第13話 歩く災害
「ダメだな、こりゃ」
バケモノを目の前に、巨漢が取り柄のエドから弱音がこぼれた。
エドの得物である大剣は刃が欠け、それを振るい続けた身体も至る所から出血している。
すでにバケモノの正体のことなど考える余裕すらなくなっていた。
『グァああアアアアアアアアァッッッ!!!!!!!!』
「まだそんな元気なのか……。こちとら腕すら上がらねえよ」
エドの弱音すら気にせず、バケモノはゆっくりと近づいてくる。
しかし。
「こっちだよッ!!」
少女の声とともにバケモノは立ち止まり、振り上げようとしていた腕を強引に横に振るう。
腕に何かが弾かれた音が響く。
バケモノのすぐ近くで着地した少女・ミーシャは剣を構えながら、再度突撃していく。
「『雷撃』!」
ミーシャの姿は消え、バケモノの身体に一瞬で無数の切り傷をいれていく。
ミーシャの動きを捕らえられないのかバケモノは誰もいない場所に腕を振り続けた。
「……エド」
「どうして戻ってきた!? あれほど逃げろって言ったのに!?」
「……? 逃げろ、なんて言われてないよ」
このごに及んで、すっとぼけるミーシャに頭を抱えるエド。
そんなエドを無視して、ミーシャは近くを指さす。そこにはどこから集めてきたのか、何本もの剣が転がっていた。
「どこから持ってきた?」
「いろんな場所で戦ってた兵士に頼んで、スペアの剣を何本かもらってきた」
「ナイス、と言うべきか。……仕方ねえ。オマエも戦うつもりか?」
「当然だよ。このまま野放しにはできないからね。さっきティアラに会ったけどかなり傷が深かったから、近くの兵士さんに治療を任せたよ」
「マジか……。オマエ、やべえな」
実のところ、ティアラの正体が幼女であることを知っているのはカイを含めた軍の上層部だけだった。
いつもは妖艶な大人の姿をしているティアラの今の姿を見たときの兵士の顔がエドの脳裏に浮かぶ。
だが、そんなことを考えても仕方がない。
エドはミーシャの持ってきた剣を手に取る。
「よっしゃッ、いくぞッ!」
ミーシャとともにエドはバケモノに突っ込んでいった。
※
エドの剣がバケモノの拳と正面から打ち合う。鈍く全身を揺らす衝撃に負けず、エドは間髪入れずに攻撃を仕掛けていく。
『魔甲』でおおわれた剣から嫌な音が耳に入る。
「言っちゃあれだが、やっぱ一般兵の持つ粗悪品じゃこの程度か!」
「それは言わない約束だよ!」
ミーシャは目にも止まらない速さで攻撃を繰り出している。『雷撃』によって化物の視界に入らないようにしていた。
しかし、その斬撃はエドほどの重さはなく、強固なバケモノの外皮にかすり傷程度しか入らない。
「ミーシャ、いったん後ろに下がれ! そろそろ魔力が切れるだろ」
「わかった。すぐに戻るから」
「ゆっくり休んでくれと言いたいところだが、早く戻ってきてくれ……結構マジで」
バケモノの攻撃をエドが受け止める。その重い衝撃がエドの身体を上から抜け、足から地面に伝わる。
エドの足を中心に円状に亀裂が走っていった。
『グァああああアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!』
「お、重ッ!?」
拳を受け止めていたエドの上体がそれていく。
しかし、そこでエドの予測を裏切る行動をとった。
「グがハッ!? 何……だ?」
エドの視線が下にずれていく。
そこには異物がエドの脇のあたりを貫いていた。その異物をつたって流れ出てくる生命の源にエドの意識がついていかなかった。
「……尻尾? グフッ、ゲホッ!」
バケモノの尻尾が突き刺さったままエドの身体が宙に放り捨てられる。
「グハッ……。ふ、ふざけやがって。
折れかけの剣を杖代わりに立ち上がる。
そんなエドの前に魔力の回復に努めたミーシャが立っていた。
「情けねえ話だが、もう無理だ。ミーシャだけでも逃げろ」
「私も無理。見捨てられるほど、『おじさん』との関係は浅くないからね」
「おじさん……か。久しぶりだな、そう呼ばれたのは」
エドがカルバの騎士だった頃からミーシャとは面識があり、ミーシャはエドのことを『エドおじさん』と呼んでいた。
しかし、ミーシャの父・ダグラス=レレイを手にかけたことで、ミーシャとエドの間には決定的な壁ができていたはずだった。
「お父さんが死んだってエドは『おじさん』だからね。そんな人を見捨てたらお父さんのような立派な騎士になんてなれない」
「……オマエの言いたいことも分かるが、今回は引いてくれ。とてもじゃないがオマエの倒せる相手じゃない」
「おじさんを見てれば分るよ。だけど、勝てる相手だけに挑むのはやっぱり騎士じゃない」
エドが口を開くまえにミーシャは動き出した。
ミーシャの得意技である『雷撃』は使用せずに、バケモノに接近していく。
『グァああアアアアアアアアァッ!!』
バケモノの拳がミーシャに迫るが、そこで彼女の姿が消えた。厳密には、拳が直撃する直前で『雷撃』を使ったのだ。そのまま全身をひねりながらバケモノの腕を斬っていく。
そして彼女が再び距離を取るとバケモノの至る所から出血した。
それを遠くから眺めていたエドは感嘆のあまり開いた口が塞がらない。
「今の一戦でここまで進化したか……。やっぱりダグラスの娘か」
今までなら『雷撃』を発動したらミーシャは一直線上にしか動けなかった。だから、一回斬ったら、その流れのまま敵から距離を取らざるを得なかった。
しかし、この土壇場だからこそミーシャはその苦手を克服しつつあった。
今の攻撃は距離を一切取らず、一息で10カ所を斬りつけた。しかも身体をひねって回転しながら同じ場所を斬ることで
『グァああああああああああああああアアアアアアアアァッッっ!!』
バケモノの怒号にすら怯まず、ミーシャの猛攻は止まらない。
傍から見ていたエドにはもうミーシャの姿を視認できなかった。『雷撃』そのものにも磨きがかかっている。
そして……バケモノがミーシャから距離を取ろうとする。
エドが本気で闘っても後退すらしなかった化物が、だ。
「逃がさないヨ」
短い言葉とともに遂に化物の、大樹すら想起させる太い腕が切断され、宙をまった。
『グぁアアアアァアアアアあああアアあああああァッッッッ!!!!!!!!!!』
今まで上げていた威圧がこもった怒号とは違う、まるで泣き叫ぶような悲痛の叫びがサザン一帯に響く。
しかし、ミーシャは気を抜かずバケモノの首元に剣を突き立てた。強靭のはずだった肉体を軽く突き刺さる。そのまま『雷撃』をお見舞いして高圧電流によって化物が倒れる。
ここでエドとミーシャは戦闘が終わった……
…………そう思っていた。
だが、バケモノの首から剣を抜くことができないことに気付いたミーシャ。
ミーシャの一瞬の動揺は間違いだった。
ミーシャの胴体を残った手で掴んだバケモノは軽々と持ち上げ、空高く投げ上げた。
そして空高く上がったことを確認すると、バケモノはミーシャが落ちてくるであろう地点にゆっくりと立った。
「待っ……」
エドの制止も空しく、バケモノはミーシャの身体に回し蹴りをお見舞いした。
一瞬のことで張本人であるミーシャは『
「グハアッ!」
ミーシャの悲鳴は骨が折れる音に阻まれ、そのまま家屋をいくつも貫通して地面を転がっていく。
「グハァッ! ゴボホッ!? ゴホッ、ゴホッ!!」
上体を起こしながら何が起きたのかもわからず血を吐きだしたミーシャの目の前に足を振り上げた化物が迫っていた。
「……ミーシャッ!!」
一瞬後には大地を根こそぎえぐり返すほどの大破壊が襲った。
※
大破壊に巻き込まれた栗色の髪の少女は大破壊に巻き込まれ倒壊した家屋の中に埋もれていた。
「グハッ……おじさん」
そばで全身から血が噴き出しているエドがいた。腕の関節は砕け、骨が外に突き出している。
「……み……シャ……か? ブ……じか?」
「……うん。大……丈……ぶ」
ミーシャの言葉が途切れ途切れなのは致命傷を負ったからかもしれない。
逆転劇からたったまばたき数回ほど、時間にして数秒。
その間に形勢はさらに逆転され、敗北が確定してしまった。
「まだ戦えるから」
ミーシャは刃折れの剣を手に立ち上がる。
残された刃の部分も今の衝撃で粉砕寸前だった。
その威圧も先程までは対抗できていたのに、ミーシャの全身が震えて止まらない。
大樹のようなバケモノが、大山脈を思わせるものに変わっていた。
バケモノが腕を振り上げられる。今度こそ絶体絶命。
「……?」
しかし、その腕の動きが止まる。
バケモノはミーシャとエドから視線を外し、一点に注目していた。
そしてとどめを刺さずに彼らの前から走り去る。
大破壊をまき散らしたバケモノの向かう先。
それに気づき、ミーシャは動き出そうとする。
「グハッ……」
吐血しながら前かがみに倒れ伏すミーシャ。
ミーシャの両足はものの見事に骨折していた。不幸中の幸いか、回復不可なところまではいっていなかった。
そしてミーシャは意識がブツリと途切れるのだった。
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