第6話 妙な男ですってよ、奥さん
双子からの質問は日が暮れても途切れなかった。
何しろ口が二つあるのだ。質問のし過ぎで喉が渇いても、片方が水を飲む間にもう片方が口を開く。
いい加減に疲れてきたな、とトールがため息をついた時、思わぬ方向から助け舟がやってきた。
部屋の扉が力任せにどんどんと叩かれ、聞き覚えのある声が外からかけられたのだ。
「ユーフィ、メーリィ、妙な男を連れ込んでいると聞いたぞ。ここを開けろ!」
ウバズ商会の実質的な商会長、ハッランの声だ。
トールは双子を見て、自分を指さす。連れ込まれた妙な男は自分だろうか、という無言の問いかけに、双子は同時にトールを指さして頷いた。
「どうするんだ?」
「放っておいていいです。押し入ろうとするなら殴り飛ばして」
「了解」
「――おい、聞いているのか!?」
扉の向こうのハッランがヒートアップしている。
どんどんと叩かれる扉の規則的なリズムに合わせてトールが鼻歌を歌っていると、双子が面白がって弦楽器と木管楽器を部屋の物置から引っ張り出してきた。
部屋の中で演奏を始めると、ハッランも自分のノック音で拍子をとっていることが分かったのだろう、悔しそうに力強く扉を蹴り飛ばす。
「……馬鹿にしやがって!」
「旦那、止めときな。もう夜だ。近所に知られる」
ハッランを旦那と呼び、止める声が聞こえてきて、トールは扉の外の声に耳を澄ませる。
説得に成功したのか、ハッランたちが扉を離れていった。
「今、ハッランを止めたのは『魔百足』の偉い奴か?」
トールが双子に尋ねると、『韃靼人の踊り』を演奏し始めていた双子は同時に頷いた。
弦楽器をつま弾く方が口を開く。
「『魔百足』のクラン長、Bランク冒険者ウェンズですね」
「魔機手や魔機足を付けていなかったようだが?」
「……姿を見ていないのに分かるんですか?」
不思議そうな顔で双子がトールを見つめる。
トールは自分の耳を指さした。
「足音でわかるだろ。魔機足なら硬質な音がするし、魔機手ならつけている方に重心が偏る」
「凄いですね。私たちにはさっぱりわかりません」
トールはさらっと嘘をついていたが、気付かずに感心した双子は演奏を続けながら疑問に答える。
「『魔百足』はほとんど全員が魔機手や魔機足を付けている二十人規模のクラン」
「ですが、幹部であるBランク冒険者パーティ、ウェンズと他四名は五体満足です」
「クランの結成は私たちの両親が亡くなって、ウバズ商会をハッランが取り仕切るようになる数か月前」
「クラン加入の条件は肘、または膝から先を失っている冒険者であることです」
「ウェンズたちは『四肢を失っても戦う以外に生き方が分からない者たちの居場所を作る』と結成理由を説明しています」
立派な結成理由である。
冒険者は怪我が絶えない仕事だ。町の外で戦うこともあり、町にたどり着くころには切断以外の選択肢がないという場合もままある。
だが、双子が『魔百足』を語る表情には尊敬の念など欠片も存在していなかった。
トールも同じ気分だ。
結成理由が本当なら、粗雑な魔機手を装着させているわけがないのだから。
「今朝、俺にケンカを吹っかけてきた『魔百足』の冒険者は粗悪品の魔機手をつけていた」
トールの報告は既知の情報であったらしく、双子は特に驚いた様子も見せない。
「『魔百足』の下位構成員が付けているのは粗雑な魔機手や魔機足」
「普段使いは壊れてもいい安物を利用しているとの肯定的な見方もありましたけど、町の外でも粗悪品を装着しています」
双子も『魔百足』の粗悪品には気づいていたらしい。
今日一日護衛として張り付いているが、この二人は部屋からほぼ出ていない。『魔百足』について以前から調べていたのだろう。
今日一日のやり取りでこの双子がただのお嬢様ではないことはわかっている。恵まれた環境もあるだろうが、それ以上に頭が切れる。様々な知識を蓄え、論理的に思考し、必要な情報を調べ上げ、目的を達成する道筋を考えて動いている。
この二人は明確な意思と目的をもって、ハッランの手から逃げるのではなく立ち向かう術を揃えている。
その術の一つが、トールという護衛なのだろう。
ここから先は荒事が避けられないとこの二人が判断したのなら、事態はトールが推測しているものよりもはるかに大きなものかもしれない。
警戒と好奇心がトールの思考を加速させていく。
目の前の双子は世界を股にかける幅広い教養を見せつけるように、演奏を続けている。
日が落ちて暗くなった部屋。窓から差し込む月の淡い光の中で金の髪を輝かせて音を紡ぐ双子は一枚の絵画のようだった。
トールは双子を眺めつつ、演奏が終わるタイミングで声をかける。
「……なぁ、ちょっと聞きたいんだが、お前たち双子がこの商会から逃げないのはハッランと『魔百足』を調べてるからか?」
双子はうっすらと笑みを浮かべると、質問に答えず立ち上がった。
「トールさん、夜の散歩に行きましょう」
揃って両手を差し伸べる双子の笑みはどこか悪戯好きな妖精のようだ。
「多分、部屋を出たとたんハッランたちがお出迎えだぞ」
演奏が止んだのはハッランたちも気付いただろう。トールなら、確実に待ち伏せする。双子は昼食を抜き、いまだ夕食も取っていないのだから、食堂に降りてくる可能性が高いとハッランも考えるだろう。
だが、双子は悪戯の仕掛けを語るように意地悪な顔で部屋の窓を振り返った。
「Bランクの冒険者なら、二階から飛び降りるくらい造作もないですよね?」
「二人を抱えてもできるぞ」
「では、そうしましょう。いまごろ、Bランク冒険者の護衛を警戒して食堂に『魔百足』が集まっているはず」
この双子、わざと食事を抜いてハッランたちの注意を食堂に向けたらしい。
やはり、かわいげがない。
双子は窓をそっと開けて愉快そうに目を細め、互いの両手を合わせてあざとく可愛いポーズでトールを振り返る。
「私たち、デートって初めて」
「素敵なエスコートをお願いします」
「そういったサービスはやってねぇんだ」
トールは苦笑しつつ、身体強化して双子を両手に抱え、窓から飛び出した。
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