第2話 護衛の依頼
ダランディを囲む外壁のそばにある冒険者ギルドダランディ支部は意外とこじんまりした建物だった。
それもそのはず、町の治安維持組織である衛兵とは異なり、冒険者はひとところにとどまることが少なく、仕事中は町を出払っている。必然冒険者ギルドの建物が混雑することはあまりない。
がらがらの建物の中に入り、トールは職員に先導されて支部長の部屋に向かう。
「Bランク冒険者、トールさんをお連れしました」
「入りなさい」
意外と声が若いな、と扉の向こうから入室を許可する声を聴いて思う。
支部長室に入ると、職員が一礼して立ち去った。静かに閉まる扉を無視して、トールは支部長を眺める。
革張りの椅子に座る支部長は声の印象とは違って六十過ぎの大男だった。ぎょろりと大きい三白眼をトールに向け、実力を測るようにまじまじと見つめてくる。
「Bランク冒険者トール氏かね?」
「そうだよ」
「ダランディに来た目的は?」
「目的?」
根なし草の冒険者をつかまえてわざわざ聞くようなことか、とトールは呆れつつ、来客用らしきソファに腰掛ける。
「観光だよ。今日中には出ていくつもりだった。用がないなら、今すぐにでも」
「『魔百足』とひと悶着起こしたというのは本当かね?」
「お? 耳が早いね。まあ、俺は相手が誰かもわからなかったし、一方的にケンカを売られただけだぞ」
「だろうな」
すんなりとトールの言い分を認めた支部長はにやっと笑う。人相の悪さも相まって、通報されそうな顔だ。
支部長は背もたれに体重を預けると、机の引き出しから財布を取り出し、中から金貨を三枚投げてよこした。
難なく空中で金貨をつかみ取ったトールは真意を問う視線を支部長に向ける。
「依頼の前金か? 支部長が直々に?」
「事態が少々複雑だが、この依頼はダランディ支部長としてではなく、私個人で出すものだ」
「ギルド依頼にしちゃあ気前が良すぎると思った。で、内容は?」
金貨を空中に弾いて遊びながら、トールは抜け目ない目で支部長を観察する。
ダランディ支部長を務める男が昨日町に来たばかりのよそ者であるトールに直接依頼を出すのは怪しい。地元で活動する冒険者の方が信用できるはずだ。
信のおける部下の一人もいないのなら、この依頼は蹴ったほうがいいとまで、トールは考えていた。
しかし、支部長は眉間を揉むと難問に挑む様な顔で話し出す。
「ウバズ商会という、ダランディを代表する大規模な商会がある。その前商会長はウバズをここまで大きくした立役者で、私の三十年来の友だったが、三年前に他界した。夫婦そろって、賊にやられた」
「三年前? 仇討ち依頼にしては時間が経ちすぎているな」
「早合点するな。今回の依頼は、亡き友の忘れ形見である双子の護衛だ」
トールは目を細めて支部長を睨む。
護衛依頼となればますます、信のおける部下に任せたい案件のはずだった。
「怪しむのはわかるが、そう睨まんでくれ」
「おっと悪い。それで、なんでそんな依頼を流れ者の俺に出す?」
「ダランディには現在、Bランク以上の冒険者が『魔百足』所属以外に二名。どちらもなり立てだ。そして、今回の依頼は件の双子が私に極秘裏に出してきたものでな。仮想敵は現在ウバズを仕切るハッランという胡散臭い男で、こいつが『魔百足』をウバズ専属に引き立てた」
支部長の話を聞いて、トールは合点がいった。
「話が見えてきた。『魔百足』に対抗できる戦力の持ち主で、ウバズに首根っこ押さえられていない奴が俺しかいなかった。消去法か」
「不快にしたなら謝ろう」
「いや、選定基準が知りたかっただけだ。事情が分かれば納得だよ。その依頼、受けよう」
「いいのかね? 前金は渡したが、報酬の話はまだだろう?」
早々に依頼を受けると宣言したトールに、支部長が驚いて尋ねる。
トールは肩をすくめた。
「だって、これを受ければウバズ専属、『魔百足』のメンツが潰れるだろ。ボッチBランクに仕事取られてやがるって後ろ指をさされるあいつらを笑いたいんだ」
「早くも依頼したことを後悔する台詞だな。護衛依頼なんだ。余計な軋轢は起こさないでもらいたい」
「支部長は大変だな。心にもないことを言わないといけないんだから」
「何のことかね」
支部長が悪い笑みを浮かべながら肩をすくめる。
支部長としても『魔百足』が騒ぎを起こせば支部長権限で調査の手を入れられる。それだけで護衛対象の仮想敵が減らせるのだから願ってもない事だろう。
トールは前金の金貨を財布に収める。
「依頼を受けると決めたんだ。もっと詳しい話を聞かせてほしい。仮想敵がウバズを仕切るハッランって男なら、なぜいまさら前商会長の子供を狙う?」
「狙うと言っても命ではなく夫の立場だ」
「……その子供、娘か?」
「そうだ。ハッランは前商会長の娘たちと婚姻し、名実ともにウバズ商会の長になりたいらしい」
単純に命を守るタイプの護衛ではなく、婚姻の阻止、場合によっては双子を連れ出して逃げろという依頼だった。
冒険者クラン『魔百足』がハッラン側についている以上、双子を連れて逃げる時には追手がかかる。しかも追手は、魔物や魔機獣を相手に戦う冒険者だ。並みの実力では護衛対象を庇いきれない。
お鉢が回ってくるはずだ、とトールは頭をかいた。
「既成事実を作られているって可能性は?」
「それはない。腐っても商会長の座を狙っているハッランは外聞を気にしている。だが、さすがに今後はわからん。双子が直接護衛を雇うのだから、ハッランも焦るだろう」
「その双子は婚姻を拒否して逃げる選択肢もあるはずだが、なぜ逃走を助けるんじゃなく、護衛なんだ?」
「本人たちに直接聞いてほしい。だが、まだ商会でやり残したことがあるようなのだ。彼女たちにとっては亡き両親が築いた商会をハッランの好きにさせたくはないのかもしれん」
これ以上の情報は支部長も持っていないようだ。
トールは連絡手段を相談して、立ち上がった。
「支部長も来てくれ。極秘の依頼ってことなら、あんたが顔つなぎしてくれないと依頼人が不審がる」
「あぁ、改めて、受けてくれてありがとう」
契約締結の握手を求める支部長も、この時ばかりは年相応の好々爺然とした笑顔だった。
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