第3話 敵地のど真ん中
ウバズ商会は聞きしに勝る大規模な商会だった。
赤レンガ造りの洒落た二階建ての建物で、一階入り口はガラス張りという豪華さ。
裏手には荷馬車や魔機車が出入りできるように巨大な倉庫が構えられている。
支部長と共に中に入れば、営業スマイルの従業員が音もなく現れる。
「ようこそいらっしゃいました。ご用件をうかがいます」
「ユーフィ嬢とメーリィ嬢に会いに来た」
一瞬、ほんの一瞬、商会のあちこちから敵意のある視線が向けられた。
トールはこの場で一番強そうな用心棒らしき右腕魔機手の女に笑顔で片手を振る。
「面会状はお持ちでしょうか?」
「このやり取りを何度やらされるのかね」
「規則ですので」
「これでいいな。では、入るよ」
支部長が面会状らしき薄い木のプレートを掲げて押し入ろうとすると、従業員は営業スマイルで道を譲る。
しかし、支部長の後に続こうとしたトールの前を遮るように従業員が腕を広げた。
「そちらの方は面会状をお持ちでしょうか?」
「支部長の護衛だよ」
「当店は安全ですので、面会状のない方は――」
営業スマイルの従業員がじろりとトールを睨みつけた瞬間、金属音が鳴り響いた。
従業員が音の出所、足元を見て硬直する。
そこに、従業員が懐に忍ばせていたナイフが転がっていたからだ。
「安全ねぇ? 誰かさんは信じてないようだけど?」
にっこりと笑うトールの言葉に、従業員はそっとかがんでナイフを拾う間に冷静さを取り戻す。
「失礼しました。しかしながら、規則ですので」
「だそうだ、支部長。本人たちに面会状とやらをもらってきてくれ。早めに戻らないと、護衛として救出しに行かなくちゃな」
「……すぐ戻る」
わずかに悩むそぶりを見せた支部長だったが、トールの飄々とした態度を見て大丈夫だと判断したらしく、商会の奥へと入っていった。
トールは適当な壁際に立つ。
店内にいる用心棒らしき者たちは全部で四人。百足と歯車が描かれたおそろいのワッペンを胸に縫い付けている。噂の『魔百足』だろう。
ざっと見た限り、今朝に見たような粗雑な造りの魔機手を使っているのは二人ほど。
警戒の目があちこちから向けられている。用心棒の冒険者だけでなく、従業員の中にもトールを警戒するものがいるためだ。
敵はハッランと『魔百足』だけではないようだ、とトールは早くも面倒臭さにため息をつく。
双子とやらをさらって逃げた方が早いのでは、と短絡的なことを考え始めていると、支部長が奥から戻ってきた。
「トール!」
周囲の目もはばからずに大きな声で名を呼んで、支部長が面会状を投げ渡す。
面会状を受け取ったトールは再度、周囲を見回した。
反応を見る限り、自分の名を知る者はいないらしい。
トールは面会状を従業員の鼻先に突き付けて支部長のもとまで歩き、共に奥へと向かう。
廊下の突き当たりを左へ曲がる。するとすぐ、二段高く設けられた右への廊下があった。
どうやら、廊下の先は居住スペースとなっているらしい。
「前商会長は従業員を家族のように扱っていた。その名残だ」
支部長が説明してくれる。
名残、というだけあって居住スペースは閑散としていた。
「なんか静かですねぇ」
「なんだ、そのしゃべり方。冒険者らしい口の利き方をしろ」
「で、従業員はどこ行った?」
「ハッランと衝突した従業員は軒並み解雇された」
「あらら、敵地ど真ん中で娘さんたちが精神を病んでないといいけど」
「そんな可愛げのある娘たちではない」
「ん? それってどういう――」
聞き捨てならない台詞に突っ込みを入れようとした瞬間、廊下の突き当たりの階段から一人の男がおりてきた。
痩身の神経質そうな男だ。インクで汚れた手を濡れた布で拭きながら、支部長とトールを見て警戒心をあらわにする。
「これはこれは、ダランディ支部長ともあろう方が随分とお暇なようだ」
「部下を信用して仕事を任せているのでね。そういうハッラン君は忙しそうだな」
支部長がやり返すと、痩身の男は濁った眼に明確な敵意を宿した。
こいつがウバズ商会を取り仕切っているハッランか、とトールは顔を覚えておくべく目を向ける。
ハッランは視線に気づいてトールを見ると、すぐに嫌味な笑みを浮かべた。
「見たことのない冒険者ですね。最近、ダランディにいらしたので?」
「あぁ、その通りだ。支部長とは親父の代からの付き合いでね」
「……そうでしたか」
うっそでしたー、とネタバレしたらどんな顔をするかな、と少し興味が湧いたが、トールがネタばらしする前にハッランはさっさと店舗スペースへ歩き出した。
ハッランが降りてきた階段を上り、廊下をさらに奥へと進んだ突き当たりが護衛対象である双子の部屋らしい。
支部長が部屋の扉越しに中へ声をかける。
「私だ。例の依頼を請け負った冒険者を連れてきた」
「いま開けます」
短い応答、数秒の間の後、鍵が外れる音がして扉が開かれた。
ドアノブを両手で包むようにして持ちながら顔をのぞかせたのは金髪の少女。年齢は十五歳くらいに見えるが、落ち着いた雰囲気のせいか年齢がいまいちつかめない。透明感のある深い青の瞳が無感動にこちらを捉えている。初雪のような白い肌に薄い桃色の唇が一文字に引き結ばれている。警戒しているのだろう。
前商会長の娘というだけあって流行に敏感なのか、昨今見かけるようになったゆったりとした厚手のロングスカートを履いている。縫い目を隠す目的の刺繍は主張しすぎない質素な花柄。
センスがいい良家のお嬢様といった娘に見えるが――トールの目を引いたのは開かれた扉の奥にいるもう一人の少女が構える引き絞られた小型の弓の方だった。
もし、この場に立っているのがハッランだったなら、ためらわず矢を放っただろう。
少女と目が合う。
「動じませんね。合格」
「そりゃどーも」
確かに可愛げがないな、とトールはうんざり顔の支部長を横目で見る。
「護衛が必要か?」
「必要、なはずだ」
断言しろよ、とトールは苦笑した。
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