第4話 双子のエンチャント
ダンジョンはその中が異世界を再現した空間であるとされている。
フラーレタリアのダンジョンが発見されたのは五十年前、内部構造が変化しないため第一から第四階層までは詳細な地形データが売られており、第五から第七階層までもある程度の情報が出そろっている。
トールたちが潜ったのは第一階層、第二階層へと続く坂道への最短ルートを外れ、草が生い茂る草原を少し奥へと進んだ場所だった。
トールは双子を見る。
「やっぱり、強いな」
双子は揃って武器に槍を選んだ。間合いが広く、護身用にもいい武器だ。
もともと護身術を習っていただけあって、ユーフィとメーリィの槍捌きは基本の型をしっかり押さえたもので、トールが教えることはない。
牙が大きく、鋭く発達したイノシシのような魔物が鼻息荒く走ってくる。
ユーフィとメーリィはイノシシの魔物をひらりと左右に避けると、槍を左右から魔物の前後に向けて突き出した。
魔物は攻撃に反応していたが、左右からの挟み撃ちに加えて進もうと退がろうとどちらかの攻撃を受けてしまう。
抵抗することもできずにイノシシの魔物は槍に貫かれて絶命した。
視界、思考を共有する双子の特性から連携がうまいだろうとトールも想像していたが、予想以上だった。
ユーフィ一人やメーリィ一人であれば、お嬢様育ちゆえの筋力の問題などもありさほど強くはない。一般人に毛が生えた程度だろう。
しかし、二人揃えば互いの位置取りを完全に把握し、死角を補い合い、タイムラグが一切ない連携攻撃を繰り出す。
「Cランク冒険者相当って話も頷けるな」
素材を得るため、魔物を解体する手際もいい。もともと知識豊富な二人だけあって、素材を傷つけないように心得てもいる。
工芸品の材料として扱われる牙を取った双子がトールを見た。
「どうでしょうか?」
「冒険者としてもやっていけそうだな。早速、エンチャントについて教えよう」
トールは短剣を鞘から引き抜く。魔物の解体用に使う短剣だが、サブウェポンとしても使用可能なしっかりした造りだ。
「教えると言っても、やり方は割と単純だ。魔力を通して、魔法を発動する。ただし、武器表面の魔力は魔力として維持したままだ」
強力な魔法攻撃への対抗手段であり、武器表面の魔力量が抗魔力に直結する。
トールが短剣に魔力を込め、魔法を発動する。静電気のように控えめな赤い雷が舞った。
興味津々でユーフィとメーリィはトールの短剣を見つめる。
「この赤い雷の魔法を見たことがありませんけど、オリジナルですか?」
「俺はこれしか使えないんだよ。日本出身だからか、魔力の質がこの世界の人々と大きく違うらしいんだ。おかげで、この世界の魔法の教材通りにやっても発動しない」
見よう見まねに改良を重ねてどうにか発動できるようになったのがこの特殊な雷魔法だった。
「使い勝手がいいから不便は感じないけどな。格下相手なら武器を抜かせることもない」
「もしかして、私たちを攫いに来た『魔百足』の人たちが武器を鞘から抜けなかったのって……」
「あぁ、俺が連中の武器にエンチャントして、磁力で固定した。相手がエンチャントをやったことない連中だったから楽勝だ」
「Bランク以上でないとトールさんとは戦闘にもならないんですね」
「戦わずに済むならそれに越したことはないさ。そんなことより、二人もやってみてくれ」
トールが促すと、ユーフィとメーリィは向かい合って槍に魔力を通し始める。
物に魔力を通すだけなら少しコツを掴めば子供にもできるが、そこから魔法を発動するとなると途端に難しくなるものだ。
二人が試行錯誤している間に、トールは近付いてきた魔物に鎖戦輪を放り投げて瞬殺し、素材を回収していく。
トールが今日の宿代をあっさり稼いだころ、双子は一瞬だけ魔法を発動できるようになっていた。
「二人揃って水のエンチャントか」
ユーフィとメーリィが持つ槍の表面を水が蛇のように取り巻いている。
水魔法は質量が大きいが危険性は低く、トールの雷のような付加効果もない。
だが、この二人の連携を加味すれば弱いと断言できないエンチャントだった。
「応用訓練したら化けそうだな」
「申し訳ありませんけど、まだそこまで行きつける気がしません」
メーリィが言う通り、まだエンチャントの基礎もできていない。エンチャントが維持できず、水が現れたり消えたりしていた。
「水魔法ならダンジョンでなくても練習できる。今日のところは帰ろう」
エンチャントで発動する魔法には個人差がある。複数種類のエンチャントを使い分ける特殊な人間もいるが、ほとんどの場合は術者の魔力の質に影響されたものが勝手に発動する。
そのため、街中で練習できない爆炎のエンチャントなども発動しかねず、トールは双子の訓練にダンジョンを選んだのだ。
安全な宿の庭やギルドの訓練場を使わせてもらおうとしたトールを、ユーフィとメーリィが声をそろえて止める。
「もう少し、ダンジョンで魔物を倒したいです」
「実戦を経験したいなら、エンチャントができるようになってからの方が安全だと思うが……」
「自分たちで稼ぎたいと思っています。だから、元手を稼ぐために少し魔物を狩りたいんです」
真摯な目で訴えてくる双子に、トールは少し考える。
「……分かった。自立心があるのは俺としても歓迎するし、もう少し狩りをしよう。ただ、一階層だと効率が悪すぎる。四階層に向かおう」
ギルドで調べた情報では、四階層では夜盲症の薬の原料になる魔物などが出てくる。最短距離で進めば日帰りが可能なため、Cランク相当の腕で稼ぐのなら最も効率がいい。
「元手を稼ぐと言っていたが、商売でも始めるのか?」
下の階層へと続く坂道へ向かって歩き出しながら、トールは問う。
ウバズ商会の跡取り娘たちだ。商売の心得はあるだろうが、一日二日ダンジョンに潜って稼げる金額はたかが知れている。
目標金額次第ではもう数日はダンジョンで狩りをすることになるはずだった。
「まだ実現できるかどうかもわかりません。一度実験をしてからですね」
「商売のネタはあるってことか?」
「いまはまだ秘密ですよ。楽しみにしていてください」
詳しく話せる段階ではないとのことで二人は詳細を伏せる。
商売の知識はないトールはそれ以上は聞かなかった。
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