第5話  遺跡攻略のお誘い

「それで、あの依頼を本当に受けちまったわけか」


 冒険者が良く利用するというバーで、トールの話を聞いたロクックは心底驚いたように目を丸くする。


 冒険者が多い飲み屋というと騒がしいものだが、ファンガーロで活動する冒険者は一人前と呼ばれるCランク以上が主なため比較的落ち着いた客層になっていた。

 ファンガーロではトップ層であるロクックと序列持ちのトールが並んで話しているため、周囲の冒険者は興味をそそられているようだが盗み聞きをしている様子もない。

 一般的に想像される冒険者像よりずっとマナーのなった客ばかりだった。


 ロクックがアルコール度数の低い白ワインをちびちび飲んでいる。酒ではなく会話を楽しむつもりらしい。


「あの依頼、もう一年以上掲示板に張られててさ。誰も何が書いてあるのか読めないし、学者を捕まえて読んでもらってもさっぱりだったんだ。片付けてくれるのは助かるけど、大丈夫なのか?」


 当然と言えば当然の問いに、トールはコーエンの工房にいるはずの双子を思い浮かべる。


「俺も驚いたけど、解決できるらしい」

「そもそも、その、アルミニウム? ってなんだよ」

「金属だ。鉄の半分以下の軽さなんだけど、精錬が難しい」


 地球にいたころは各家庭にほぼ確実に存在していた金属だ。

 トールはアルミ箔を思い出しつつ、この世界でも一般的な白い粉を話題に出す。


「ミョウバンってあるだろ?」

「革なめしとか目薬に使うあのミョウバン?」


 なんでミョウバンの話が出てくるのかと不思議そうなロクックに、トールは続ける。


「ミョウバンに含まれているのが、アルミニウム」

「……まじ? あれって金属なの?」

「正確に言うと金属化合物だけどな」


 ミョウバンは硫酸アルミニウムの水和物である。

 へぇ、とロクックは感心したように吐息を漏らす。


「じゃあ、ミョウバンからそのアルミニウムってやつを取り出すのか。でも、ファンガーロだとミョウバンは専売制だぞ。しかも、魔物革の業者でないと購入できない。それにどれくらい含まれているのか知らないが、魔機師が欲しがるほどの分量を確保できるのか?」

「ミョウバンに含まれているってだけで、ミョウバンから取り出すわけではないんだ。むしろ問題は別にあるけど、あの双子ができるっていうなら大丈夫だろ」

「信用してるんだな。ソロBで有名なトールがねぇ」


 ニヤニヤしながら見てくるロクックに苦笑を返す。


「そんなんじゃねぇよ。信用はしてるけどな」

「照れんなよ。しかし、冒険者になってお互い九年か。変わるよな、そりゃ」


 魔機であることを感じさせない自然な動作で爪楊枝をつまみ、オリーブのオイル付けに刺して、ロクックは懐かしそうにつぶやく。


「一緒に冒険者登録したトールが序列持ちになったと聞いた当時は焦ったんだぜ?」

「焦る?」

「まぁ、分からないわな。若さゆえのプライドっていうか、負けん気っていうの?」

「うん、わからない」

「こやつめ」


 ロクックが軽い調子で笑う。


「かくいう俺自身、当時の俺を若いな、としか思わないけどな。腕を失うまで気付かなかったんだ。功績よりも命が優先だってさ」

「それはわかる」

「冒険者なら分かるよな。今となっては笑い話だ」


 言葉通りに笑うロクックは不意に眉間にしわ寄せた。

 どうかしたのかと無言で目を向けるトールに、ロクックは考えをまとめるような時間を置いた後、切り出した。


「なぁ、トール、一緒に依頼を受けないか?」

「唐突だな」


 食べ終えたチーズオムレツの皿を下げてくれるウェイトレスに礼を言って、トールはロクックを見る。


「詳細は?」

「乗り気で助かる。ファンガーロ近くにある旧文明の遺跡、魔機獣の巣の攻略と破壊だ」


 魔機獣の巣は、ファンガーロ南西にある旧文明遺跡群の中心部にある魔機獣の生産施設である。

 シェルハウンドの狙撃型の討伐報告をした際のギルド職員の言葉を思い出したトールは乗り掛かった船だと頷いた。


「いいぞ。だが、魔機獣の巣となると学習への対策はどうなってる?」


 魔機獣は群れると戦闘データを互いに共有し、効率化していく。

 多少の戦闘データでは影響が出ないが、積み重なると無視できない。


「実力のある冒険者が多数参加する。データの蓄積前に一気に各種施設を叩くから、学習される心配はない」

「そうか。報酬は?」

「魔機獣の生産施設には金属の鉱石なんかが大量に保管されてる。それの売却益を参加者で均等分配。魔機獣の高純度魔石はそれぞれが討伐した分を所有権として得る。共同討伐分はギルドに納入して、売却額を五分五分で、どうだ?」

「わかった。その条件で契約書をくれ」

「明日、ギルド長に話を通しておくよ。誘っておいてなんだけど、コーエンさんから受けているアルミニウムの依頼は放っておいていいのか?」

「俺がいてもあまり役に立たないからな」


 電気での精錬と聞いて内心張り切っていたトールだったが、ゴーレム用素材ということでお役御免となっていた。

 場合によってはトールのエンチャントが必要ともユーフィは話していた。

 だが、赤雷はトール固有のエンチャントであり、他者にはまねができない。このため、アルミニウムを今後も生産するのであればトールの赤雷に頼らない方法を利用すべきという結論が出ている。


「一応、俺名義で受けているからもう少し様子を見ることになる。そっちも手続きや準備が必要だろ?」

「ギルド側が事前調査もするから三日程度は必要かな。あの双子も来るのか?」

「どうだろうな。アルミニウムの方の進展次第だ」

「それじゃあ、あとから追加できるようにしておこう。他にも何人かのBランクに声をかけておく。顔合わせも兼ねて三日後の昼にギルドで落ち合おう」

「分かった。両鉄腕だったか? 活躍、楽しみにしておくよ」


 トールはロクックの二つ名の由来となっている腕を軽くたたく。

 ロクックは苦笑した。


「そんなにいいもんでもねぇよ」


 やや自嘲気味なその笑いにトールが怪訝な顔をすると、ロクックは肩をすくめる。


「いま、ファンガーロの議員連中はオーバーパーツの普及に躍起になってる。もともとこの都市は魔機師が強い発言力を持ってるから法案も可決するだろう。でも、俺は反対してる。議員に呼び出されたのもそれ関連だ」

「なんでだ? 商売敵が増えるから、なんてくだらない理由じゃないだろ?」

「維持費だ。オーバーパーツは魔機獣からごっそり部品を持ってくるんだが、魔石の交換ができないって致命的な問題がある」

「……もともとの魔機獣の魔石を使わないと魔力が通らないのか」


 図らずも、トールがアルミニウムの依頼でお役御免になった理由そのものだ。

 トールは酒を一口飲み、オーバーパーツの致命的な欠陥に気付く。


「オーバーパーツには使用限界があるのか?」

「その通り。魔石の魔力がなくなれば、もうそのオーバーパーツは利用できない。個人が一生のうちに使い切ることはないとも言われているけどな。俺もこの腕とは五年の付き合いなわけだし」


 愛着もあるんだ、とロクックは機械の腕を複雑そうに見る。


「ついでにメンテナンスの費用が馬鹿にならない。しかも、メンテナンスができる腕のいい魔機師には限りがあって、ファンガーロ以外ではお目にかかれない。つまり、オーバーパーツを付けたら最後、ファンガーロの専属としてやっていく以外の道がないんだよ」

「うわぁ……それは反対するわ」


 ファンガーロに来る前、フラーレタリアにて冒険者が集結してしまうダンジョンを封印してきたトールはロクックに同意する。


「いま、オーバーパーツの使用者ってどれくらいいるんだ?」

「俺を含めて十五人だ。全員Bランク」

「有用な装備ではあるんだな」

「おすすめはしない。メンテナンスがほぼ不要な生身の両腕の方が俺みたいなずぼらにとっては楽だね」


 冗談めかして笑ってロクックはワインを飲みほした。

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