第二章 十年目の転移者とダンジョン街

第1話 温泉町

 ゴトゴトと馬車に揺られていると、横を鉄の塊が抜き去った。


「魔機車ですね。金貨の輸送でしょうか?」


 メーリィが馬車を抜いていった鉄の塊を見送って言う。

 地球のワンボックスワゴンと同程度の大きさをした六輪の魔機車は馬車より安定した速度と走行距離を有するが、燃料として高純度の魔石を使用するため普段使いにはあまり向かない。高額商品の運搬や要人の護送などで利用されている。

 高位の冒険者を有するクランが所有している場合もあるが、なかなか見る機会が少ないものだ。


「方角からして行先は同じだな」

「フラーレタリアですか?」

「あぁ。俺たちと同じくその手前の温泉町に寄るだろうけど」


 快晴の空を仰いでトールはつぶやく。

 夜は魔物や魔機獣が活発化するため、可能なら町に入るべきだ。トールの実力であれば野営でも命の危険はないが、せっかく温泉が近場にあるのだから一泊していきたい。


「心なしか、冒険者さんの姿も増えてきましたね」


 ユーフィが馬車ですれ違う冒険者たちを見る。

 すれ違うのは十代後半から二十代の半ば程度の冒険者が多い。彼らは馬車にのるトール達を羨ましそうに見ていた。

 トールは森の香りを運ぶそよ風の穏やかさにあくびを誘われる。


「あいつらも目的地は一緒だ」

「冒険者の方って意外と綺麗好きですよね」

「獲物に臭いで察知されるのを防ぐためだな。これから行く温泉は天然炭酸泉で硫黄臭もない。それに、観光地化している影響もあって周辺の魔物や魔機獣はあらかた駆逐されているから、冒険者になり立てでも命の危険が少ないんだ」


 実入りも少ないが、と続けるトールは馬車を引く馬の頭越しに温泉地を囲む壁を見た。


「もっとも、すれ違っている冒険者のほとんどは炭酸ポーション目当てだろ」

「炭酸ポーション、ですか?」


 聞きなれない単語に双子はそろって首を傾げた。

 しかし、落ち物の書籍で地球の知識は豊富なこの二人、すぐにどんなものかを想像できたらしい。


「その名前からすると炭酸泉を溶媒に利用したポーションですよね?」

「発泡するおかげで魔力が馴染みやすいということでしょうか?」

「わざわざ買いに来るということは効果が高いと予想できますね」

「ですが、振動や衝撃で炭酸が抜ける炭酸ポーションなんて実用性がどれくらいあるのでしょう?」


 説明するまでもなく正体はおろか問題点までたどり着いてしまう二人にトールは感心した。

 魔力は空気に馴染みやすく、炭酸ポーションは気泡のおかげで回復効果に即効性があることが一部で知られている。


 命がけで戦う冒険者にとって即効性のある回復手段は非常に価値があるものだ。

 需要は計り知れない炭酸ポーションだが一般流通は限定的で、手に入るのは炭酸泉が湧く温泉地のみ。

 それというのも、せっかく炭酸ポーションを買っても移動中や戦闘時の激しい動きで攪拌されて炭酸が抜けてしまい、飲むときにはただのポーションにしかならないからである。

 実用性の問題でジョークグッズや単なるお土産としてしか販売されないのだ。


 もっとも、冒険者になりたての中には噂を中途半端に聞きつけて効果を試しに行く者が多々現れる。怪我が絶えない冒険者だからこそ、一度くらいは試して、運搬方法を考えて一獲千金を夢見るものなのだ。

 トールの場合、地球の炭酸飲料を再現してみようと炭酸水そのものを購入し、微発泡すぎて諦めた過去があったりする。


「冒険者が誰しも通る道だ。温泉に入れるから完全な無駄足にもならない」


 壁門を抜けて馬車を降りると、双子はさっそく炭酸ポーションを売っていそうな店を探して周囲をきょろきょろ見回した。

 何を期待しているのかと、トールは馬車の御者に運賃の支払いを済ませて二人に声をかける。


「お土産以上の価値はないぞ?」

「そうでもありません。それに、お土産や飲料としても売られていて、これだけの冒険者が買い求めに来るのでしたら、他の町より価格は安いのではありませんか?」

「さすがはメーリィ。商人の娘だけあっていい目の付け所をしているな」


 実際、この温泉町は他よりもポーションの価格が安い傾向にある。いわゆる宣伝用の商材であるため薄利多売が基本方針なのだ。

 炭酸ポーションの購入ついでに他の物も買っていく客を当て込んでいるともいえる。


「先に宿を探そう。炭酸ポーションならどこの宿でも湯上がりの飲料用に売ってるからな」

「どこのお宿にしますか?」

「私たちにはありませんよ、お金」

「俺が出すよ。フラーレタリアについたらユーフィとメーリィの戦闘訓練もする。今のうちに英気を養っておけ」

「お世話になります」

「お背中流します」

「風呂は男女別だ。ついでに部屋もな。俺はもう護衛じゃないんだから、四六時中一緒にいることもないだろう」


 双子の冗談を受け流し、トールは適当な宿に入る。

 木造二階建ての建物は程よく古めかしく重厚感のある造りだった。受付フロアは狭いが、従業員の品が良い。


「お部屋にご案内します。当宿では宿泊中、いつでも温泉を楽しめますのでごゆっくりしてください」


 通された部屋はT字型をしていた。入ってすぐにリビング、右側に寝室、左側にバルコニーがある。バルコニーからは中庭を見ることができた。


「お部屋はお隣同士となっております。食事はそれぞれのお部屋で召し上がりますか?」

「私たちはトールさんと一緒がいいです」

「今後のことも詳しく話したいですからね」

「では、この部屋に三人分運んでください」

「かしこまりました。メニューですが、お肉とお魚、どちらにいたしましょうか。どちらもフラーレタリアの迷宮産です」

「俺は魚の方でお願いします。二人はどうする?」

「私はお魚を」

「私はお肉を」

「どうせならどっちも味わいたいですからね」


 ちゃっかりしている。

 湯浴み着は棚に入っているものを勝手に使ってよいと告げて部屋を出ていく従業員を見送り、トールは荷物を下ろして中庭を見た。

 よく手入れされた庭園だ。これだけでも、景気がいいのがよくわかる。

 ユーフィとメーリィが椅子を持ってきた。


「トールさん、お茶にしましょう」

「温泉はその後です」

「早くも満喫してるな」


 慣れない馬車の旅で疲れているだろうに、二人ははしゃいだ様子で水出しのお茶を用意し始めている。宿の備品らしい。


「私たち、温泉って初めてです」

「トールさんの故郷の日本にはよく湧くと聞いていますけど、作法とかありますか?」

「湯を汚さないように体を洗ってから入るとか、泳がないとかだな。日本だと全裸で入る」

「貸し切りにできるほどたくさん湧いているんですね」

「いや、みんなで全裸で入る」

「……あ、はい」

「おい、その反応は何だよ。まぁ、仕方がないけどさ。言っておくが混浴じゃないぞ。男女別だ」


 顔を赤くして恥ずかしそうに横を見る二人に苦笑する。

 妙にいたたまれない空気が流れかけたのを察したトールは、ふと思い出して下ろしたばかりの荷物をあさる。

 取り出したのは一本のカギと革の筒に収めた数枚の紙だった。


「二人にこれを渡しておく。俺が集めた旧文明の資料と遺物、落ち物関連品の倉庫のカギだ。適当に売って処分するつもりだったが、二人なら有効活用できそうだしな」


 差し出されたカギと革の筒を見た二人は目を険しくする。

 しかし、双子の間で何らかの思考が交わされたのか、視線を和らげてトールからカギと革の筒を受け取った。


「ありがたく頂戴します」

「あぁ、ただし倉庫の中身を取りに行くのはフラーレタリアで訓練してからだ。二人にはエンチャントができるようになってもらいたい」

「分かりました。ご褒美の前借りだと思っておきます」


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