第12話 サザンの民

 城内でカイ達がゲルダと相対している間、外でもまた苛烈かれつな戦いが繰り広げられていた。

 洗脳を受けた獣人たちがエド、ティアラ、ミーシャに襲い掛かっていた。

 他の兵達はカイに続き、サザン城近辺に向かっていた。



「こんなに速いなんて正直予想外ね。しかも異常に躊躇いがない。ギフテルでやりあった獣人もここまで攻撃に偏った戦い方はしなかったわ」


「ちょっと違うな。どちらかと言うと痛みを感じていない、って言ったほうが正しいんじゃないか。洗脳されてるって話だから、痛覚が全く無いのかもしれねえ」



 エドは苦言をていしながらも、いつも使っている大剣はしまい素手による戦闘をしている。

 迫りくる獣人の顔面を掴んでは地面に叩きつけ、意識を刈り取っていく。



「ミーシャ、少しでも休んだら格好の獲物になるぞ」


「わかってるッ!!」



 獣人の速さに『雷魔法』を駆使して戦っていたミーシャだったが、魔力切れが近く、断続的だんぞくてきに魔法の使用をしていた。

 しかし、獣人の勢いはとどまることを知らず、次第にミーシャは攻撃から防御に集中力をさいていった。



「ミーシャ、後ろよ!!」


「キャッ!?」



 ティアラの忠告は間に合わず、ミーシャの後ろに回り込んでいた獣人が彼女に回し蹴りをいれた。よろめくミーシャに獣人達が襲い掛かる。

 しかし、その波をエドがなぎ払った。



「ありがとう、エド」


「感謝は後にしてくれ。マジで不味い。数が圧倒的に不利すぎる。大人数相手だったらオマエの出番だろティアラ!」


「……エドに命令されるのは……イヤ……」



 いつの間にか大人の女性の姿から、幼女の姿に変化したティアラは文句を言った。



「そんなこと言ってる場合か!? とてもじゃないがこの数を相手にするのは限界だ」


「……わかってる……」



 変身魔法を解くことで今から発動しようとしている魔法に魔力を分けようとしていた。



「万物に等しく加わる戒めに苦しめ、『超重力グラビティ』」



 その言葉とともに周囲一帯に立っている獣人の動きが鈍くなる。

 『超重力グラビティ』は対象とする者の重力を操る魔法。味方には影響がないが、消費する魔力量は尋常じゃない。

 それこそサザン一帯を覆う『超重力グラビティ』を発動できるのはティアラだけと言っても過言ではなかった。



「ナイスだ。あとはオレが……」



 エドの言葉とともに何かが発動した。

 エドが消えると同時に周囲にいた獣人たちはその場に倒れ伏してしまう。

 何が起きたのか分からなかったミーシャだったが、目の前に戻ってきたエドから発せられる魔力のしつに覚えがあった。



「どうして『雷撃』を使えるの!?」


「そりゃ、もともとマグナスの練習にはよく付き合ってたからな。アイツの魔法見て覚えたんだろうな」


「今の精度の魔法もお父さんは使えたの?」


「おいおい、そんなわけねえだろ。アイツはもっとすげえぞ。言葉にできないくらいすげえ!!」



 地上に降り立ったティアラがエドの発言にため息をつきながら。



「……下手な説明してないで……次の場所に……」


「そんな言い方ないだ……」



 そこで不自然なことにエドは気付いた。

 ティアラもミーシャも気付いたようだ。

 周囲から音が聞こえなかった。

 他のところでもティアラ達以外の兵士が獣人と死闘を繰り広げていたはずだ。

 しかし、やいば同士が触れ合う音も、傷を負ったときにあがるであろう悲鳴も聞こえなくなっていた。

 ティアラ達と同時に戦闘が終わった、というのも考えられなくもないが、その静寂せいじゃくには不気味なものがあった。

 まるで悲鳴を上げる暇さえ与えてくれないような化物が現れたような。



「……私が……見てくる……」


「ああ」



 神妙しんみょう面持おももちのティアラが『飛翔魔法ひしょうまほう』によって宙に浮かび上がる。

 もう少しでティアラがサザン全体を一望できる場所まで上がりきると思った瞬間。



「ティアラ、上だよッッ!?」



 ミーシャの忠告とほぼ同時に轟音が炸裂さくれつする。

 ティアラの頭上から落ちてきたが彼女を殴りつけたのだ。

 そのままとともに地面に打ちつけられるティアラ。

 地面には亀裂がはしり、めくれ上がった岩々が鋭い矢のようにエド達に迫る。




「何……ッ!?」



 驚いているミーシャたちの前で砂埃が晴れる。

 そこには地面に顔をうずめているティアラと、彼女の顔を砕く勢いで拳をめり込ませたバケモノだった。



『グァああアアアアアアアアアアッッッッ!!!!』



 バケモノの咆哮が鼓膜を破る勢いで響き渡る。

 なぜ今までこのバケモノに気付かなかったのか、なぜこのバケモノがこんな場所にいたのか、そんな考えすら一瞬で吹き飛ばしてしまうほどの危険な咆哮ほうこう

 エドは戦闘態勢に入ろうとするが、そのとき踏みつけにされていたティアラの唇が微かに動く。

 かすれかすれの声だったが何を言いたいのかはバカなエドにも分かった。



「いくぞ、ミーシャ! 舌だけは絶対に噛むなよッ!!」


「何を言っているの!? はやくティアラを助けないと……!?」



 有無うむを言わさず、ミーシャを担いだエドは『雷撃』によって加速しその場を離れようとする。



「今回ばかりは無理だ。情けねえ話だがあのバケモノは俺とカイが万全の準備をしてやっと勝負になるかってところだ。以前戦ったときはなんとか勝てたが、あれはそのときの何倍も……」



 エドの言葉が途中で途切れた。

 エド達の逃げ道をふさぐようにバケモノが落ちてきた。

 その異形の姿にエドは冷や汗がつたう。

 獣人のようなツノ、鬼気迫る顔からのぞく鋭利な牙、硬い表皮の内側から盛り上がる異常な筋肉。

 ミーシャも驚きのあまり言葉が上手に出てこない。



「……まさか2匹目?」


「違う。きっとティアラを倒した奴が追い付いたんだ。ほんっとにバケモノだな。おい、ミーシャ、オマエだけでも行け」



 エドはバケモノから視線を外さないように静かにミーシャをおろした。

 ミーシャは何か言おうとするが、緊迫した状況に一切の油断も許されないことに気付いたミーシャはエドに背を向けて走り出した。

 バケモノも敵を逃がさないと言わんばかりに動き出そうとするが。



「オマエの相手は俺だッ!!」



 バケモノの顔面にエドの拳がめり込む。そのまま両足が地面から離れ、地面を転がるバケモノ。

 エドも自分の手を見るが、血で汚れていた。返り血ではない。

 『魔甲まこう』で覆っていたはずの自身の拳から出血したのだ。

 それほどまでに目の前のバケモノの皮膚は硬かった。



「あとどれだけ持つか……。いや、ここで倒さないとな」



 エドは背負ったままの大剣をゆっくりと抜いた。

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