晶石ならあるわ。一時期、魔機獣の製造施設の破壊で戦利品として持ち帰られたものが市場に出回った時に買いあさった」

「ご慧眼ですね。他には――」


 トールは双子とコーエンから連続で飛び出す物質名を聞き流し、工房を見回す。

 魔機師の工房には初めて入ったが、何が置かれているのかはなんとなくわかった。

 ゴーレムとその関連部品だ。


 冒険者の死亡率を減らすべく、ゴーレムは長らく研究開発が続けられてきた。

 しかし、今もって完成品と呼べるゴーレムは一機たりとも存在していない。

 複雑な動きや戦闘ができるゴーレムは旧文明の技術が発掘されて応用開発されているが、実用化には至っていないのだ。


 非常に重量があるゴーレムは動かすだけでも大量の魔力を消費するため高純度魔石が必須であり、燃費がすこぶる悪い。しかも、どういうわけかしばらくすると魔機獣と同様に魔物や人間へ区別なく攻撃性を発揮する。

 結果、現在ではゴーレムの開発研究は下火になり、冒険者をいかに強くするかに視点が置かれて魔機手の開発が進んでいる。


「――トールさん、エンチャントをどれくらいの時間、発動させられますか?」


 呼びかけられて、トールは答える。


「体調と出力次第だが、丸一日前後」

「では、必要な出力が出るかどうかがカギですね」

「電気炉も作らないといけませんね」

「ちょっと待ってくれるか。コーエンさんに聞きたいんだが、アルミニウムをどうするつもりだ?」


 話を進めようとする双子たちを遮って、トールはコーエンに質問する。

 コーエンは紙に必要なものを書き出す手を止めず質問に答えた。


「ゴーレムを作るのよ」

「やっぱりか。だとすると、俺の魔力で電解精錬しても使えない」


 コーエンが訝し気に手を止めてトールを見るのと、双子がはっとして両手を合わせるのは同時だった。


「精錬に魔力を使うと金属にトールさんの魔力が馴染んで他の魔力に対する抵抗力を発揮してしまう……?」

「そういうこと。ゴーレムを動かすなら高純度魔石を使うだろ。俺の魔力が籠ったアルミニウムだとただでさえ悪い燃費がさらに悪くなるし、最悪の場合は動かない」

「エンチャントは盲点だったわ……。とりあえず、濃水酸化ナトリウム水溶液はすぐに用意する。この鉱物がボーキサイトかどうかは確認しておきたいもの。それと電解精錬の他に精錬方法はあるかしら?」


 コーエンに問われて双子は顔を見合わせる。

 難しい顔で考え込んだ双子だったが、やがてメーリィの方が口を開いた。


「資料も少なく、一般的ではありませんが、できないこともないと思います。ナポレオン時代の非常に古いやり方で効率が悪いですけど」


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