第16話  序列持ち

 ギルドのランク制度は依頼の割り振りを最適化するためのものであり、必ずしも冒険者の能力を表してはいない。

 Cランク昇格条件である魔機獣の討伐ができなくても捕捉が難しい特殊な魔物や魔機獣を追跡する能力を持つ冒険者などが低ランクに埋もれてしまう事態を改善するために設けられた評価制度が冒険者ギルド序列だ。

 ソロ、パーティを問わずギルドへの貢献度や戦闘能力、索敵、追跡、斥候などの基準から総合的な能力を評価された五十までの番付である。

 中でも、序列十七位赤雷はBランク冒険者で最高の順位であり、ソロでありながら純粋な戦闘能力のみでこの順位にいる。

 ウェンズは冷たい汗が背中を流れるのを感じていた。

 鎖戦輪が宙を舞う。トールが最小限の腕の動きで操る鎖戦輪は赤い雷を散らしながら龍のようにうごめいていた。

 『魔百足』の部下を蹴散らした鎖戦輪の速度は身体強化なしに反応できるものではなかった。ウェンズたちBランクパーティは目で追えていたが、ウェンズの得物である大剣はどうしても振りが遅く、防御するのも一苦労だろう。

 そもそも、とウェンズは仲間と目配せしあう。

 トールの間合いが広すぎて、誰も攻撃に移れない。


「……突撃陣形でいく」


 ウェンズが仲間に指示を出すと、小盾持ち二人がウェンズの斜め後ろに下がり、左右の防御に務め、槍持ち二人がウェンズを盾に正面へと槍を構えた。ウェンズ自身は大剣で身を隠して前面の防御を担う。

 トールを倒す必要はない。目標はあくまでも双子の身柄なのだから。

 ウェンズが走り出したのに合わせて、五人全員が動き出す。腐ってもBランクのパーティーだけあって息の合った走り出しだ。

 距離はあるが、全力で駆け抜けられる。身体強化も施したウェンズたちの速度は短時間であれば馬と並走できるほど。


「――うらぁああ!」


 全体を鼓舞するためにウェンズが雄叫びを上げる。

 ウェンズの後ろに控えていた二人が槍を全力でトールに投げつけ、サブウェポンであるダガーを鞘から抜き放つ。

 彼我の距離は半分まで縮まっている。投げられた槍に対処する時間も含めれば、間合いに入れる。

 ――そう、思っていた。

 トールが無造作に腕を振る。

 雷鳴が轟いた。

 赤雷が舞い散った。

 投げられた槍が鎖戦輪に弾き飛ばされた。

 そこまでを認識した時、ウェンズの体は宙を舞っていた。


「……は?」


 何が起きたのかわからず、思わず疑問の声が漏れる。

 背中から地面に落ちたウェンズは反射的に受け身を取り、大剣を正面に構えて状況を把握するべく素早く視線を巡らせる。

 槍持ち二人が地面に倒れていた。四肢に深い裂傷がある。立ち上がることもできずにうめいていた。

 小盾持ちの二人が粉砕された小盾を見て唖然としていた。

 鎖戦輪が鞭のように音速で振り回され、ウェンズたちを蹴散らしたらしい。

 鎖戦輪がまるで見えなかったことに、ウェンズは戦慄する。

 間合いに入り込めないばかりか、攻撃を目視できない。

 これでは、勝てるはずがない……。

 我に返った小盾持ち二人が合流し、小剣を構える。

 トールが腕を引くと、小盾持ち二人が同時に背中を斬られて地面に膝を突く。

 鎖戦輪が鞭のように背中側へと回り込んで斬り裂いたのだ。

 ウェンズは気付く。

 トールは戦闘開始地点から一歩も動いていないことに。

 ウェンズは深呼吸を一つすると、大剣を肩に担いで姿勢を低くする。


「……あぁ、畜生、格上とガチるのはいつぶりだ?」


 久しく忘れていた感覚に苦笑しながら、ウェンズはトールに狙いを定める。

 四年前、ダンジョンで見つけた不思議な金属。お湯で融けてしまうその金属を使って魔機の素材を密輸したのが始まりだった。

 冒険者稼業は命がけだ。しかし、武装に旅装に宿泊費と何かと金がかかる。低ランクで粗末な装備をようやく揃えて出かけた先、強力な魔物や魔機獣に出くわして死亡する者が後を絶たない。

 Bランクまでたどり着いた自分たちが少しくらい良い目を見てもいいじゃないかと、そんな出来心から始まった密輸だった。

 四肢の欠損により魔機手や魔機足を付けることになった低ランクの冒険者を揃えてクランを結成したのは、密輸をしやすくするためだった。だが、同情心と共感があったのも否定できない。

 自分たちが五体満足でいられているのは運が良かっただけなのだからと。

 格上と出くわしたらとにかく逃げる。それが冒険者として長く生きるコツであり、ウェンズたちが五体満足でいられた理由のはずだ。

 密輸に手を染め、もう命をかけて戦う必要もなくなったはずの今になって、格上を相手に引くこともできなくなるとは何の因果か。


「自業自得か」


 苦笑と共に覚悟を決めて、ウェンズは走り出す。

 愛用の大剣に魔力をまとわせ、大剣を起点に魔法を発動する。

 大剣が突風をまとった。肩に担いだ大剣が風の奔流を作り出し、ウェンズがさらに加速する。

 トールが腕を振った瞬間、ウェンズは大剣を勢いよく振り下ろす。

 周囲に暴風が吹き荒れ、風にあおられた鎖戦輪が減速、ウェンズが目で追える速度になった。


「っしゃおらあ!」


 恵まれた体格と暴風を頼りに、振り下ろしたばかりの大剣を跳ね上げて鎖戦輪を迎撃する。

 弾き飛ばされた鎖戦輪が空に打ち上がる。

 勝てるとは思わない。だが、一矢報いたい。腐っても冒険者なのだ。

 鎖戦輪が引き戻されて次の攻撃につながる前に、大剣の間合いにトールを捉えて一撃を入れる。

 そう目論んでいたウェンズは金属がこすれあう不快な音を聞き、反射的に大剣を見た。

 大剣に鎖戦輪が絡みついている。

 トールとの体格差を考えれば、引き合いになっても腕力で負けるとは思わない。それでも、Bランクまで到達したウェンズの戦闘勘が警鐘を鳴らす。

 ――大剣を奪われると。

 大剣の柄を持つ両手にありったけの力を込めた次の瞬間、ウェンズは釣り上げられた魚のように空を飛んでいた。

 トールを見る。

 腕を動かしていない。

 だが、鎖戦輪はそれ自体が意志を持っているかのように、縦横無尽に宙を舞う。


「……磁力か!?」


 鎖戦輪に施されたエンチャントが磁力を発生させ、鎖と戦輪、それぞれの磁場を操って反発力と吸引力を調整、腕を動かすことなく鎖戦輪を複雑に操っている。腕を振る前動作はブラフだ。

 からくりを見抜いても、すでに勝負は決していた。

 鎖戦輪が地面に振り下ろされる。捕らわれた大剣が引き寄せられ、地面へと突き進む。

 ウェンズは苦渋の決断を下し、大剣を手放した。

 地面に足を付けたウェンズはトールに向かって駆ける。徒手空拳となっても、諦めない。

 トールが笑みを浮かべた。


「なんだ、冒険者らしいことできるんだな。もう遅いけど」


 トールの言葉に、まったくだ、とウェンズは内心で同意する。

 直後、横から飛んできた、鎖戦輪でがんじがらめになった大剣という鈍器の直撃を受け、ウェンズは意識を刈り取られて吹っ飛んだ。



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