第16話 神話の記憶
カイは両目を開ける。
視界の先に広がっていたのは凄惨な光景だった。
荒廃した大地の上に多くの屍が転がっている。
(なんだよ、これ……)
そんなカイの思考を消しとばすほどの轟音が上空で鳴り響く。
衝撃波がカイを襲い、その場で尻もちをついてしまう。
カイは視線を上にあげ、息をのむのだった。
一組の男女が、上空を埋め尽くすほどの羽のある人のような者達に襲われていた。
男のほうは鮮やかな薄緑の翼を生やしており、女性のほうは艶のある漆黒の翼を生やしている。
「パパ、ママッ!」
かぼそい声が鼓膜を反響する。
周囲を見渡したが、声の主らしき人影は見えない。
(もしかして…………、やっぱり)
カイは全身を確認すると、自分が少女の姿であることに気付く。
以前にも似たような経験があったことをカイは思い出していた。
それはラミアがエルフの村で『風神の弓』に触れたときだ。
(そういえばこの子の声どこかで聞いたことがあるな)
次第に落ち着きを取り始めたカイは記憶を掘り起こす。
(確か、サザンに遠征に行く前に……)
その記憶に辿り着いた瞬間、状況が動いた。
雲の隙間から視界を覆いたくなるほどのまばゆい雷が男女を襲った。
轟雷で地面に叩きつけられた男女の翼は、一瞬で焼け焦げてしまう。
彼らの前に静かに降りた者は翼を生やしていない代わりに、雷を思わせるような矛を握りしめ、雲の上に立っていた。
「ぜ……うす」
翼を焼かれた男が、雲の上で仁王立ちしている人物の名を口にした。
女性のほうも片膝をつきながら、その人物を睨んだ。
「まさか、貴方が出しゃばってくるなんて……」
カイは目の前で行われている会話に聞き耳を立てながら、
(……ゼウス? 神話時代の神の名前と同じ。それに雷を模した矛……。神話を記した文献にもそんな記述があったはずだ)
その他にも翼を生やした軍勢を見上げながら、一つの確信に至る。
(俺は神話の時代にいるの……か。そしたら今のこの姿は……)
カイは再度、自分の体を触ろうとすると、
(……グハッ!?)
カイは視線を落とす。
カイが
胸の真ん中から血のようなものが噴き出す。
急いでカイは槍を引き抜いたが、全身を焼くような激痛にうずくまることしかできない。
槍を
「がハハハハッ! やっぱりヘファイストスに作らせた槍は威力が強いなッ」
翼を焼かれた男がゆっくりと立ち上がり、怒りを通り越し殺気を込めた声音で。
「……アレス」
「神である俺達に作られた存在が神を呼び捨てなんて、礼儀がなってないな」
アレスと呼ばれた男は別の槍を取り出す。
それを制止したのは、雲の上で立っていたゼウスだった。
「双方、武器をおろせッ!!」
アレスは動きを止める。
しかし、翼を焼かれた男のほうは得物である槍をアレスに投げつける。
目にも止まらない速さで、反応に遅れたアレスの腕が貫かれ、馬車から落下してしまう。
「……ウェンティーーーーーーッ!!」
アレスは目を血走らせ、地面に膝をついている男・ウェンティーに向かって駆けだす。
翼を焼かれているので、ウェンティーは空に逃げることもできない。
例え逃げられたとしても先程のように雷に
カイは目の前で起きている戦闘に目を離さないようにしていたが、アレスの真上から雷が落ちてくる。
「やめろ、と言ったのが聞こえなかったか、バカ息子が」
「お、親父……」
ゼウスはアレスを拘束する。
そしてウェンティーに歩みを進める。
カイが憑依した少女をかばうようにウェンティーが立ち、ゼウスに向かって走り出す。
「パパ、ダメ……」
「ルインはじっとしているんだ」
ウェンティーはゼウスとの距離を詰め、拳を繰り出す。
しかし、ゼウスに迫ったウェンティーの身体は弾き飛ばされる。
先に拳を繰り出したウェンティーではなくて、ゼウスの拳のほうが先にウェンティーに届いたのだ。
カイの憑依した少女・ルインの近くまで殴り飛ばされたウェンティーに視線を落としながら、
「……パパ、大丈……ぶ?」
ルインに影がかかる。
「……すまない。君のパパには少し眠ってもらった」
ゼウスがルインに近づこうとするが、
「私の娘に近づかないで……、ゼウス」
「アスモデウスか」
ゼウスの影を地面に縫い付けるようにダガーが刺さっている。
だが、ゼウスは意にも介さず、
「お前の今の体力じゃ、俺を拘束はできない」
アスモデウスに落雷が降り注ぐ。
地面にクレーターができるほどの威力に遂に、アスモデウスのほうも倒れてしまう。
「ルイン、君はこの世にいちゃいけない存在だ」
ゼウスはルインにも雷を落とす。
ルインは
音も立てずに雷が消滅した。
そして、ルインはゼウスの腕にそっと触れる。
油断していたがために、ゼウスの腕が消しとばされてしまう。
ゼウスは消滅した腕を抑えながら、後退する。
「私に触らないで……」
「……君が抵抗しなければ、良かったものを」
ゼウスは雷の矛を顕現させ、地面に突き刺す。
上空を分厚い雲が覆い、空気がピリつく。
鼓膜に響く不快な音にルインは注意を払うが、彼女の予想だにしなかったことが起こる。
分厚い雲から雷が無数に落ちてくる。
しかも全てがルインをめがけて。
反応に遅れたルインを四方八方から雷が貫いた……。
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