第13話 思い出の品

 商業ギルドから使者がやってきたのは夕方だった。

 昼の時点ですでに会食の席を整えるとの通知があったため、ユーフィもメーリィも身だしなみを整えている。


「トールさん、意外と緊張していませんね」

「お相手はフラーレタリアの議員も務める商業ギルドの重鎮ですよ?」

「吠え面かかせたばっかりだからどうにもなぁ……」


 ダンジョンの封印に成功したことで商業ギルドは相当に慌てふためいたことだろう。封印を行った当事者であるトールは精神的に優位に立っていた。

 失礼のないよう、トールも身だしなみは整えているが緊張はしていない。


 使者が用意した魔機車に乗り込む。

 魔機獣が体内に持つ高純度魔石を燃料とする魔機車は維持費だけでもかなりの額になる。そんな高価な魔機車での出迎えは相手の本気をうかがわせた。


 しかし、トールは特に驚く様子もなくさっさと乗り込んだ。

 トールは地球で自動車に散々乗っている上、魔機車の維持費の大半を占める高純度魔石ならば何度も魔機獣を倒して手に入れ、市場に流している。多少の物珍しさはあっても、気後れするはずもない。

 平然としているトールに、使者の方が慄いていた。


 加えて、ユーフィとメーリィも気にしていない。ウバズ商会の跡取り娘であった二人は商品の運搬に使用される魔機車を何度も見ている上、塩の専売権を持っていたため町議会の送迎で魔機車に乗っている。

 当然とばかりに魔機車に乗り込み、革張りの座席に座り込んで使者を見た。

 なんでこの人は一向に扉を閉めようとしないのだろう、と不思議そうな顔をしている。自分から扉を閉めるという発想が欠片もない。

 その振る舞いが出自を物語っていた。


 使者は扉を閉める。

 ギルドの重鎮は、魔機車での出迎えで先制攻撃し、気後れさせるつもりだったはずだ。

 だが、一筋縄ではいかないだろうと使者は雇い主を心配した。


 ユーフィが座席の質を確認する。


「魔物革ですね。しなやかで手触りがいいです」

「手入れは大変そうですね」

「噂によれば、旅に使える大型の魔機車も開発されているそうですよ」

「トールさん、地球にはキャンピングカーなるものがあると物の本で読んだことがあるのですが」

「あぁ、友人の家が持ってたな。ちょっと中を見せてもらったこともある」

「後で詳しく聞かせてください。せっかくお金が入ったのですから、欲しくはありませんか、移動拠点?」


 ユーフィにねだられて、トールは少し考える。

 フラーレタリアに定住するつもりがない以上、これからも旅をすることになる。移動拠点は確かに便利だろう。

 いつ地球に戻されるかもわからないため物を持つことにほのかな抵抗があったトールだが、いまは双子がそばにいる。無駄にはならないとも思えた。


「二人が運転を覚えることが条件だな」

「決まりですね。では、次の目的地はファンガーロです」


 旅程などを話しているうちに目的の料亭に到着し、トールたちは魔機車を降りる。

 意外と揺れもなく快適な移動手段だったと、トールは魔機車の購入にかなり前向きになっていた。


 料亭に入ると、中は貸し切りになっていた。

 商業ギルドの重鎮にしてフラーレタリア議員の一人、マテイコは表面上は和やかにトールたちを歓迎する。


「こんばんは、あなた方が炭酸ポーションの開発者ですね。お会いできて光栄です。今回は急な招きに応じてくださりありがとうございます。ささ、どうぞ席へ」


 自ら席を引いて歓待するマテイコに、ユーフィとメーリィは愛想笑いをして礼を言う。

 全員が席に着くと、すぐにワインが運ばれてきた。


「まずは乾杯をしましょうか」


 グラスを掲げて乾杯し、ワインを一口飲むとマテイコはさっそく本題を切り出した。


「この度は誠に申し訳ないことをいたしました。最初に話し合いの場を持っていれば、ご迷惑をおかけすることもなかったと、我々は後悔するばかりです。炭酸ポーションは素晴らしい商品であり、冒険者の救世主です。だからこそ、我々は自分勝手にも焦ってしまった。開発者であるお二人に対しても、命を張って戦ってくださっている冒険者、衛兵の皆様に対しても、背信行為であったと気付きました。改めて、申し訳ありませんでした」


 頭を下げるマテイコに、ユーフィとメーリィは穏やかにほほ笑んでいた。

 トールは首筋にピリッと何かの刺激を感じた。それは強力な魔物や魔機獣の縄張りに踏み込んだ時の危機感にも似ている。

 余計なことは言わない方がいいな、とトールは無言を貫いて様子を見ることを決意した。

 メーリィが口を開いた。


「謝罪をお受けしましょう。何より、もう誤解は解け、お互いに被害を最小限に食い止める段階です。いがみ合うより手を取り合う方が利益になる。そうでしょう?」

「そう言っていただけるとありがたいです。もちろん、関係者には相応の罰を与えます。私自身も炭酸ポーションに関する議案を提出した後、折を見て議員職を辞するつもりでいます」


 罰則を与えることは世間的にも必要な処置であり、理解が得られるのは当然と考えていたマテイコだったが、ユーフィの感想は斜め上をいっていた。


「それは嬉しい知らせですね」

「……嬉しい知らせ、とは?」


 和解を表明した後に、罰則について嬉しいというのは角が立つ表現だった。

 だが、口を滑らせたという様子でもない。双子は明らかに、場慣れしていた。言葉の裏を探り合い、言葉尻を捕らえてやり込めることも辞さない世界の人間だとマテイコの嗅覚が告げている。

 嬉しい知らせ、という表現には何らかの意図があるはずだった。

 ユーフィが笑みを浮かべたまま切り出す。


「計算ができる方々が職を辞するなら、それを冒険者ギルドが雇い入れてもいいですよね。例えばそう、贖罪を兼ねて炭酸ポーションの普及に手を貸す、とか」

「ほぅ……。しかし、冒険者が受け入れますかね?」

「マテイコさんは温泉町と関係が深いと聞いています。炭酸ポーションブランド化の口利きとして間に入れば、感謝されこそすれ、恨まれることはありませんよ」


 双方に益がある提案だった。

 一考の価値がある、とマテイコがワインを飲む時間を利用して素早く計算していく。

 マテイコがある程度の答えを出すのを待って双子は続きを口にした。


「ダンジョン封印により魔機獣が来ることが予想されます。ですが、魔機獣討伐の特需も一時的なもの、いわば新たな産業構造構築のための準備期間にすぎません」

「ふむ。その口ぶりでは今後の産業構造に関しても提案があるようですが?」


 すでにマテイコは商談に臨む心構えができていた。

 目の前の双子は話が分かる。自分と同じく商人としての視野を持っている。そう確信できたからだ。


 ただの謝罪のための会食だと思っていたが、想像していなかった利益をもたらしてくれるかもしれない。

 何より、冒険者ギルドと商業ギルドの橋渡しを行える双子の立場はマテイコたちには得難いものだ。


 メーリィが具体案を口にした。


「ダンジョンの利用方法について、提案です。ワイン原料のブドウ生産、スパークリングワインと合わせやすい料理や加工食品の研究と生産を行い、温泉町に流してはどうでしょうか?」

「それについてはすでに取り組みを始めている商店がありましてな。今回の一件で我々が直接支援するのは外聞が悪いと、支援金を受け取ってもらえないでいましてね」

「炭酸ポーションの普及はスパークリングワインの普及と同時進行するのが宣伝面からみて効率がいいと冒険者ギルドでも結論が出ています。そこで、フラーレタリア商業ギルドの流通網を利用させていただきたいんです」


 これは双方に利益があり、冒険者ギルドは説得済みであることを強調したメーリィの後をユーフィが引き取った。


「マテイコさんが率先して動いてくだされば、冒険者ギルドからも助け船が出せます。双方のギルドが融和姿勢を示せば説得は容易でしょう」


 マテイコはしばらく双子の提案を吟味すると深く頷いた。


「フラーレタリア議員として請け負いましょう。そして、一住人として、特需後のフラーレタリアを心配して知恵を貸してくれること誠に嬉しく思います。感謝を」

「私たちにも利益があることです」

「そうでしたな。ユーフィさんとメーリィさんへの報酬が必要でしょう。和解が外部にも伝わるような報酬が良いのですが、今回の一件は商業ギルドの過失によるものでフラーレタリアから勲章を出すなどはできません。商業ギルドの手に負える範囲で望みを叶えたいと思います。何か希望はありますか?」


 マテイコが尋ねると、ユーフィとメーリィはほぼ置物と化して口を閉ざしているトールを見た後、笑みを浮かべた。


「フラーレタリア産のスパークリングワインの優先購入権がほしいです。料金は正規料金で支払います」


 てっきり、スパークリングワインや炭酸ポーションの利権がらみの要求が来ると思っていたマテイコは意外な要求に一瞬、思考停止した。


「……それだけでいいのでしょうか?」


 意図が掴めずに困惑しながらも問いかけるマテイコに、ユーフィとメーリィは頷く。


「十分です」


 声を揃えて満足そうに微笑まれては、マテイコも何も言えなかった。



 会食を円満に終えて、トールたちは料亭を後にする。

 送迎の魔機車を断り、のんびりと夜道を宿へと歩いて帰る。

 トールはお土産に持たされた菓子折りを片手にぶら下げて、星空を見上げた。


「なぁ、報酬の件、本当に優先購入権だけでよかったのか?」


 双方の立場を考えればもっと大きな要求も当然の権利として通せたはずだった。

 ユーフィとメーリィは機嫌よくつないだ手を前後に振りながら答える。


「思い出の品が手に入らなくなるのは悔しいですからね」

「私たちが史上初めて口にしたんですよ。三人の思い出の品としていつでも手に入るようにしないといけません」

「そう簡単に手に入らなくなるとも思えないけどな」


 機嫌がよさそうな二人を見れば、それ以上は言う気も失せた。

 トールも、三人で少し苦いスパークリングワインを飲んだあの夜はいい思い出になっていたのだから。


「明日はみんなで温泉町、その後は三人で魔機都市ファンガーロですね!」

「どうせ魔機車を買うならやっぱり、欲しいですよね、ワインクーラー」

「飲みたいだけになってないか?」


 笑いながら、三人は宿までの道を少し遠回りして歩いた。

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