第3話 ダンジョン街フラーレタリア

 温泉町で一泊したトールたちは目的地であるフラーレタリアに向かっていた。

 馬車を利用して片道二日。フラーレタリアに近づくほどに魔物の数は増え、これを撃退する冒険者の数も増えていた。

 街道は安全が確保されているが、それでも時折小型の魔物が道を横切っている。


「やはり、炭酸が抜けてしまいますね」


 実験と称して購入した炭酸ポーションを少し飲んだメーリィが容器を眺めて考えている。

 丸底フラスコのような容器だ。炭酸で破裂しないように圧力に強い形にしているのだろう。


「馬車は揺れるからな」

「でも、普通のポーション程度の効果はあるんですよね?」

「そうだな。浅い裂傷くらいなら半日で治癒する。炭酸ポーションなら気味が悪いくらいみるみる塞がるよ」


 体感では五分程度で治癒する。激しく体を動かす戦闘中に飲んでも傷が広がるのを防ぐばかりか徐々に治るほどの代物だ。

 そんな即効性のあるポーションを普通のポーションよりも安く買えるというのだから、流通の問題は大きい。


「入りましたね、結界」


 ユーフィが呟くと同時、馬車の後方にいたトールはオブラートの膜を破くような感触に顔をしかめる。


「結界をくぐる感覚は今でも慣れないな」

「仕方がありませんよ。この結界がないと魔物や魔機獣に街が滅ぼされてしまいます」

「わかってるんだけどな。フラーレタリアの結界はなんかこう、他に比べて粘っこい気がするんだよ」

「結界マイスターですか?」


 トールの感想を聞いてユーフィがくすくす笑う。


「フラーレタリアは比較的最近になってできた街ですから、旧文明の遺跡の結界を模倣するだけではなく手を加えているのかもしれませんね」

「あぁ、それなら納得だな。結界の維持費は高いし、効率を求めて少しの不便には目をつむるくらいあり得る」


 結界は旧文明時代から存在する魔機の一種だ。街全体を囲むほどの結界を張るからには必要な魔力量も大きく、魔機獣が体内に持つ高純度魔石を採取して転用している。

 魔機獣の討伐はCランク以上の冒険者が必要であり、ひとつでもそれなりに値が張る。


「魔石に魔力を込める方法があればいいんですけどね」

「それができたら革命だろ」


 魔力源、燃料として使用される魔石だが、空になった魔石に魔力を込める方法は発見されていない。


「この世界に来たばかりの頃は充電池みたいなもんだと思ってたんだけどな。再利用できないただの電池なんだよな」

「魔機獣が旧文明のオーパーツですからね。魔石も同じです」


 フラーレタリアを囲む壁は近くにダンジョンがあるというのに低く、門は巨大だった。冒険者だけではなく、多数の商人も出入りしており、それぞれに審査手続きが異なるため列が分けられている。


「お客さんたちはここで降りた方が早く中に入れるよ」


 御者に勧められて、運賃を支払ったトールたちは冒険者側の列に並ぶ。御者の言う通り、ほぼ顔パスで中に入れるようだ。

 順番が回ってきたトールが冒険者証を見せると、衛兵は双子をトールのパーティメンバーだと思ったらしく特に審査もせずに通した。

 数日前に密輸事件の騒動に巻き込まれた身としては不安になる対応だ。


「凄いですね、この活気」


 ユーフィが大通りの人だかりを見て感心する。

 ユーフィと手を繋いだメーリィがトールを振り返った。


「まずは宿でしょうか?」

「いや、二人の武器を買って、ギルドに冒険者登録するのが先だ。フラーレタリアではギルドの紹介を受ければ、宿泊費が安くなるんだよ」

「それはやはり、ダンジョンがあるからですか?」

「そういうことだ。ダンジョン産の落ち物や魔物の素材が主要な輸出品だからな。冒険者がいないと始まらない。いびつな経済構造だよな」


 トールが顔をしかめるのには理由がある。


 旧文明は異世界への門、ダンジョンを開きそこから異世界へと侵攻するも追い返され、逆にダンジョンから乗り込んできた魔物によって滅んだというのが定説だ。

 そのため、ダンジョンからは魔物が大量にあふれ出てくる。冒険者はダンジョンの最深部に乗り込んで結界を起動し、ダンジョンが持つ異世界の門としての機能を停止させることも仕事となっている。

 ダンジョンを収入の柱に置くこのフラーレタリアの経済構造は、冒険者なくして維持できない。しかし、冒険者はダンジョンを封じるのが仕事だ。ダンジョンが封鎖されればフラーレタリアの経済構造は破綻する。


「まぁ、ここの住人もそれくらいわかってるだろうけどな。ダンジョンがなくならないなんてありえない」

「でも、五十年も封じられていないダンジョンだと聞いていますよ?」


 フラーレタリアダンジョンは発見されてから五十年、第七階層まで踏破されているが十年もの間、歩みが止まっている。

 第八階層が激しい起伏のある山岳地帯となっており、飛行する魔物も多いことから対応が難しいためだ。


「Bランクパーティも八階層で足踏みしているらしいからな。対空攻撃手段がないと難しいんだろうが、八階層まで来ていると体力も魔力も消耗している。交代で休憩できるような人数を揃えればいけるだろうが、怪我のリスクなども考えると半端な人数では攻略できないな」


 武器屋が並ぶ通りへと歩き始めるトールに、双子がついてくる。


「私たちの戦闘訓練は何階層でしましょうか?」

「一階層で十分だと思う。その前にギルドの訓練場でどれくらい武器を使えるかを見たいな」


 今回の目的はユーフィとメーリィの戦闘訓練と当面の資金確保であり、トールはダンジョン攻略を行うつもりはない。

 ギルドにいけば出現する魔物についての情報も得られる。トールが付いていれば危険もない。

 武器屋へと歩いていると、双子が足を止めた。


「どうかしたのか?」


 双子が見つめる先に視線を向けると、そこには酒を売っている店があった。

 フラーレタリアは冒険者や商人が多く、酒の需要が高い。ワイン蔵もある。

 ダランディの酒場で飲んだワインを思い出し、トールは双子に声をかける。


「寄っていくか?」

「いえ、今は必要ありません」

「ほしいのはお酒ではありませんので」


 酒屋で酒以外に何を買うのか疑問に思うトールを置いて、双子はさっさと歩きだす。

 不思議に思いつつ、いらないというならいいだろうとトールも歩き出した。


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