第11話 敵の正体

 カイ達が目的地の部屋につく。

 扉は開かれており、まるカイ達を誘い込んでいる。

 その中は城の他の場所よりも天井が高く、薄暗かった。何もない部屋だったが、その奥には一つの玉座があり、その枠に収まらないような横に太い男が座っていた。

 クロと同じようなネコ耳がついていたが、愛らしさなど全くなかった。



「まさか臆病者のクロがここまで来るとは思わなかった」



 短くそう告げる男はクロを睨む。

 見覚えがないのかクロも男を睨み返しながら。



「オマエは誰ニャ?」


「私か? このサザンで暗殺部隊のリーダーをしていたゲルダだ。今はオマエ達の敵としてここにいるがな」


「……そんな名前知らないニャ……」



 クロは短く呟くとダガーを取り出し、前に立っていたエレインとカイの横を駆け抜け、ゲルダに迫る。

 その速さに反応が遅れてしまうエレインとカイ。

 しかし、何かに気付いたラミアはエレインとカイの後ろから矢を放つ。

 矢先はまっすぐクロに迫っていく。



「何をしているのですか、ラミア様!?」



 エレインの制止すら気にせずにラミアは詠唱する。




「『必中ホーミングショット』」



 矢はクロに当たるか当たらないかのところで方向を不自然に変え、天井に向かって伸びていく。

 突如、矢と何かが弾ける金属音が響く。



「……まさか気配を消した私の存在に気付いてるなんて」



 ゲルダとクロの間に割って入るように一人の女性が静かに上空から降り立つ。

 女性の姿にクロの両目が驚きのあまり見開かれる。



「ど、どうして……」



 クロは一拍おいて言葉の続きを発する。



「どうして、……クロエ姉様が……?」



 クロの時間が一時的に止まる。

 その瞬間を逃さずにカイとエレインはクロの前に立つ。

 カイはクロに視線だけを送り、



「……クロの知り合いか?」



 クロは微かに頷く。

 泣きそうになっているが、それ以上に信じられないものを見ていると目が言っている。

 カイはその表情であらかた察してしまう。



「あの人はもう死んでいるんだな?」



 その決定的な言葉に隣に立っていたエレインの表情が固まる。



「死人……ということですか?」


「ああ、ギフテルで起きた事件についての書類に書いてあったはずだ。暗殺者のことが。あれは死者の魂を生きた人間に憑依ひょういさせていた。だが、クロの様子を見る限り……」


「今回は死者の身体に魂を憑依させたということですか?」



 カイは沈黙していたが、それをエレインは肯定と受け取った。

 エレインは目の前に頬杖ほおづえを突きながら座っている小太りの獣人の男をキッと睨む。



「死者をもてあそぶような魔法を貴様らは生み出したのか?」


「……死んだ人間なんて跡形もなく消滅するだけだ。それなら有効的に利用して何が悪い?」


「な、何を言ってるのか理解してるのか……!?」



 エレインの怒りを全く理解してないゲルダは目を丸くする。

 


「オマエは、いやオマエ達は考えたことがないか? 死んでほしくなかった人間を蘇らせることができると言ったらそんな綺麗事が言えるのか? なあルイアーナ出身の騎士達ナイトよ」



 その言葉にエレインとカイは押し黙ってしまう。

 ゲルダという男が故郷のことを、自分達のことを知っていることに驚愕きょうがくしていた。

 そして同じくらいにゲルダの言葉が魅惑的だったのだ。

 エレインとカイの失った物を取り戻せる。家族、村人、村そのもの。

 2人は返答に戸惑うなか、答えを大声で叫んだ者がいた。



「「そんなわけない(ニャ)ッッッつ!!」」



 クロとラミアの返答にカイとエレインは我に返る。



「私達はそれを乗り越えてここまで来た! それにお母様もあんな姿になってまで生きたいだなんて言わない! それをぜんと考えるのは生きている人間の勝手な妄想よ!」


「そうニャ。マルクもセナも最後まで辛そうだった……。現に今目の前にいるクロエ姉様だって苦しそうだニャ! ミャーはそんなことをしてまで姉様と生きたいだなんて思わないニャ!!」



 カイとエレインは目の前にいる女性・クロエに目を向ける。

 一切の面識のない女性だったが、カイとエレインにも分かる。

 その表情が悲痛に歪んでいることに。

 クロエはクロの発言に一瞬だけ顔がほころぶ。



「クロも大きくなったのね」



 しかし、その言葉を嘲笑ちょうしょうするゲルダ。



「全員が全員、オマエ達みたいに乗り越えられるわけではない」


「どういうことニャ……?」



 ゲルダは答えず、指を鳴らすとそれを合図に目の前の女性・クロエが動き出す。

 その速さにカイとエレインは見えなかった。

 そして2人の間に割って入るようにクロエは静かに立っていた。



「「!?」」



 カイが剣をさやから抜き取り攻撃を仕掛けようとしたが、その前にカイの眼前に誰かの足が迫っていた。

 それが顔面にめり込み上体がのけぞる、否、カイは咄嗟とっさに上体をらすことで攻撃をかわす。しかし、蹴り上げられた足はカイの顔の上で止まるとそのまま真下に振り下ろされる。

 今度こそかわせなかったカイの顔にクロエの足が深々と突き刺さる。



「グハッ!?」



 顔から地面に叩きつけられたカイは、そのまま身体の向きを変えたクロエに蹴り飛ばされる。

 何度も地面にバウンドしながら地面に転がる。

 


「兄さん……ッ!?」



 一瞬の気の迷いが命取りになることに気付いたエレインはクロを抱えて距離を取ろうとする。

 クロエは人間離れした速さで距離を詰めてきたが、エレインは手に握られたレイピアを一閃する。



「『水刃』」



 レイピアの切っ先から放たれた水の刃を、クロエは膝を地面につけ身体を低くしながら滑るように躱す。



「その程度の実力でここまで乗り込んできたの?」



 クロエの挑発にエレインは別の魔法を高速詠唱する。



「『地母神の加護クリエイト・アース』ッ!?」



 大理石がせりあがりクロエを潰すように挟み込む。鈍い衝撃とともに大理石の欠片を周囲に散らす。

 加減なしの大理石の挟撃は人体を簡単に肉塊に変えてしまう。

 しかし、



「『影移動』」



 エレインの影の中からクロエが姿を現す。

 影は死角に伸びていたのでエレインはそのことに気付かなかった。

 クロエの拳がエレインの背中に食い込む。背骨から耳に聞こえるほどの鈍い音が響き、エレインは地面を転がる。その拍子にクロも地面に打ちつけらえた。



「クロエ姉様……」



 クロは即座に立ち上がり得物を構える。

 迷いのあるクロの瞳に語りかけるようにクロエは口を動かした。 



「クロ……。貴方はもう守られるだけの人間ではいられない。むしろここにいる人達を守れるのはクロだけよ」


「…………」



 クロとクロエは互いに駆ける。

 クロの手に握られたダガーを振り抜く。しかし、クロエにはかすりもしない。



「さっき私のこの状態がとても辛そうって言ってたけど、貴方が倒さないと私はこのみにくい姿のまま生きなければならないわ」



 クロエはクロへの攻撃を一切躊躇いっさいちゅうちょすることは出来ない。

 無慈悲な拳がクロの腹を殴打おうだする。クロも地面に打ちつけられながらエレインのそばにうずくまってしまう。



「あと一人……」



 クロエが後ろに振り替えると、入り口のそばで退路を確保していたであろう金髪の少女の姿がなくなっていることに気付く。



「降り注ぐ矢の雨は一筋の逃げ道すら断つ、『無限の矢サウザンドアロー』」



 クロエの頭上から無数の矢が降り注ぐ。気付くのが遅れたクロエの全身を矢が貫く。



「ごめんね、クロ。だけどカイもエレインもアナタもここで死なせるわけにはいかないわ」



 矢に射抜かれたクロエ。クロエの両足を地面に縫い合わせるように矢は刺さっていた。

 それを『飛翔魔法』によって見下ろしているラミアは『風神の弓』に矢をつがえる。



「風神の怒りを知れ、『神風ゴッド・ウィンド』」



 ラミアの矢に魔力が凝縮ぎょうしゅくしていく。放たれた矢は空気を切り裂き、嵐の如く暴風をまとう。

 クロエは冷静にダガーを振り抜く。

 しかし、それは迎撃するための物ではない。あまりにも振り抜くのが早すぎる。



「……まさか……」



 それが何のモーションかラミアは即座に気付き、矢をつがえ魔法を高速詠唱する。



「『神風ゴッド・ウィンド』」



 ラミアが放つと同時に、クロエに迫っていた矢にも変化が起こる。

 向きを突然変え、ラミアに跳ね返った。

 魔力の流れを描くことによって、魔法の向きを変える技術。以前エルメローゼとの模擬戦で経験していたからこそラミアは即座に対応できた。

 向きを変えてラミアに跳ね返ってきた『神風ゴッド・ウィンド』ともう一つの『神風ゴッド・ウィンド』が正面から衝突する。

 その衝撃波は大理石の地面をえぐり、風圧がラミアとクロエの全身に切り傷を与える。

 


「……!?」



 暴風が収まった時、ラミアの見下ろしていた場所にクロエはいなくなっていた。



「ここよ」



 声のぬしは、宙を浮いていたラミアのすぐ近く、目と鼻の先に迫っていた。

 クロエは衝撃波が渦巻く中、部屋の壁面を足だけで登り、壁から宙にいたラミアに向かって飛び出したのだ。



「あの暴風の中を走ってきたの……!?」


「そのまさかよ!」



 クロエは拳を前に突き出すが、ラミアは躱した。

 ラミアの目の前を通り過ぎたクロエは向かいの壁に足から着地し、再度ラミアめがけて跳躍した。

 ラミアは『飛翔魔法』で浮遊した状態で戦っていた。

 それに対してクロエは脚力だけで空中戦を可能にしていた。



「獣人ってこんなに異常なの!?」



 ラミアの脳裏には今まで彼女達を先に進めるために外に置いてきた仲間たちのことがよぎった。

 それを察したのかクロエは。



「私が特別製なだけ。外で戦ってる獣人は私ほど身体能力は高くないから安心して、私との戦いに専念して」



 クロエの拳が遂にラミアを捕らえた。肩に攻撃を受けよろめいたラミアに追撃をかますため、方向転換をしたクロエ。

 『風神の弓』をしまったラミアは腰にたずさえた剣を抜く。

 拳をふるうクロエに躊躇なく振り下ろす。

 拳と剣がぶつかり合う。

 しかし、ラミアが握っていた剣のほうに亀裂が入る。



「剣にまで『魔甲まこう』を展開はできなかったみたいね」



 クロエは拳を引っ込めて、身体を回転させることでラミアの頭上からの踵落かかとおとしを食らわせる。

 地面に叩きつけられた衝撃でラミアは吐血をした。



「とっととカルバの王女を殺せ」



 淡々と告げるゲルダをクロエが睨みつける。

 


「そう睨みつけるな。オマエの言いたいことは分かる」


「……」


「俺がお前をよみがえらせた理由だろ。単純だ。オマエとの婚約を果たすためだ」



 ゲルダの言葉にクロエはハッキリと告げる。



「私は断った記憶があるのですが。ちゃんとそのむねのこともお伝えしてから死んだはずなんですが」


「オマエの意思は関係ない」



 身勝手な理由で蘇らせられたことを知り、クロエは殺気をとばす。

 それを一切気にせずにゲルダは告げる。



「私はオマエを物にするために体調を崩したオマエに毒を盛った。そしてミゲルに教わった『蘇生魔法』を使った。話は終わりだ。今すぐそこの人間たちを殺せ」



 その命令に顔をしかめたクロエだったが、地面に打ちつけられて動けなくなったラミアに向き直る。

 クロエは拳に力を込める。



「貴方達にはもう少し頑張ってほしかった。だけどこれでおしまいね」


「……勝手に終わらせないでくれるかしら」



 かろうじて意識の残っていたラミアは口を動かす。



「アナタが善戦できたのはクロの身内だったから。カイもエレインもそこらへんに迷いがあるのよね。けど、もう大丈夫じゃないかしら」


「何を言って……」



 そのとき左右に少年と少女が立っていることに気付いたクロエは咄嗟に跳躍してラミアから離れた。

 クロエのいた場所を、カイの剣、エレインのレイピアがかすめていた。



「申し訳ありません、ラミア様。もう大丈夫ですのでクロ様とともに後ろに下がっていてください。クロ様、ラミア様のことをお願いします」


「わかったニャ」



 クロはラミアを支えながら立ち上がり、逃げ道である扉の近くに寄った。

 その光景を見ていたクロエは驚きながら。



「意識を刈り取るように打ち込まれたはずなのに立てるなんてね」


「意識を刈り取るように打ち込んだ? 俺にはわざと急所を外してもらった感じがしたが」


「兄さんのおっしゃる通りです。私にもそう感じました」



 エレインとカイは得物を構えなおす。

 その光景に眉をひそめながらゲルダは言い放つ。



「クロエ、確実に殺せ」



 その命令にクロエは従うしかない。



「ごめんなさい。私にはどうすることも……」


「謝らないでください。すぐに終わらせますから」



 エレインの言葉とともに、3人は一斉に動き出した。

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