第15話 オーガ

「ミャーも戦うニャ」


「クロ、いいの?」



 カイが得物を構え、オーガに先陣をきってすぐにクロがダガーを握りしめ現れた。

 ラミアの言葉にクロは無理矢理ニッコリとすると。



「最期に姉様にカッコいいところを見せるニャ。そして安心してから旅立ってもらうニャ」



 クロの覚悟はもう折れない。

 どんな脅威が立ちふさがっても、それを乗り越えられると姉のお墨付きももらった。

 あとはクロがそれを証明するだけだ。



『グァああああああああああああああああああアアアアアアッッ!!!!』



 オーガは遂に動き出した。

 地面を通して伝わってくる震動に躊躇いを覚えるが、カイはさらに前に一歩踏み出し、オーガに斬りかかった。 



「いくぞッ……。 これが最後の闘いだッ」



                  ※



 4人の奮闘を近くから見つめていたクロエ。

 クロエの目から見ても戦力差は絶望的だ。



(オーガは『歩く災害』と言わしめるほどの破壊力を有する。それを手負いの4人だけで闘うなんてね……)



 そんなことを考えるもクロエは彼らの闘う姿の輝きに目を細める。

 その中でもひと際、輝きを放つ少年を目に焼き付ける。



(……あれがクロの騎士ナイト。いいなあ。クロが羨ましい。優男だと思ってたけど、戦う姿は理想の騎士ナイトね。ああ、本当に羨ましい……)



 先陣をきる少年とクロは敵の攻撃で骨が砕けようとも果敢に挑み、後ろで構えている2人の少女も尽き欠けの魔力を振り絞り全力のサポートをしている。

 彼らの血生臭い激戦を間近で見て抱いた感想は失礼極まりない物だったが、それはクロエがこの戦いの結末に気付いてるからだろうか。

 そして妹の勇姿に笑みをこぼす。



(あんなに成長して……。私はもうお邪魔虫みたいね。あの子との約束も守れたしそろそろ逝こうかしら)



 『クロの友達と一緒に遊ぶ』、先程の戦闘を遊びで片づけたクロエはそんなことを考えていた。

 それを叶える前に死んでしまったが、死後にその願いが叶えられるとは嬉しい誤算だった。

 クロエの魂の灯は消えようとしていた。

 もともとゲルダの蘇生魔法で生き返っていたので、彼の死をもってクロエの蘇生魔法は解けてしまったのだ。



(最期にあの子にメッセージでも残したかったな……)



 届かないのは分かっている。

 それでもクロエは最後の力を振り絞り小さな声で、



「クロ、貴方をずっと愛しています。それと……」



 最後まで言い切ると同時に、クロエの全身から力が抜けたのだった。



                  ※



「姉様、ちゃんと聞こえたニャ」



 クロの耳は姉の最期の言葉を聞き逃さなかった。

 クロはダガーを振るって、オーガの硬い皮膚に傷をつける。



「もう、ミャーは迷わないニャ」


    

                  ※



 カイ達とオーガの闘いは拮抗していた。

 オーガの一撃ごとに大理石の地面は砕け散り、自身の得物がきしみ嫌な音をたてる。



『グァアアああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!』



 そんなバケモノの攻撃を一身に引き受けていたカイが注意を引き、エレイン、クロ、ラミアが攻撃を浴びせていた。



「やっぱり攻撃が重ッ……!?」



 この場でオーガの異常な身体能力についていけるのはカイだけだった。

 しかし、善戦できるということではない。

 敵の拳を防いだカイにオーガの巨大な足が迫る。

 それを腹部に食らい、空中に蹴り上げられる。

 さらにオーガは大地を揺るがしながら跳躍し、宙に蹴り上げられたカイの身体を上から殴りつける。

 地面に打ちつけられたカイを中心に大理石の地面がくぼみ、大規模な亀裂が走った。。



「兄さん!」



 エレインがオーガの背後からレイピアを突き出す。

 だが、オーガの顔を狙った攻撃は軽々とかわされる。オーガは残った左腕を無造作に振ると、エレインの鎧にめり込む。

 『魔甲まこう』で覆った鎧が粉砕し、そのまま壁まで飛ばされたエレインは地面に向かって吐血した。

 エレインに注意が向いたオーガだったが。



「妹に手を出すな」



 目の前の殺気に驚いたのかオーガは一瞬だけ反応が遅れる。

 地面に埋もれ倒れていたカイは右手を振り抜いた。その手には禍々しい魔力を垂れ流している紫光色の剣が握られていた。

 オーガは即座に距離をとったが。



『グァああアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!!!!』



 オーガの残った左腕から大量に出血していた。

 『破滅剣はめつけんルーイナー』によって腕を斬り落とされる寸前までいったのだ。

 怒りで周りが見えなくなったオーガは再度、カイに襲い掛かろうとする。

 しかし、そこでオーガに異変があった。



『グァ……ッ!?』



 その大部屋には淡いが光もあり、それによって映し出されたオーガの影には2本のダガーが刺さっていた。



「『影縫い』」


「ナイスよ、クロ! 降り注ぐ矢の雨は一筋の逃げ道すら断つ、『無限サウザンドアロー』」



 クロの動き封じによって完全な無防備になったオーガの前方から無数の矢が迫る。

 その一つ一つに強力な魔力が込められている。



「『爆炎エクスプロージョン』ッ!」



 次々にオーガに刺さったはずの矢が盛大に爆発していく。

 以前、サイラスの王子が用いた『爆炎エクスプロージョン』をラミアは矢で応用したのだ。

 煙から姿を現したオーガの全身の皮膚はただれ、中身が見えている。

 


「すぐに体勢を立て直しなさい、カイ、エレイン」


「それまではミャーとラミアでサポートするニャ!」



 そしてラミアの放った矢がオーガの目を射抜く。

 今、オーガに決定打を与えられるのは、十分に魔力を練りこんだ攻撃を放てるラミアだった。

 そのことに直感で気づいたオーガは全身に力をいれ、『影縫い』のタイムリミットと同時にラミアに突進していく。



「行かせるか」



 前に立ちふさがるカイを気にもとめず、彼の頭上を跳躍してよけた。



「ラミア!?」


「平気よ、カイ。事前に教わっておいて正解だったわ」



 ラミアは不敵な笑みを浮かべると握っていた『風神の弓』をしまい、腰から剣を引き抜く。

 それはどこの武器屋にでも売られているような安物の剣だった。



「それじゃ無理だラミア!?」


「大丈夫ニャ、カイ。ラミアもこういう時のために鍛えていたから」



 そんなカイ達の前でラミアに左腕を振り上げるオーガ。

 しかし、落ち着いた動きでラミアは拳を顔のスレスレの所で躱し、剣を振り抜いた。

 そのまま風が吹き抜けるようにオーガの周囲を舞いながら斬撃を加えていく。



「アナタの弱点はそこね」



 最後の一振りとともにオーガから距離をとったラミアは呟いた。

 ラミアが剣を鞘にしまうと同時に遅れて、オーガの全身から血が噴き出す。

 そして残った左腕も見事に斬り落とされていた。



「今の魔法って……、まるで……」



 今も外で戦っているであろう一人の少女の魔法と酷似していたことに気付くカイ。

 カイの隣で我が事のように、無い胸を張るクロが説明した。



「ミーシャから教わった魔法・『雷撃』をラミアが応用した新しい魔法……『旋風』」



 クロの説明によると、風を纏うことで速度上昇、切れ味を上げる魔法らしい。

 速度重視の『雷撃』を改良して、切れ味と柔軟性を追求した『旋風』。



「それであそこまでの切れ味が」


「それだけじゃないニャ」


「?」


「あのオーガは全身に切り傷がついていたニャ。それをラミアがもう一度斬ったんだニャ」



 簡単に言ってのけたが、カイにとっては想像を絶することだった。

 オーガが全身に傷を負っていることには気づいていたが、もう一度そこに斬撃を加えるのはカイの速さではほぼ不可能だった。



「末恐ろしいですね、ラミア様とクロ様は」



 壁に激突し吐血していたはずのエレインがオーガに斬りかかる。



「エレイン、大丈夫なのか動いて!?」


「騎士が守られているなんて前代未聞ですからね。兄さん、そろそろ終わらせましょう」



                  ※



 二本の腕を奪われたオーガは死に物狂いで襲ってきたが、両腕の切断面から流れ出る血の量を見る限り、オーガに残された時間はわずかだった。 

 


「兄さん、あのオーガは……殺さなければならないのですか?」



 カイ達は自分の身を守るためとはいえ、罪悪感がないわけではない。

 身体の発達が異常な点を除けば外見は獣人と似ていた。

 今回の作戦では獣人は殺さないという決め事があった。



「エレインは知らないと思うが、鬼神オーガと獣人は全く別だ。鬼神オーガは邪神から、獣人は魔神から生み出された。鬼神オーガは神話の世界だと、破壊のために生み出されたバケモノで、自我を持たないんだ」


「……死ぬまで破壊行動を続けるということですか……」


「ここで見逃したら多くの兵がこれからも殺されるかもしれない」



 カイは『破滅剣ルーイナー』を握りしめ、鬼神オーガに迫る。

 鬼神オーガはカイの握る剣に危機感を抱いたのか、その刃に触れないように躱しながら、大地をえぐるほどの蹴りをカイに打ち込む。

 カイは片腕で防ぐが、骨が折れたのを即座に理解する。

 後方に蹴り飛ばされたカイは苦痛で顔を歪めながら。



「……ッ。『魔甲まこう』を貫通したのかッ!? 決死の攻撃ほど厄介な物はないな。だが……」



 『破滅剣ルーイナー』が微かだが鬼神オーガの蹴りだした足に触れていた。

 人間でいうところのアキレス腱を破壊され、



『グァああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァアアああああああああああああぁアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!』



 鬼神オーガは地面に膝をついてしまう。



「クロ、頼んだ」


「任すニャ」



 蹴り飛ばされたカイと入れ替わるように、クロが鬼神オーガに接近していく。

 激しい動作ができなくなった鬼神オーガは最期の力を振り絞り、クロに突進をかまそうとする。

 鬼神オーガが踏みしめた大理石の地面にくっきりと足跡が残る。

 その光景にクロは野生の勘なのか、動きを止めようとしてしまう。



「……もうミャーは逃げないニャ」



 クロは走って勢いをつけながら身体を回転させ、踵落としを鬼神オーガの顔面に打ち込む。

 さらにクロの拳が、蹴りが鬼神オーガの硬い皮膚に打ち込まれていく。

 最後にクロの踵落としが鬼神オーガの後頭部直撃する。

 膝をついた鬼神オーガは全身に力をいれるが、微動だにしない。



「『影縫い』。ラミア、エレイン、頼んだニャッ」


「こっちの準備は万全よ」


「クロ様、急いで退避してくださいッ!」



 鬼神オーガは視線だけを動かす。

 その先にはエレインがレイピアに、ラミアも『風神の弓』につがえた矢に膨大な魔力を込めている。魔力によって生じた風がレイピアと矢に纏わる。

 近くでラミアとエレインの魔法を見ていたカイは吹き飛ばされないように踏ん張るのが精一杯だった。

 エレインはレイピアを突き出し、ラミアの弓から矢が放たれる。



「「神の怒りを知れ、『神風ゴッド・ウィンド』ッ!!」」



 暴風が鬼神オーガをめがけて大理石の地面を削り取っていく。

 鬼神オーガには動く力もなく、



『グァアアあアアァアアあアアァァアアああアアああアアァッ…………』



 暴風に巻き込まれた鬼神オーガの断末魔は途中でかき消されたのだった。



                  ※



「クロ……」



 魂が離れ動かなくなったクロエを、クロは抱きかかえる。

 その姿を心配そうに眺めるラミア。



「……大丈夫ニャ。姉様のこんな笑顔を最期に見られたニャ」



 両腕を斬り落とされ胸に剣を貫かれていたにもかかわらず、クロエの表情は非常に晴れやかな物だった。



「それにクロエ姉様にも言われちゃったニャ」


「……?」



 涙を流しながらも、クロの口元には笑みを浮かべていた。



                  ※



 クロはクロエに別れを告げた後、今回のサザンの表の主導者・ゲルダに近づく。

 すでにゲルダはこと切れており、その手には漆黒の短剣が握られている。



「この短剣が操ってたの?」



 クロの疑問に対してエレインは頷く。



「ここから異質な魔力が流れています。本来魔法は術者が死ねば効果がなくなります。おそらく外の獣人の方々も元に戻っていると思います」



 ラミアは漆黒の短剣を見ながら、



「で、どうするの? この短剣は破壊するの? こんな物騒な物、破壊しなきゃヤバいでしょ」


「……クロ。その短剣を持ってくれないか?」


「何考えてるのよッ!? こんな危険な物、クロに持たせられるわけないでしょ!?」



 ラミアの批判に対して、カイは返答ができない。

 カイには明確な答えはない。しかし、破壊をしてはいけない、という考えが脳裏によぎる。

 ラミアはしびれを切らしたのか、



「カイがやらないなら、私がやるわ」



 『風神の弓』を顕現させ、矢に魔力を込めようとする。

 しかし、ラミアの顔に焦りの色が浮かぶ。



「ど、どうして魔力がれないの……?」


「弓がラミア様の魔力を拒絶しています」


「そ、そんなことがあるの、エレイン?」


「ラミア様の弓は『神器』と呼ばれる特別な物です。もしかしたら、それが関係しているかもしれません」



 ラミアは矢をつがえた姿勢のまま、動くことができなかった。



「分かったニャ。ミャーが持ってみるニャ」



 ラミアは制止しようとするも、口から言葉が出てこない。

 クロはそっとゲルダの握る短剣に触れる。

 その瞬間、周囲に光が溢れて……。

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