第5話  双子の特性

 双子の護衛を始めて半日、トールは双子の見分けがまたもやつかなくなっていた。

 特に問題が起きるわけでもなく、トールは双子の見分け方を探すべく二人を観察する。

 さっぱりわからない。

 魔機の時計が昼時を知らせると階下が騒がしくなった。


「従業員がお昼休憩を取りはじめたようですね」

「この建物、食堂まであるのか」

「えぇ、両親が死ぬまで、ほとんどの従業員は食堂で食べていました。今は外で食べる者が大半」


 双子の言葉通り、喧噪の中心は階下から外へと出て、商館の裏手の通りに移って各方向へ散らばっていく。

 窓から下を覗いて従業員が散らばっていくのを見ていたトールは双子を振り返る。


「二人は何か食べないのか?」

「いまはいりません」

「そうか」


 双子の片割れはダブルベッドの上でパラパラと書籍をめくっている。もう片方は机の上に広げた紙に何やら絵や文字を描いていた。

 どうやらこの双子、日本語、英語、ドイツ語がある程度理解できているらしい。

 他にもトールが知らない、こことは別の異世界の書籍まで読めるというから驚きだ。


「落ち物の研究者がこちらの言語に翻訳して単語辞書を作っています。あまり記載されている単語は多くないですけど」

「トールさんがいれば、読み進めやすいです。意外な掘り出し物ですね。護衛の仕事が終わっても継続雇用したいくらい」

「物好きってのはどこの世界にもいるもんだな」


 地球にいたころは勉強があまり好きではなかったトールは双子に感心しつつも得体が知れないものを見るような目を向ける。

 護衛対象に向けるべき視線ではなかったが、双子は慣れっこな様子でページをめくり、時々トールに読み方を質問してはフリガナを振っていく。

 トールは何となく、地球にいたころの学校の図書室を思い出していた。

 もっとも、学校の図書室とは違って双子はお世辞にも行儀がいいとは言えなかった。片方はダブルベッドにごろりと横になって書物をめくり、もう片方が椅子の上で片膝を立てて座って紙にペンを走らせている。立てた片膝の上に器用に辞書を広げていた。

 もはや双子のどっちがユーフィでどっちがメーリィなのかわからなくなっていたトールは、椅子に座っている方に声をかけられた。


「読めますか、この文字?」


 落書きと思しき妙に緻密な鳥の絵の横に書かれた文字を見て、トールは答える。


「こうぎょく、ルビーかリンゴかは前後の文脈によるな」

「リンゴ?」

「リンゴの品種に紅玉ってのがあるんだ」

「そうですか」


 不思議そうな顔をして、双子の片割れは紅玉の上にルビーとフリガナを振る。

 そこでふと、トールは違和感を覚えて紙に書かれたすべての文字を眺める。

 鉱石や宝石の名前ばかりだと気づいて、ベッドの上ではしたなく寝転がっている双子の片割れが読んでいる本に目を向けた。

 ベッドの上の双子の片割れは、視界の外にいるはずのトールにむけて本の表紙を掲げる。

 表紙には美しい鉱物がわかる本と書かれていた。

 本から視線を外した双子の片割れがトールを見てにこりと微笑みかける。


「気付いたみたいですね」

「いや、違和感はあるけど何も気づいてねぇよ」

「案外察しが悪いですね」

「馬鹿なんだよ。悪いか」

「愚かであることは悪くないです。愚かでいることが悪いんです」


 辛辣な言葉を投げられてむっとしたトールはあまり自信がない予想を口にする。


「双子で視界を共有しているのか?」


 読めない文字をあらかじめ本から抜き出しているのなら、トールに対して小出しで質問するのは非効率で、片方が該当の本を読んでいるのもおかしい。

 そう思っての予想だったが、もう一つの可能性もトールは考えていた。


「あるいは、思考を共有している」

「すごい。トールさん、決して愚かではないですね」

「ちなみに、なぜ思考を共有していると思いましたか?」

「この半日、お前らの間で言葉が一切交わされていない」


 双子が揃って、笑みを浮かべた。


「大正解」

「私たちは生まれつき、思考を」

「共有しています。幼い頃は自我があいまいで体が二つあるような」

「感覚でした。いまは思考の住みわけができていますし、それぞれに」

「自我もありますけどね」


 双子は互いの台詞を引き継ぐようになめらかに話していく。

 つまるところ、ベッドで寝転んでいた方が本を読みつつ、読めなかった単語を椅子に座っている方が紙に書き起こしてトールに尋ねていた、というのが真相らしい。

 体がもう一つあったら、という子供じみた夢を現実にした存在。それが目の前の双子なのだ。

 この双子の特性は非常に高い利用価値があることに、トールはすぐに気付く。


「その思考共有は互いがどれくらい離れたら機能しなくなる?」

「町の端から端まででも共有していましたよ。それ以上は検証不足」

「つまり、双子を通せば離れた場所での連絡が可能になる?」


 双子ができのいい生徒を見るような目でトールを見つめてくすくす笑う。


「ふふっ、情報の速度と確度は商売人が最も気にするところですよ」

「ハッランが何でお前ら双子を追い出したり殺さないのか分かったよ」


 ウバズ商会を乗っ取ることが目的なら、別に双子と婚姻する必要はない。双子を追放、または暗殺するという方法もあったのだ。

 ハッランがただの小心者という可能性もあったが、一階の閑散とした生活スペースを考えれば、必要とあらば躊躇はしないだろう。

 双子もそう思ったからこそ、トールを護衛に雇っている。


「理由は他にもありますけどね」

「ハッランは愚かでいますから」


 双子が冷たい目で階下を見る。

 しかし、すぐに切り替えて両手を合わせて、トールに楽しそうな目を向けた。


「落ち物のトールさん、変わりもの同士仲良くしましょう?」

「仕事上の関係だ。仲良くする必要はない」

「いいじゃないですか。私たちはあなたに興味があります。手始めに、学校ってどんなところでしたか?」

「日本出身?」

「自動車の乗り心地は?」

「テレビゲームというものについて詳しく」

「インターネットってなんですか?」

「日本食の要、出汁とは?」

「カップラーメンを食べたことはありますか?」


 自分たちの秘密を明かしたのだからそちらも明かせとばかりに、双子が次々質問してくる。

 護衛として二人から逃げられないトールはため息をついて、降参だと両手を挙げた。


「質問は一つずつ頼む。こっちは頭も口も一つしかないんだ」

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