第4話 転移者の悩み
見れば見るほどそっくりな双子だった。
一卵性双生児らしく顔は一緒。服装や髪形も変わらない。それどころか、この双子は仕草まで完璧に同じだった。
なお、弓を構えていた方が姉のユーフィ、扉を開けたのが妹のメーリィとのことだったが、トールはすでに見分けがついていない。
「――で、あなたは強いの?」
二つの口から全く同じ響きとイントネーションで発せられた疑問の声。ステレオ放送か、と突っ込みを入れたくなるほど何もかもが同じだった。
「いまからお前たち双子を連れて『魔百足』を壊滅させろと言われれば実行に移せるくらいには」
「……トールさんはBランクの冒険者ですよね? 『魔百足』は下っ端はともかくBランクのパーティが中心になったクランですよ?」
ユーフィとメーリィが疑いの目を向ける。
「冒険者ギルドにおけるランク制度には昇格条件が設定されているんだ。Bランクの昇格条件は武装に魔力を通す、いわゆるエンチャントが可能であること。戦闘技術ではあるが、戦闘能力ではない。つまり、同じBランク冒険者でも戦闘力にはかなりの開きがある」
「でも、強ければAランクになるはずですよね?」
「Aランクの昇格条件は五人以上のパーティで、かつBランク以上の冒険者で構成される集団であり、相応の実績を上げた者たち、というものだ。強ければいいってものじゃない」
Aランクの冒険者に割り当てられる依頼には複数拠点の防御など、頭数を揃えなくては達成困難なものが多い。
トールがBランクにとどまっているのも、パーティを組まないソロでの活動が主だからだ。
双子から真偽を問うような視線を向けられた支部長が頷いた。
「そもそも、ランク制度はギルドが冒険者に割り振る依頼を適切に処理できるようにするためのものだ。冒険者個人やパーティの能力別でいうのなら、序列という五十番までランキングしたものがある。こちらは公表されているだろう」
「そういえば、Bランクでも序列入りしている冒険者もいましたね。赤雷とか、百里通し、俯瞰とか。特に赤雷と百里通しはAランクパーティに匹敵するほど強いと聞いたことがあります」
双子の言葉にトールは知り合いを思い出して複雑な顔をする。
冒険者序列十九位、百里通しのファライとは面識があった。手のひら大の隙間があれば数キロ先から狙撃が可能という凄腕の魔機銃の使い手だが、その性格が陰険かつ執念深い。以前、ギルドの手違いで討伐依頼が被ってしまい、先に獲物を仕留めてしまったトールを逆恨みしているのだ。
支部長の言葉には信を置いているのか、双子は納得したようにトールを見た。
「トールさん、もしかして友達がいませんか?」
「いないな。少なくともパーティは組んでいない」
「ボッチのBランク」
「ボッチって自分でいうのならギャグだが、人に言われると罵倒になるんだぜ?」
「これは失礼しました。信念を持ってボッチを貫いていらっしゃるのかと思いました。まさか、人格的な問題とは思わず」
冗談か本気か、双子はすまし顔で謝罪と追い打ちを器用にこなす。
なかなか頭の回転が速い娘たちだと、トールは内心面白がっていた。
双子が話を戻す。
「今回の依頼に必要なのは私たちを守り切れる能力であって、頭数ではありません。正式に依頼します。私たちを護衛してください。期限は無期限。あまり長くは拘束しませんけれど、十日前後は覚悟してほしいですね」
「前金も貰っているからどのみち護衛はするつもりだ。それで、夜はどうする?」
「一晩中、私たちのそばにいてください。この部屋に入ってくる者は誰であれ、排除すること」
「了解」
夜は別の女冒険者でも雇っているかと思っていたが、トール一人だけらしい。
本格的に味方がいないようだ。
ボッチはどっちだと言いかけて、相手は双子だと思いいたる。
家族っていいな、と内心で茶化した。
双子が手を差し出してくる。片方が右手、もう片方が左手だ。握手を求めているらしい。トールが両手を差し出すと、双子はそれぞれの手で握手を交わした。
トールと双子が握手したのを見届けて、支部長が立ち上がる。
「では、後を頼んだ」
「頼まれた」
双子の部屋を出ていく支部長を見送って、トールはポケットから商売道具を取り出す。
双子が興味を惹かれたように身を乗り出した。
「なんですか、それ?」
「見ての通り、手袋だ」
「金属製なのに?」
「防寒具じゃないからな」
トールが両手にはめるのは細かい鎖でできた金属製の保護手袋だ。見た目に反して軽量で関節の自由度も高い。
「敵を殴るの?」
「室内なら殴ったほうが早い」
鎖手袋をはめたトールはいざというときの避難経路の確認も兼ねて部屋を見回す。
二階の角部屋に当たるこの部屋は双子が使うことを想定して広く、窓は北に取り付けられている。
南側には廊下に続く扉があり、西側の壁は本棚に覆われていた。東側の壁には扉があり、その向こうは簡易の浴室と物置に分かれているという。
棚の本の表紙に見慣れたものを見つけて、トールは思わず表題を口にする。
「高校化学?」
双子の部屋の本棚に並んでいたのは日本語で書かれた学習教材や英語雑誌などだった。こちらの世界での発行物の方が少ないくらいだ。
双子は左右に首をかしげる。
「トールさん、落ち物の文字が読めるんですか?」
「トールさん、落ち物に興味があるんですか?」
双子が初めて別々の言葉を口にした。
落ち物。トールと同じく、異世界にその起源をもつ生き物や品のことだ。
トールは双子の質問に同時に答える解を見つける。
「俺自身が落ち物だ」
「おぉー」
双子が瞳を輝かせて拍手する。
片方が立ち上がり、トールの周りをゆっくり回ってあらゆる角度から観察し始め、もう片方が本棚に駆け寄って数冊の本を抜き取って戻ってきた。
「どっちがユーフィで、どっちがメーリィなんだ?」
「私がユーフィ」
「私がメーリィです」
「同時に話すな」
「はーい」
軽い返事をしたのはトールの周囲を回る方、こちらがユーフィらしい。
棚から取ってきた本の表紙を掲げてトールに詰め寄ってくるのが妹メーリィだ。
「護衛中はどうせ暇でしょう。読み方を教えてほしいです。この字が分からないので」
メーリィが押し付けてくる本の表紙を見て、トールは眉を顰める。
「旧漢字なんか読めるか。こちとら高校中退だぞ」
九年前、異世界に転移した時のトールは高校一年生だった。
「予想だけでも構いません。落ち物のあなたの感覚で読んだ方が私たちよりも正答率は高くなるはず」
「と言ってもなぁ。えぇと有機合成化學協會誌、かな?」
案外、前後の文字から推測できるもんだな、とわがことながらに感心できたのは最初だけ。
メーリィの求めに応じて中途半端な暗号解読じみた作業を始めて数分後、九年もの間現代科学とは無縁だった頭が熱を出し始めた。
「俺は護衛だ。国語教師でも英語教師でも化学教師でもねぇんだよ。業務外だ、これは」
「でもトールさんは落ち物だから復習しておくと役に立つかも」
「役に立たないと断言できる。俺は地球に戻るのを諦めたんだ。それもつい昨日のことなんだよ。今さら英単語の意味を知っても役に立たないわけ。英科学雑誌が読めても役に立たないわけ!」
「でも、学ぶことは面白い。そうでしょう?」
「俺は勉強が嫌いだ。義務ならともかくやらなくていい勉強はしない。そもそも、お前ら双子は俺よりも英語を読めているだろ?」
俺に読ませる意味があるのか、と核心をついて、トールはため息交じりに手近に放置されていた英和辞書を取る。
よくぞこれほど落ち物の本を集めたものだ。
異世界から迷い込んだ物品だけあって希少価値が非常に高く、購入しようとすれば金貨が数枚飛んでいくのがざらだ。簡単に読めるものではないから市場規模は大きくないものの、専門的に研究する都市もあるほどで、収集するには相応の財力が必要となる。
この町を代表する大規模商会の娘たちだけある。
「……トールさんは地球に郷愁がない?」
トールの髪を弄っていたユーフィが透き通った青い目でトールの心中を見抜いた。
「何の話だ?」
とぼけてみせるが、ユーフィは引き下がらなかった。
「本棚を見て、旧文明関係の本の在処を尋ねなかった。帰還を諦めても、ヒントになりそうなものがあれば気になるはず」
旧文明、異世界の資源を目当てに異世界の門を開き、逆襲にあって滅亡したとされるこの世界の文明だ。いまだに遺跡が各地に残り、町を覆う結界は旧文明時代に理論が作られたとも聞く進んだ文明だった。
現在、この世界を跋扈する魔物は異世界から来たものだという。旧文明の負の遺産と位置付けられているが、トールが地球への帰還を目指すのなら旧文明が開いた異世界の門は参考になると考えられた。
双子の豊富な蔵書を見て、一切触れようともしないのは地球への郷愁がないから、帰れなくても構わないと思っているからだという推測は正しい。
図星を突かれて、トールは英科学雑誌を机に置いて力なく笑う。
「そりゃあ、九年もこの世界にいればな。思い出だって色褪せるもんだろ」
「でも、トールさんはこの世界にも愛着がありませんね」
メーリィが本から顔を上げて、指摘する。
ドキリとして、トールは居心地の悪さから視線をそらした。
双子の透き通った深い青の瞳は、心の奥底深くを見透かしているようだ。それが二対、こちらにまっすぐ向けられている。
あまり気分のいいものではなかった。
答えるまで双子は視線を外さないようだ。
トールは苦い顔で口を開く。
「落ち物ってどんな風にこの世界に来るか知ってるか?」
「いいえ、知らないです」
無理もない。トールも、自分以外に意思疎通ができる落ち物と出会ったことはないのだ。
「俺の時は、一人暮らしの家の玄関をくぐったらこの世界の森の中だった。直前まで向かいの家の塀が見えていたのに、一歩踏み出したら森の中。振り返っても家はおろか玄関扉もない」
神様が現れて、あなたは死亡しました転生してね、なんて説明してくれない。得体のしれない大掛かりな魔法陣の上に立っていたわけでもない。
瞬きする間もなく唐突に、異世界に立っているのだ。
「この世界に来た時と同じように地球に戻るかもしれない。いつだって足元が不確かで、この世界にいつまでいられるかもわからない。愛着なんて持てねぇんだ」
もっとも、とトールは続ける。
「十年目を迎えた昨日、心機一転してこの世界で死ぬことを前提にすると決めたけどな」
トールの宣言に、双子はぱちぱちと数度瞬きする。
「それでもまだ、不安は解消されていない」
「……指摘すんなよ。意識しちゃうだろうが」
冗談めかして言い返すトールの声に本気の色を読み取ったのか、双子はそれ以上、話を続けなかった。
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