第14話 第3王女との闘い

「……強いですね。私と兄さんの二人がかりなのに一切の隙が見られません」


「クロの戦い方と似てて、型外れな攻撃が厄介だな」



 今、サザン城の大広間でカイとエレインは一人の少女と戦っていた。

 クロの姉であり、褐色肌の少女・クロエだった。

 絹のように白い髪は腰にまで迫り、その顔つきは状況に似合わず柔和な物であった。

 しかし、クロエの眼には敵意が込められている。



「格好つけて登場して、この程度ということはないですよね?」



 クロエの言葉を皮切りに再度激しい打ち合いを繰り広げられる。

 カイとエレインの攻撃には一切の躊躇がないにもかかわらず、クロエは綺麗にいなしていく。



「兄さん」


「ああ」



 カイとエレインは短く言葉を交わす。

 エレインはクロエから距離を取り、カイが代わりにクロエとサシで戦う。



「2人でも抑えられないのに、貴方一人で私を抑えるつもりですか?」


「俺の妹は剣より魔法のほうが専門なんだ。代わりに俺が本気で闘ってやる」



 先程まで劣勢だったカイだが、次第にクロエの動きにも対応していく。

 カイの攻撃は当たらないが、クロエの攻撃もまた『魔甲まこう』で防いでいく。

 



「貴方も魔法が得意なようですね」


「魔力量があまり多くないから、魔法の扱いは人一倍磨いてきたからな」



 クロエの拳の攻撃がカイの頬をかする。

 刃物レベルの切れ味を有する風圧によってカイの頬から血が流れる。

 しかし、意にも介さず、カイは剣を下から振り上げ、クロエの腕を弾く。

 あわよくば腕を斬り落とせれば勝ち目もあったが、クロエの『魔甲まこう』が腕に展開される。



「反射神経はやっぱり高いか……だガッ!!」



 カイの剣とクロエの腕が弾かれあい、クロエは体勢を崩してしまった。

 カイは振り上げた剣を、すぐに振り下ろした。

 今度こそクロエを斬る、というところでクロエは回し蹴りの要領で身体を回転させる。

 カイの剣は空を斬り、クロエはそのまま回し蹴りをカイの眉間に打ち込む。

 


「普通の人間ならこれで終わりね。貴方もよく頑張ったほうだと思います……ッつ!?」



 眉間を穿たれ血が噴き出しているにもかかわらず、クロエの蹴り上げた足はカイにしっかり掴まれている。



「お前の速さには正直ついていけないからな。一か八か隙を作ってみたが、上手くいった」


「わざと剣の大振りを繰り出して、私が回し蹴りをするように誘導したのですか?」



 カイが見た限り、クロエの戦闘スタイルは四肢を武器とする変わった戦い方だったが、足を使った技のほうが多かった。

 そこからクロエの足技を引き出させて、動きを封じるのがカイの目的だったのだ。



「今だッ、エレイン!!」


「ハイッ! 聖なる大地の加護を我に分け与えたまえ、『地母神クリエイト加護アースッ」



 エレインがタイミングを見計らって、魔法を発動すると、大理石の地面から伸びてきた柱がクロエの身体を縛り上げていく。

 カイに足を掴まれ身動きの取れないクロエに岩の柱が縛り上げ十字架のような物ができた。

 クロエは驚きの表情を見せながら。



「本気で来てとは言ったけど、一歩間違えたら死ぬ可能性もあったのに……」



 獣人の力をもってすれば、仮に頭に本気の回し蹴りを食らった場合、人間の顔と胴体は十中八九、離れる。

 カイは持ち前の『魔甲まこう』で顔全体を覆い、回し蹴りの衝撃を吸収したのだ。



「でも、ね」



 驚愕に染まっていたクロエの顔だったが、



「やっぱり貴方達は甘いわ。これで私の動きは封じられない」


「ゲルダを倒すまでおとなしくしてくれたら嬉しいんだが……」


「そのゲルダの命令で動いてるんだから無理言わないで欲しいかな」



 クロエを縛り付けた十字架からミシミシと嫌な音が響く。

 大理石が素材だから、人間には到底破壊することなんてできない。

 しかし、獣人にその理屈は通じなかった。

 十字架の至る所に亀裂がはしり、遂に破壊された。

 瞬きほどの時間でカイ達も対応できなかった。



「なッ……」



 クロエの蹴りがカイの腹部に刺さる。

 咄嗟のことで『魔甲まこう』の展開が遅れたカイは吐血しながら地面を転がる。



(…………あばら、何本かいった…………)



 クロエの拳がカイの目の前に迫っている。

 カイが剣を構え迎え撃とうとする。

 拳と剣が交わる直前でクロエは悲しそうな声で。



「貴方達がクロを大切にしているのは、短い間だけどよく分かる。だけど、私を止めないとクロも殺される」


「……」


「貴方はどっちを取る?」



 カイは剣の軌道をずらし、拳と剣が交わることはなかった。

 すれ違いざまに、剣はクロエの両腕を斬りとばす。

 宙を舞った腕が落ちる前に、カイは身体の向きを反転させる。

 クロエも身体を反転させたタイミングで、カイは剣の切っ先をクロエの胸の中央に突き刺した。

 そのまま剣先に『魔甲まこう』を展開しながら大理石の床にクロエを縫い付けた。



「クロに恨まれてもいいから、アイツが平和に生きていけるように俺は剣を振るう」


「グッ、……フフッ。ちょっと頼りないけど、良い騎士ナイトね」



 両腕を斬り落とされたクロエは胸に突き刺さった剣を抜くことができない。



「クロエ姉様!!」



 クロがあおむけに倒れるクロエに近づいた。

 カイは視線を外し、玉座から一切動かなかったゲルダを睨む。



「まさか、クロエがやられるとはな。まあいい。損傷した部分は後で直せばいい。今は貴様らを殺すことが先決か」



 ゲルダはカイ達に聞こえるくらい大きな声でそう言った。

 カイはスペアの剣を抜きながら。



「これで終わりだ。お前の大好きなクロエはもう戦えない。潔く負けを認めろ」


「負けを認めるのは貴様らだ。クロエは私の駒の一つに過ぎない。本命は……」



 ゲルダの不敵な笑みを浮かべると。



「カイ、上よッ……!!」



 負傷した身体を奮い立たせ立ち上がったラミアの声が響いた。

 丁度、そのとき。

 大部屋の壁を突き破って姿を現したのは筋骨隆々で額から鋭い角をはやしたバケモノだった。

 城全体を揺らしながら降り立ったバケモノを中心にクレーターができる。

 ラミアは異形のバケモノを視認すると。

 


「……何? 尻尾が生えてる? 獣人なの?」



 ラミアの疑問はその場にいる人間も抱いた物だ、ゲルダとカイを除いて。

 カイは目の前の光景が信じられないのか、その場で固まって動けないでいた。

 そんなカイを横目で見ながら、エレインはレイピアを握る力を強めた。



「兄さんの反応からしてただの獣人ってわけではなさそうですね」


「……あれは正真正銘のバケモノだ。獣人の比じゃない……」



 カイは声の震えをおさえられない。

 ゲルダは不敵に、そして自嘲気味に笑う。

 その笑いは何かを悟ったようで。



「まさか最終兵器がここまで傷だらけとは……外の連中は我の予想を超えたという事か」



 ゲルダの近くに亀裂を生じながら着地した化物は片腕がなくなっていた。

 傷口から血が滴っているので、それが新しい物だと一同は見抜く。

 カイは確かめるように。



「……が最終兵器?」


「ああ、もともと獣人だけで制圧できる。そう踏んでいたんだがな。思ったより人間もやるよう……」



 ゲルダが言い終える前に、オーガは蹴りで玉座ごとゲルダを蹴り飛ばした。

 大理石の壁に打ちつけられたゲルダは吐血しながら視線をオーガに向ける。



「やはり、最初から私も殺すつもりだったんだな。……死者をもてあそんだ罰か」



 その言葉を最期に静かに倒れ伏すゲルダ。

 あっさり退場した黒幕を見ながら、エレインは冷や汗を流す。



「……仲間を殺した? 情報隠蔽でしょうか?」


「だろうな。クロエが倒された時点でアイツは用済みだったんだ。そしてあのオーガは今回の本当の黒幕……」


「……邪神教が関わってるのでしょうか?」


「だろうな」



 カイはオーガを見た瞬間から震えが止まらない。

 不安を広げないよう毅然きぜんとしているが、失言が口から出てしまう。



「オーガは弱っているから外の連中と交戦したんだろうな。最悪、外の兵は全滅していてもおかしくない」



 カイの言葉に耳を疑うエレイン。

 カイが冗談で言っていないことが分かったのか、彼女の全身も震える。



「……強さは?」


「エレインが3人いてもおそらくは……」



 言葉の続きを聞かなくてもカイの言いたい事が分かってしまったエレインは後ろに控えていたラミアとクロに視線だけ送った。



「兄さん、ラミア様とクロ様を連れて逃げてください」


「それは兄のセリフだな」


「今は口論している暇はありません。兄さんより私のほうが生き残る確率は高いです。それに、また兄さんを置いて逃げるのは……」



 2人の口論を眺めていたラミアはエレインの真意に気付いた。

 そっと彼らの後ろに回り。



「だったら私達3人で戦えばいいじゃない!」


「何をおっしゃるのですか!? ラミア様は兄さんと一緒に逃げてください!」


「王女命令よ。どうせエレインでも勝てないんでしょ? 私達に逃げ場はないわ」



 カイはラミアの言葉で肩から力が抜け苦笑する。



「王女命令なら仕方がないか。一番生存率が高いのは確かに目の前のバケモノを倒すことだもんな」


「聞き分けが良いじゃない」



 そんな2人のやり取りをエレインは看過できなかった。



「ダメです! 2人は逃げてください!」



 激昂げっこうするエレインにキッパリとラミアは告げた。



「それでいいの? 大事な人の死によって助けられた人間の味わう絶望、まさかアナタは忘れたの?」


「ッ!?」



 それは核心だった。

 そして反論すら許さないラミアの言葉にエレインは諦めたように脱力する。



「分かりました」


「多数決で共闘ってことで言いな?」



 先程までの緊張を忘れようとカイは軽口をたたいたが。



「兄さん?」


「……ごめん」



 カイは深く呼吸をして。



「オレが先陣をきる。エレインとラミアは魔法による援護を頼む」



 ラミアとエレインが頷いたのを確認すると、カイはオーガに向かって駆けだした。



                  ※



 後ろでクロエに寄り添っていたクロはカイ達の覚悟についていけなかった。

 野生の勘なのか、オーガとは戦ってはいけないと告げていた。

 葛藤するクロを見ていたクロエは前に立っている3人をまぶしそうに眺めながら。



「良い騎士ナイトじゃない? アナタも戦いなさい」


「無理…………足手まといニャ」


「フフフ、嘘ね。私と一緒にいたいんでしょ? いつ消えるかも分からない私と」


 

 獣人を操り、クロエを蘇らせたであろうゲルダが死んだ以上、獣人にかかった魔法は解ける。

 そしてクロエも元居た場所に帰らないといけない。

 押し黙るクロに姉のクロエは語る。

 それは弱々しかったがクロには重くのしかかる。



「前に言ったね。『いつか良い騎士ナイトに巡り合えるといいね』って。だけど守られてるだけじゃ、大切な騎士ナイトも失ってしまうわよ。それに……」



 クロエが次に放った言葉は決定的な物だった。



「どうせ私は死ぬわ。そこで寄り添ってるだけだったら、目の前のナイトも失うことになるわ。だけど、貴方にはそんな残酷な運命をくつがえす力があるわ」



 クロエは厳しい声音で。



「死んだ人を想うより、生きてる人の隣に立ちなさい」



 クロはゆっくりとダガーに手を伸ばした。



「ええ、良い子よ、クロ。私の自慢の妹。貴方は出来損ないなんかじゃない。あそこに並びたてる。最期にそれをお姉ちゃんに見せてちょうだい」



 涙を拭いたクロは立ち上がった。

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