第2話 十分に熟成された依頼がこちら
ロクックはファンガーロの有名人のようだった。
トールたちと歩いているのを見た通行人や露店の主が驚いたように二度見する。
親しげに声をかけてくる者こそいないが、ロクックに向けられる視線からは畏怖と敬愛が読み取れた。
「ファンガーロから直接支援金を受けている公認の冒険者をやっててさ」
「勝ち組じゃん。やったな」
ロクックの巨大な魔機手を横目に、トールは軽い調子で祝う。
ファンガーロの公認冒険者なら獲物は確実に魔機獣だ。それも危険度が高い魔機獣の討伐が直接依頼される。
「Aランクか?」
「いや、トールと同じでソロでやってるからBだ。序列もない」
「公認というくらいだし、ファンガーロからパーティを紹介されたりするだろ。断ってるのか?」
「ちょっと事情があってさ。この腕のおかげで苦労もないし、ソロでいいなって」
ロクックが魔機手を持ち上げる。
ユーフィがロクックを見上げた。
「その魔機手、大きいですね。自身の魔力で動かせる大きさとは思えないのですが?」
クラン『魔百足』のこともあって魔機手には一定の知識があるユーフィの疑問に、ロクックは自分の腕を軽くたたいて説明する。
「その通り、こいつはオーバーパーツという新型の戦闘用魔機手だ。五年前に開発されてね。大型の魔機獣から金属パーツと高純度魔石をごっそり人に移植するって技術だ。高純度魔石を使っていることもあって通常の魔機手とは出力がけた違いだし、魔機獣のパーツ由来のギミックもついてる」
「前は腕あったよな。魔物にやられたか?」
「いや、魔機獣にやられた。七年前だったかな。Cランクへの昇格を目指して無茶してさ。両腕を持ってかれた。生きてるのが奇跡なくらいだ」
困ったように頬を掻くロクックだが、オーバーパーツのおかげか特に落ち込んではいないらしい。
「ファンガーロで魔機手を付けて活動してBランクになったのが五年前。そこで、試作段階だったオーバーパーツを装着しないかと持ち掛けられて、以来この腕とも五年の付き合いだ。最古参のユーザーってわけ」
「へぇ。そういうことなら、腕のいい魔機師も知ってるか?」
ファンガーロに来た目的は魔機車の購入だ。購入後の整備方法などについて本職から教えてもらえたならばありがたい。
トールの質問に、ロクックはいくつかの候補を挙げてくれた。
「ギルドが紹介してくれる魔機師が三人、それに魔機師ギルドに行けば所属している魔機師の中で条件に見合うのを紹介してくれる。後は、あまりお勧めはしないが腕がいい――っと、冒険者ギルドについたな。ちょっと仕事があるから、待っててくれ。トールも届け出がいるだろ?」
「あぁ、あとで合流しよう」
ギルドの建物に入って、ロクックが迷わず二階への階段を上っていく。二階には支部長室などがあるようだ。
ユーフィとメーリィが一階を見回して、受付を見つける。
「トールさん、行きましょう」
「魔石も売りますよね? それとも、魔機車の燃料用に取っておきますか?」
メーリィに聞かれて、皮袋から魔石を取り出して少し考える。
「売って今日の宿代にする」
この程度の魔石ならいくらでも取りに行けると判断して、トールは双子に魔石を渡して換金をお願いした。
素材換金所に向かう双子を見送って、トールは受付に行く。
冒険者証を提示してしばらく滞在する旨を伝え、手続き書類を書いていると双子が駆け寄ってきた。後ろから職員も歩いてくる。
「トールさん、ちょっといいですか?」
「魔機獣の出現場所と種類について詳しく聞きたいとギルドの人がおっしゃっています」
「もうちょっとで書き終えるから待っててくれ」
書類を提出し、質問票を持った職員に向き直る。
職員が一礼して話し出した。
「お忙しいところすみません。魔機獣が街道上に現れたとのことですが、詳しい場所は?」
「地図はあるか?」
職員に出してもらった地図を見て、大まかな場所を指さす。職員は質問票に書きつけながら質問を続けた。
「魔機獣の種類は?」
「シェルハウンドの狙撃型、単独だ」
「狙撃型ですか。ちょっとまずいですね」
呟く職員に、ユーフィとメーリィが声を揃えて訊ねた。
「何か異常事態ですか?」
「あ、いえ、異常事態というよりは慣例行事というか。この時期が来たかぁ、くらいのものですね。ある意味ボーナスみたいなものですし」
危機感を抱いている様子のない職員に、双子が首をかしげる。
魔物や魔機獣が街道に現れるのは物流の点から見て死活問題だ。しかも、ファンガーロ周辺は魔機獣の影響で食糧生産ができず、ほぼ外部に頼っているため街道が封鎖されると簡単に飢餓状態に陥る。
いくら高ランクの冒険者が多数在籍するファンガーロといえども、あまり静観できる状況ではないはずだ。
しかし職員はへらへら笑いながら続ける。
「付近の遺跡には魔機獣を製造するような施設もあります。そこに冒険者を派遣して破壊するんですが、しばらくすると魔機獣が修繕するんです。その修繕が終わるとまた魔機獣が増えて街道周辺にまで出張ってくる。そうして、また冒険者を派遣する、そういう流れなんですよ」
「完全破壊はできないんですか?」
「できないですね。ファンガーロ設立初期のころに多数の冒険者を雇用して魔機獣も狩りつくしたうえで施設を破壊したことがありました。でも、よその地域からやってきた魔機獣が修繕するんですよ」
それが日常なのか、職員は当たり前の自然現象のように話している。
ファンガーロの住人にとっては本当に日常なのだろう。魔機獣にあまりなじみがない双子にはわからない感覚だ。
質問票の記載を終えた職員はトールに署名をお願いする。
「ところで、ファンガーロに来た目的は何ですか?」
職員の質問にメーリィが答える。
「魔機車を購入しようと思いまして。いいところはありますか?」
「魔機車ですか? 東の方に扱っている店がありますが、何しろ高価でかさばる品ですから台数はそんなにありません。こだわりがあるなら要望を伝えて発注するなり、オプションパーツを買うことになるでしょうね。ともかく、実際に足を運ぶのがいいと思いますよ」
親切に答えてくれた職員に礼を言っていると、二階からロクックが降りてきた。
職員がロクックを見て緊張し、背筋をピンと伸ばす。
「ロクック様、どうかされましたか?」
「様付けはやめてくれよ。トールは古い知り合いなんだ。ファンガーロを案内しようと思ってさ」
「そうだったんですか! あの、こちらの三名は魔機車を探しているそうです」
「お、おう……」
職員が向ける尊敬のまなざしにロクックは困ったような顔をする。
ロクックは依頼掲示板に目を止めるとその場から逃げるように早口でトールに告げた。
「腕のいい魔機師って話。もう一人お勧めはしないけど腕がいい奴がいる。あの依頼を見てみろ」
そういってトールの腕を引っ張るロクックに掲示板の前に連れて来られると、一件の依頼を指さされた。
依頼内容を見て、双子が目を輝かせてトールを見上げた。
「この依頼、面白そうですよ!」
「面白いと言ってもなぁ……」
なんでこんな内容の依頼が冒険者ギルドの掲示板に張られているのかとトールはいぶかしむ。
連れてきた犯人であるロクックを見ると肩をすくめられた。
「多分、ファンガーロで一番腕がいい魔機師だけど、この依頼を受けないと話もできないんだ。人嫌いで偏屈なゴーレム狂いって評判でさ」
戦いの最前線で魔機手を振るうロクックが腕を保証するのだから名うての技術屋なのだろう。
依頼にはこう書かれていた。
『金属系の落ち物に関する情報を求む。アルミニウム』
――英語で。
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