第17話 投資のお誘い
「――よく寝たぁ」
宿の一室で目を覚ましたトールは窓を見る。すっかり暗くなった空に星がいくつか瞬いていた。
ウェンズたち『魔百足』を蹴散らして衛兵に引き渡し、双子をギルド支部長に引き合わせ、衛兵からの事情聴取に付き合って宿に帰ってきたのが昼頃。その後、半日近く眠っていた計算になる。
上半身を起こすと同時に腹が鳴る。
事情聴取の際に衛兵の厚意で軽食をつまめたが、朝からまともな食事をとっていない。
空腹を訴える腹を撫でながら、トールはベッドを出た。
「……で、なんで居んの、お前ら?」
なぜか部屋にいる双子に問いかける。
双子はボードゲームに興じていた。一人遊びなのか二人遊びなのか分からないが、双方ともに真剣な顔だ。盤面を覗いてみれば、昨日のトールとユーフィの勝負を再現研究している。
双子が揃ってトールを振り返る。
「食べに行きますか、夕食?」
「寝顔、ごちそうさまでした」
「お粗末様でしたっと。質問に答えろよ」
髪に櫛を通しながら再度聞くと、双子が説明してくれた。
「事後処理が済んで沙汰も下りました。その報告」
「早いな」
「手早く処理しないとウバズ商会が焼き討ちに遭いかねないと、手続きをいくつか飛ばしたようですね」
ちょうど、徴税官が動き始める時期で税に対する意識が高くなっていたところに密輸騒ぎ。それも金貨が不足して人々の生活にも影響が出始めていただけあって、各所から恨みを買っているらしい。
冒険者クラン『魔百足』が密輸の実働部隊を担っていたため支部長も町議会に呼び出されて事件の概要説明などをしており、双子のそばにいてやれない。
だったら、トールのもとに送り込んでしまえば安全が確保できると支部長は考えて、寝込みに侵入させたらしい。
「冒険者が良く利用する宿なので、頼んだらすぐに開けてくれました」
「今度から部屋の施錠は宿の設備に頼らない方がいいですね」
「肝に銘じておくよ」
身支度を整えたトールは、どうせならと双子に声をかける。
「新鮮野菜が食べられる店を紹介してくれ。温かいポタージュもあると嬉しい」
「冒険者ってお肉ばかりを食べているイメージでしたけど」
「体が資本だからな。栄養バランスを考えるんだよ。あんまり詳しくないけど」
「栄養学ですか。ノータッチですね」
双子と共に宿を出る。昨日の朝、金貨との両替を頼んできた宿の主が複雑そうな顔で双子を見ていた。
道中も、すれ違うダランディの住人が複雑そうな目を向ける。手を繋いで歩く双子は周りの目をあまり気にしていない様子だった。
「ハッランやウェンズなど、密輸にかかわった者たちは逮捕されました。ハッランは地下の水道を使った逃走経路を事前に準備していたようです。あの場で捕らえたトールさんの活躍は大きいですね」
「トールさん、赤雷だったんですね。私たちでも知っている冒険者です。何故、言ってくれなかったんですか?」
「二つ名は勝手につけられるんだ。自分で名乗るのは恥ずかしいんだよ」
そうでなくとも、戦闘スタイルを如実に表す二つ名だけに対策を取られかねないため、トールはあまり自分から名乗ることはしない。
「ウバズ商会はどうなる?」
「賠償金を課せられました。金貨にして二千七百枚。懲罰というよりは見せしめに近いものですね」
「……払えるのか、それ?」
「当然、払いきれるものではありません。経営状態が悪化していましたから」
「ひとまず、私たちの手持ちの資産や落ち物に関する本などをウバズ商会に低額購入させた後、ウバズ商会名義で競売にかけて払いきる予定」
「あぁ、あの本棚の奴か」
希少なため高値で取引されるうえ、しかるべきところに持っていけば金貨千枚は軽く超えるだろう。
引き換えに、双子は一切の資産を失う。
「私たちはウッドメタルを用いた密輸手口の情報提供や密輸そのものにかかわっていない軟禁状態であったことを考慮され、罪には問われませんでした」
「それでも、ウバズ商会は潰すしかありませんね。もはや信用も従業員も資金もないですから、再出発は望めません」
信用を失ったのはウバズ商会だけではない。
トールはすれ違う人々の視線を無視して、ため息をつく。
目の前の双子は資産だけでなく、信用も働き口もないのだ。
しかし、双子に悲壮感は見られなかった。
「ハッランの動機ですが、裏金の密輸で蓄えた元手を使い、どこかの都市で自分の子飼いだけを雇った商会を始めるつもりだったようです」
「自分に従う従業員だけではウバズ商会を維持できないとハッランも考えていたようですね」
「ウバズ商会の規模を縮小すればいいだけだろうに、プライドが許さなかったんだろうな」
もう会うこともないだろうハッランの顔を思い出す。いつも怒っているようだったが、脱出経路を準備するくらいだ。計画性だけはあったのだろう。
惜しむらくは、人の上に立つ器がなかったことだ。
「このお店です」
ちょうど事件に関しての話が終わるタイミングで、双子が足を止める。
知らなければ民家にしか見えないが、メニューが書かれた黒板が入り口横に出ていた。植木に半ば以上隠れていて、なかなか気付けそうもない。
入ってみると、意外にも広々としていた。青々とした観葉植物が店の奥に置かれている。客はあまり入っていないようで、席は八割以上が空いていた。
双子を見た店主が気を使って、奥のテーブルを使うよう促す。仕切り板があるため、奥のテーブルであれば人目を気にすることもないだろう。
テーブルについていくつかの注文を済ませたトールは、対面に並んで座る双子を見る。
「二人はこれからどうするんだ?」
「養子にならないか、と誘われています」
「支部長に?」
「はい。両親の古い友人ですから、面倒を見ると。冒険者として現役時代に私たちの両親から何度も金銭的な援助をしてもらったから恩返しをしたいのだとか」
ダランディ支部長は何かと双子を気にかけていた。そういう事情があったのかとトールは納得する。
前ウバズ商会長夫妻はやはり人格者だったらしい。
「でも、二人は乗り気じゃないみたいだな?」
トールが指摘すると、双子は驚いたような顔をする。
「よくわかりましたね?」
「養子になってこの町に残るつもりなら、二人の態度は支部長の評判にもかかわる。その気ならもうちょっと愛想よく振舞うだろう」
宿からこの店までの道中、ユーフィもメーリィもすべての人間を無視していた。
ウバズ商会がなくなるとはいえ、取引先への顔出しと事情説明などをしておけば、多少の不便はあっても町で暮らしていくことができるはずだ。
密輸事件の解決に双子が協力したことが発表されれば、陰口は叩かれても大っぴらな批判もされにくい。
「それとも、これから俺を護衛にしてあいさつ回りにでも行くか?」
「いいえ、それには及びません。トールさんの言う通り、私たちは養子にはなりません」
「トールさんに提案したいことがあります」
ユーフィとメーリィは姿勢を正してトールに切り出す。
「私たちに投資しませんか?」
「投資?」
意外な単語に思わず聞き返す。
ユーフィとメーリィが同時に頷く。
「心機一転してこの世界で死ぬことを前提にすると決めた、トールさんはそう言いながらいまだに不安は消えていませんよね」
「ならば、その不安を理解している私たちとこの世界に居場所を作りましょう」
「私たちの知識はきっとあなたの役に立ちます。足手まといにはなりません」
「あなたが突然地球に帰ることになっても、自分からついていくと決めたので、置いて行かれることに不満は言いません」
投資というだけあって条件を並べる双子を、トールは片手で押しとどめる。
「そうきたか」
腕を組んで唸る。
年頃の見目麗しい少女二人だ。護身術を学んでいるとはいえ、町の外に出ればどうなるかわからない。
町を出ていくには護衛が必須だが、いまの二人に雇う金はない。
だが、二人の知識量を知っていて、二人を守れる能力があるトールが相手ならば自分たちを売り込むことは可能だと考えたらしい。
実際、提示された条件は悪くない。
この世界で生きて死ぬ、そう覚悟を決めてもいまだに不安がぬぐえない半端なトールにとって、二人との関係を継続するのはよいリハビリになるだろう。
トールはしばし考えた後、注文していた飲み物が来たところで決断した。
「これから、よろしく頼む」
「はい、よろしくお願いしますね」
グラスを掲げると、ユーフィとメーリィも応じて乾杯する。
「ところでトールさん、私はユーフィだと思いますか?」
「それとも、私がユーフィだと思いますか?」
「……ひとまず、二人の見分けがつくように頑張るとするよ」
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