第三章 十年目の転移者と十年目の冒険者と……

第1話  再会

 硬く均された土の道が森の奥へと続いている。

 道幅は広く、トールは目測でおおよそ三十メートルとあたりを付けた。

 フラーレタリアを出て各所の町に立ち寄りながらすでに二十日ほどが経っている。目的地ファンガーロへの一本道を歩きながら、トールは横目で双子を見た。


「大丈夫か、お前ら?」

「……休憩を」

「そこの木陰がいいんじゃないか?」


 へとへとのメーリィが口数少なく休憩を求め、トールは適当な木陰を選んで二人を休ませる。

 ユーフィとメーリィは木陰に座ってどんよりと疲れた顔で快晴の空を見上げた。


「旅、辛いです」

「魔機車、買いましょう、絶対」


 疲れた様子ですらりとした脚を揉み始める二人にトールは苦笑した。


 護身術を習っていたこともあり、そこらのお嬢様よりは体力があるユーフィとメーリィだが、流石に二十日間も旅を続ければ疲労がたまる。途中で町に寄っていなければもっと早く足が鈍っていただろう。

 むしろ良く持った方だと感心するくらいだ。


 道の先へと目を向ける。

 人はまばらだ。ほぼすべての通行人が武装しており、全員がCランク以上の実力の持ち主だと分かる。

 当たり前だよな、とトールは鎖戦輪に魔力を込め、森の奥を睨んだ。

 姿は見えないが、互いを認識した感覚があった。


 森の奥で、歯車がなめらかに噛み合い、鋼鉄製の鋭い何かが地面に食い込む。

 直後、トールは鎖戦輪の先端を地面に食い込ませ、エンチャントを発動した。

 バチバチと赤い雷が踊り狂い、森の奥から飛来した金属製の弾を弾き飛ばす。

 地面に転がる弾を見たトールは舌打ちした。


「遠距離型か。二人とも、そこを動くなよ」


 森の奥の何かは音もなく位置を変えている。

 茂みの奥へと身を隠し、トールの鎖戦輪を凝視しながら射撃体勢を取った。

 トールは周囲にばらまいた赤雷の効果で金属のありかが大まかに分かる。相手が今どんな体勢を取ったのかも理解していた。


 ポーチからマキビシをまとめて取り出し、盾のように正面に張った鎖戦輪の輪に放り込む。

 直後、磁力によって弾き飛ばされたマキビシが茂みに潜む者へ散弾のように襲い掛かった。

 射撃の反動に耐えるために金属製の爪を地面に噛ませていた相手はマキビシの強襲に対応が遅れ、直撃を受ける。


「――ッ!」


 金属が削りあう独特な悲鳴を上げた相手が茂みから転がり出てくる。


「シェルハウンドの狙撃型か」


 トールは転がり出てきたソレを見て目を細める。

 スマートな大型犬のような体躯。四肢が付け根部分から金属の板に覆われ、足は完全な鋼鉄製の機械。トールが放ったマキビシが食い込んだ肉の胴体から血液というには粘性が低い赤い液体が潤滑油のように流れ出ている。首の付け根から顎下へと口径十センチほどの砲身が伸びていた。

 肉と金属の体を併せ持つサイボーグのような生き物、魔機獣だ。


 砲身をトールに向けながら、魔機獣が一歩後ずさる。

 魔機獣の左前脚が地面を離れたその瞬間、トールが地を蹴った。

 魔機獣が地についていた三本の脚に力を込めて後ろに飛ぶ。


 森の木々がある以上、人間如きが距離を詰め切れるはずがないと魔機獣は思っていたのだろう。

 トールの姿が木の後ろに消えた直後、魔機獣はギロチンに掛けられたように頭上からの刃に首を斬り落とされていた。


「……やけに弱いな」


 トールは鎖戦輪を回収する。頭上から弧を描いて魔機獣を奇襲した鎖戦輪は木の枝を数本切り落として戻ってきた。

 ユーフィとメーリィが顔を出す。


「終わりましたか?」

「終わった。ついでだから魔石を回収しておこう。ちょっと来てくれ。実演するから」


 駆け寄ってくるユーフィとメーリィの前で、トールは魔機獣の胴体からマキビシを回収し、心臓の横にある黒褐色の石を取り出した。直径五センチほどのそれはガラス質で硬く、表面はなめらかだ。

 細い金属の管で心臓とつながっているその石こそが、魔機獣の動力源である高純度魔石である。


「これが結界や魔機車の燃料になるんですね」

「この大きさだと結界は無理だな。魔機車の燃料になら使える」


 汚れを布でふき取って、革袋に入れる。この大きさでも一個金貨一枚以上で買い取られる。

 ユーフィが魔機獣の死骸を見下ろした。


「魔機都市ファンガーロ、話には聞いていましたが本当に危ない場所ですね」

「これくらいの魔機獣でも、ダランディやフラーレタリアなら大騒ぎだからな」


 魔機獣討伐はCランク冒険者への昇格条件に挙げられる。魔機獣そのものはピンキリとはいえ、十分な戦闘能力を備えて事前の準備を整えたCランク冒険者が討伐可能となる強さであり、Dランクの冒険者であれば迷わず撤退するべき相手だ。


 そして、魔機都市ファンガーロの周辺はそんな魔機獣が大量にうろうろしている危険地帯である。

 高純度魔石を容易に手に入れられるこの環境のため、ファンガーロは魔機技術が発展しているものの周辺の危険性から冒険者はCランク以上の実力が求められ、Bランク以上が長期滞在する場合には補助金が得られるなどの優遇措置もあった。

 周辺には旧文明の遺跡が多数点在し、それらを守る魔機獣と冒険者による激しい戦闘が日夜繰り広げられている。


「早いところファンガーロで宿を取ろう」


 トールは魔石以外の素材を放置して双子と共に道へと戻る。

 その時、道を挟んだ向かいの森から人影がのそりと現れた。


 細身ながら長身の男だ。適当に切った茶髪はぼさぼさで、薄くクマが浮いた目元を隠すような太フレームの眼鏡をかけている。よく見れば整った顔立ちで目じりが下がった優しそうな眼をしているが、眉間に神経質そうなシワが寄っていた。

 何よりも男の威圧感を高めているのは両腕の魔機手だ。長身の彼の膝まで届く長大な魔機手は太さもかなりのもので、ファンガーロ公認にして専属の冒険者であることを表す歯車を咥えた鳥の市章が刻印されている。


 圧倒的な威圧感に道路上の冒険者が緊張したように顔を向けるが、男は眉間のしわを深めるだけで無視してファンガーロへ一歩踏み出しかけて、ふと何かに気付いた様子でトールを振り返った。


「……もしかして、トールか?」


 名前を出されてトールの方が驚いた。


「え、誰だ、お前?」


 ため口での誰何に路上の冒険者たちに緊張が走った。

 しかし、男は途端に眉間のシワを解いて笑う。


「やっぱりトールだ! 八年ぶりかな? 全然変わんないな、お前! 俺だよ、俺」

「すまん、さっぱりわからん」


 八年前となるとまだCランクだった頃だとトールは思い出しているが、目の前の男には全く見覚えがない。

 男は苦笑して名乗った。


「ロクックだ。トールと同じ日、同じ場所で冒険者に登録して、一緒に研修依頼も受けた。まぁ、それ以来、あいさつを交わす程度だったから覚えてないのも無理ないけど」

「……あ、思い出した! 研修の夜に、夜食とか言って持ち場を離れてキノコ鍋作って腹を下して教官に怒られた奴」

「もっといい思い出を記憶しろよ、お前!」


 笑いながら、ロクックは双子に目を向ける。


「えっと、護衛対象?」

「いや、仲間だ」

「は、仲間!? マジか。変われば変わるもんだな。ファンガーロに行くんだろう? 案内するよ」


 ロクックがトールたちを見て笑い、ファンガーロへ向けて歩き出す。

 ユーフィとメーリィがトールを見上げた。


「どうしますか?」

「俺もファンガーロは初めてだし、案内してくれるっていうならそうしてもらおう」

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