第2話 炭酸泉
「それじゃあ、休憩室で落ち合おう」
トールはそう言って、さっさと脱衣所に入っていった。
双子はトールを見送り、女性側の脱衣所入口を見る。
(慣れている様子でしたね)
(日本は清潔な国のようですから)
双子で思考を送りあう。
ここまでの道中もやけに綺麗好きな男だと思っていたが、旅の道連れが清潔であるのに越したことはない。
(ノック、した方が良いのでしょうか?)
(どうなのでしょう。トールさんは何もせずに入っていきましたけど)
(作法が分かりませんね)
女湯と書かれた脱衣所入り口の木製扉を前に双子が悩んでいると、宿の従業員が怪訝な顔をしながら横を抜けて扉を開け、入っていく。
(いらないようですね、ノック)
(やはり視界が通らないように壁がありますね)
(入りましょう)
意を決したように二人同時に頷いたユーフィとメーリィは息の合った動きで肩を引き、二人同時に入口をくぐった。
ユーフィが扉を閉め、メーリィは一足先に脱衣所に入る。
客はまばらだった。先ほどの従業員が掃き掃除をしている。
「ご入浴できますよ」
従業員が浴場を手で示して教えてくれる。
ユーフィが到着するのを待って、二人一緒に服を脱ぎ始めた。
上を脱ぐと、双子は向かい合う。小ぶりな胸から上、綺麗な鎖骨周辺の首回りを眺める。ダランディから出て二日、服で覆われた首回りに日焼けによる境界ができているかと思ったのだ。
(全然、陽に焼けませんね)
(ダランディを出てからというものずっと外にいましたが、体質でしょうか)
互いの体を姿見代わりにしつつ、さらに下も脱ぎ、湯浴み着を取り出した。
視線を感じて振り向くと、従業員と目が合う。
「し、失礼しました」
何が、と聞く前に従業員は掃除を再開する。
足元に埃でも掃いてしまったのかと、双子はそろって足元を見た。凹凸の少ない体だけあって足元を見るのに苦労はない。
(何も落ちていませんね)
(もしかすると、湯浴み着は下着を脱がないのではありませんか?)
(聞いてみましょうか)
(そうしましょう)
「あの、少しよろしいでしょうか?」
「は、はい!?」
上ずった声で返事をする従業員を不審に思いながら、双子は湯浴み着を広げる。
「これを着る際には下着を脱がないのでしょうか?」
「い、いえ、裸の上にそれを身に着けていただければ」
「そうですか」
(原因はこれでもないようですね)
二人で左右に小首をかしげる。
「先ほど、なぜ謝ったのでしょうか?」
「……綺麗な双子さんだなと、見惚れてしまいまして」
「そうでしたか。ありがとうございます」
二人揃って声をハモらせて礼を言い、さっさと湯浴み着に着替えた。
ひざ丈のワンピース風で少しごわついた生地ながら軽くて通気性もよい。腕を軽く振ってみると、それなりに伸縮性があるらしく動きを阻害しなかった。
(材質は麻のようですが、目が細かいですね)
(良い品を使っていますね。温泉にも期待)
早速、浴場へと入った二人は周囲を見回す。
直方体の浴場だ。石組みのお風呂が二つ、正面奥と向かって右側にある。
どうやら客は他にいないようだ。
貸し切りとは運がいい。まだ日が出ていることもあって客のほとんどが宿を出ているのかもしれない。
(ところで、トールさんは体を洗えと言っていましたが)
(湯浴み着を着ていては洗えませんね)
向き合って鏡写しのように腕を組む。その時、ユーフィがメーリィの後ろに木の看板を見つけた。
体を洗ってからお入りください、と書いてある。矢印の方向には火が入った石組みの竈と、そのうえにお湯が入った大きな桶があった。
(体を洗ってから湯浴み着を着るようですね)
(先走りましたか)
納得して、その場で湯浴み着を脱ぎつつ、滑る床に気を付けて体を洗いに行く。
ユーフィが桶からお湯を汲み、メーリィが別に用意されていた水で温度を調整するとタオルを浸して体を洗い始めた。
(タオルも質がいいですね)
(実家で使っていたものと遜色ありません)
(お金があれば予備に数枚ほしいところです)
(お金、ですね)
視線を飛ばしあった双子はため息をつく。
ユーフィはメーリィの背中を洗ってやりながら、先ほどトールからもらったカギと革の筒を脳裏に思い描く。それだけでメーリィにも意図が伝わったらしく、言葉が返ってきた。
(トールさんの抱えた不安は深刻ですね)
(目録を見た限りですが、投げ売りしても金貨五百枚はくだらない試算)
(ダンジョンで私たちに戦闘訓練を施そうというのもよくない傾向です)
(あれらは十中八九、トールさんが突然消えてしまった時に私たちが生きていけるようにするための保険)
(トールさんの不安を解消するには私たちが自立しているところを見せる必要がありますね)
(それに、トールさんの持ち物を増やしていかないといつまで経ってもふらふらと足元が定まらないでしょう)
交代してメーリィに背中を洗ってもらいつつ、ユーフィは悩む。
(自立にはとにかくお金が必要ですが)
現在、ユーフィとメーリィは所持金がほぼゼロだ。トールに養ってもらっている状態である。
(ダンジョンの戦闘訓練で実戦を経験し、魔物から素材を得て売却して資金作りが妥当な案でしょうか)
(得られる金額は大きくないでしょうね。元手としても心もとない)
揃ってお湯を頭からかぶって締めくくると、湯浴み着を着こんで浴槽に向かう。
その間にもユーフィとメーリィの脳裏では経済的な自立の方法が議論されていた。
浴槽の淵に立ち、かがんだ二人は指先で温度を確認する。
ぬるいくらいの温度だ。
(炭酸泉ですから、温度を上げ過ぎると炭酸が抜けますよね)
(ゆっくり浸かれるいい温度です)
音もなく温泉に足を入れる。気泡が吹き上がり、二人のきめ細かな白い肌の上をすべるように水面へと上がっていく。
炭酸泉らしい激しい気泡の発生を興味深く観察していた二人はそのまま体を温泉の中へと進めた。
「……ほぅ」
心地よさに気が抜けた吐息が二つ。
(これは良いものですね)
(各地の温泉巡りも楽しそうです)
(ですが、今はこれを楽しみましょう)
(湯上がりの炭酸ポーションは……あぁ、この手がありました)
(メーリィ、いまの考えは実行できますか?)
ユーフィに尋ねられ、メーリィは先ほどぼんやり浮かんだ発想に肉付けしていく。
(論理的には可能ですね)
(容器はこうしておきましょう)
ユーフィが具体的に容器の形状、材質、大きさ、仕組みに至るまでを脳裏に展開し、それをメーリィが受け取って論理的な解説文を張り付けていく。
思考共有をフル稼働させ、脳裏では化学、工学、必要資金の算出、材料の調達先など様々な情報が高度にやり取りされていたが――余所から見る二人は温泉の心地よさに表情をとろけさせていた。
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