第5話 材料調達

「金貨二枚ですか……」


 ダンジョンで狩った魔物の素材の換金を済ませて、ユーフィとメーリィが額を突き合わせている。


「トールさん、やはりすごいですね」

「狩りの効率が高すぎます」

「魔物だったからこんなもんだろう。一部が金属になっている魔機獣なら三倍は効率よく狩れるんだけどな」


 トールの狩りの仕方はエンチャントで発生させた赤い雷を周囲にばらまき、反応して突っ込んできた魔物を鎖戦輪で一網打尽にする。

 一対多数を捌ききれるトールだからこそ躊躇なく実行できるもので、並みのBランク冒険者では自殺行為の狩り方だ。


「それで、その元手で何をするんだ?」

「このお金はトールさんが稼いだものです」

「なら投資ってことで。そのうち倍にして返してくれ」

「あっさり言いますね」


 金への執着がないトールに苦笑して、ユーフィがトールの手を取った。


「まずは実験です。ガラス工房とワイン蔵にいきましょう」

「ガラス工房? 実験器具でも頼むのか?」

「それもあります」


 目当ては別にありそうな言い方に興味を惹かれるトールだが、ひとまず予想しながら楽しむことにした。


 ユーフィとメーリィに腕を引かれて到着したガラス工房ではポーション容器の製造がおこなわれていた。試験管のような円筒形のガラス管がずらりと並んでいる。


「ごめんください。ガラス容器の小規模な発注と相談をお願いしたいのですが、面会予約だけでもできませんか?」


 メーリィが休憩中らしき職人に声をかける。

 職人は双子を見て目を丸くし、工房の奥に声をかけた。


「親方! とんでもない美人双子が仕事を頼みたいって!」

「なんだと!? もう一度言ってみろ!」

「超絶可愛い美人双子だ!」

「いま行く!」


 なんだ、このノリ、とあきれるトールは工房を見回す。

 男所帯らしい。ほぼ男子校のノリだ。

 ほどなくして如何にも職人らしい厳めしい顔の中年男が出てきた。双子を見るととたんにニヘラっと表情筋が緩む。


「本日はどのようなご用件で?」

「内圧に耐えられる厚いガラス容器を特注したいのと、ガラスの融点を下げる目的で使用する海藻灰を少量分けてほしいと思い、まいりました」

「ほぉ」


 親方が感心したように呟き、仕事人の顔で双子を見比べた後、トールに視線を移した。


「そちらの男性は冒険者ですね。護衛ですかな?」

「はい。依頼人はあくまでも私たちです」

「これは失礼しました。ガラスに関して幾ばくかの知識もあるご様子。女性の少ない業界ですからちょっと珍しく思いましてね。ほら、こんな格好でしょう?」


 冗談めかして親方が作業用エプロンをつまむ。高温のガラスを扱うため汗が染みた服を強調しても、双子が顔色一つ変えないことに笑みを浮かべて、親方は奥を指さした。


「詳しい話を聞きましょう――」



 ガラス工房での商談と発注を終えて、ユーフィとメーリィは海藻灰の入った手のひら大の木箱を持ってワイン蔵に向かう。

 当然一緒についていくトールは双子が発注したガラス容器の形状を思い出す。

 ヒョウタン型のガラス容器だ。ガラス工房の親方も何に使うのか分からない様子だったが、双子の注文は具体的で、ユーフィが詳細な図まで描いて発注していた。

 海藻灰でガラスの融点を下げるという話からしてトールは初耳で、何が何やらさっぱりわからない。

 ワイン蔵に入った双子はさっそく店員に声をかける。


「醸造樽の清掃時に出る酒石を譲ってもらいたいのですが」

「あの澱を? 飴でも作るんですか?」


 店員が不思議そうに双子を見て、悩んだあと店の奥に引っ込んだ。

 しばらくして、醸造の責任者だという男がやってくる。


「酒石がほしいってのは君らか。言っておくが、あれは酸っぱいだけで甘くはないぞ?」

「飴細工を作るつもりはありません。おいくらで譲ってくれますか?」

「引き取ってくれるならただでも構わんよ。どうせ捨てるだけだ。家畜飼料にするってところもあるらしいが、フラーレタリアはダンジョンの魔物で肉類を得ているもんだから、本当に使い道がなくてな」


 どうやらゴミだとしか思っていないらしい。

 メーリィが銀貨を二枚差し出した。


「酒石を抱えているのでしたら、処分するのは少々お待ちください。もしかすると、面白いことができるかもしれません。今回は少量譲っていただいて、数日後に結果をお教えします。その際に試供品も持ってきますので」

「なにをするのか知らんが、構わんよ。どれくらいほしいんだい?」

「とりあえずはその銀貨一枚と天秤で釣り合いが取れる位の重量でお願いします」

「分かった。ちょっと待ってな。ところで、そこの兄さん」


 双子の相談を請け負った男がトールに声をかける。

 棚に並んだワインボトルのラベルを真剣な顔で見比べていたトールが顔を向けると、男は面白がるように近づいてくる。


「どっかでうちのワインを飲んだか?」

「バレたか。香りが良くて、すっきりキレがあって、気に入ったんだ。ただ、どれを飲んだのか分からない」

「どこで飲んだ?」

「ダランディの酒場で」

「じゃあ、これだろう。そっちの美人双子も飲むのかい?」

「飲みます」

「トールさん、お付き合いしますよ」

「ははっ、だってよ、兄さん。うらやましいね。酒石を引き取ってもらうのに銀貨を二枚も貰ってるんだ。一本良いのをおまけしよう。お得意さんになるかもしれんから」


 男は楽しそうに笑って酒石を取りに行った。

 ユーフィとメーリィがトールの左右に立つ。


「お酒、お好きなんですか?」

「嫌いじゃないな。ただ、ダランディで飲んだ時は地球への帰還を諦めた記念日ってこともあって、ちょっと思うところがあってさ」

「……そうでしたか。ではなおさら、一緒に飲まないといけませんね」

「いや、無理やり付き合わなくても――分かったよ」


 逃がすつもりはないとばかりに左右から腕を組まれて、トールは根負けする。

 こんな情けない感傷でも共有してくれれば楽になるのかもしれないと思った。


「それより、そろそろ教えてくれないか。二人はどんな商売を始める気だ?」


 特殊なガラス容器、海藻灰、酒石、どれもトールにはよくわからないものだった。

 しかし、そんなよくわからないものでユーフィとメーリィが作ろうとしているものはとてもなじみ深いものだ。

 ユーフィとメーリィはトールを見上げて微笑む。


「――炭酸飲料を作ります」

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