第2話 料理

 カイが目を覚ました。ベッドにうずめていた顔を上げる。

 若干視界がぼやけていた。



「なんかけむっぽいな……。この煙、リビングのほうから……」



 寝室のとびらから煙がわいていた。

 カイはゆっくりリビングに足を踏み込んだ。



「な、なんでこんなに煙が!?」



 煙の奥にカイは目をらす。

 そこには1人の少女が料理をしていた。

 腰まで届く金髪をみにし右肩かららしていた。

 その金髪は煙ですすけている。



「ラミア! 何やってるんだ!?」



 カイの視線の先にいた少女・ラミアの紅い瞳が煙の向こうから見えている。



「か、カイ! 今、料理しているから待ってなさい」


「りょ、料理!? こげてるじゃないか!!」


「だ、大丈夫だから引っ込んでて。なんとかなるわ! ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ!」



 次第に彼女のあかひとみも黒く染まっていく。

 カイも煙が目にかかり涙目になりながら。



「いいから料理をやめてくれッ!」



         ※



 それからしばらくしてカイもラミアも煙で全身黒ずんでしまった。

 ラミアは身体を洗い、カイはラミアの不始末ふしまつを片付けた。

 ラミアが着替えを済ませてリビングに戻ってきた。



「一体、どうしたんだ? 急に料理なんて……」



 ラミアは視線をそらし、両手の人差し指同士を身体の前でコツコツと合わせる。



「その……最近、私の出番少ないじゃない? この前だってクロがメインで進んだし……」


「は、はあ……。まあ、クロにとって重要な事件だからな」


「それにクロやアナタには色々助けられたし、やっぱりクロのことが心配で……」



 クロはギフテルの1件以来、帰国後ずっと、エルメローゼに修行をつけてもらっている。

 クロなりに今後の事を心配した結果だった。



「気持ちは分かるが、料理作ったことないのに挑戦しようとするなんて……」


「し、仕方ないでしょ! 誰にも教われないんだから!」


「俺が教えてやってもいいが、これから忙しくなるからな。いっそのことミネルバにでも教わればどうだ?」



 ミネルバはエルフであり、ラミアの護衛を務めている人物で今もカイの自室の隣の部屋で生活していた。



「ミネルバはダメよ。というか、なぜかエルフの人達に料理を作らせても……、肉の丸焼きとか、生野菜を切っただけみたいなものが出てきて……」


「エルフの村じゃ、あまり工夫して料理することが無いのかもな。クロには、もう少し肩の荷を下ろしてもらいたいって気持ちは分かるが、料理を教えられる人物が……」



 2人が頭を悩ませている所にカイの部屋のとびら唐突とうとつに開かれる。



「ドラゴンを討伐したとき以来の登場でーす。キリアのメイド隊リーダー・スーさんですよー」



 部屋に入ってきた人物は幼女の姿でピンク髪のショートボブが特徴的だ。キリアのメイド長である。

 彼女の言う通り、最後の出番がサイラス戦であり、以降、一度も登場していなかった。



「そろそろわたしに脚光きゃっこうを浴びせてくれてもいいんじゃないですかー、団長ちゃん?」


「……。本格的な出番はまだ先かも……」


「そんなー。エルちゃんだって正体明かして、技を伝授でんじゅさせるだけって、私達の扱いひどくないですかー」


 

        ※



「くしゅんッ!」


「どうしたニャ、エル先生? 具合でも悪いのかニャ?」


不快ふかい、誰かが失礼な発言をしている気がするわ……」



 クロとエルメローゼは訓練場で模擬戦もぎせんを行っていた。

 サザンとの戦いに向け、クロなりにできることを1からやり直していた。



「ここには誰もいないニャ」



 今日は訓練学校も休みでエルメローゼはクロの修行に協力していたのだ。



「気のせいね。それと、先程のクシャミ、忘れてくれるとうれしいのだけど」


「ええ、可愛いらしいクシャミだったニャ。忘れられそうに……」



「わ・す・れ・な・さ・い」



 無表情のまま1文字1文字区切りながら発音したエルメローゼから放たれるあつに。



「わ、分かったニャ」



         ※



「そんなわけで、わたしにもそろそろ役目を与えてほしいのです!」


「今までの暗い雰囲気ふんいきを台無しにするな、スーさんは」



 カイはスーの底なしの明るさにあきれる。

 スーはラミアに視線を動かし、



「暗くへこんだって仕方ないです! 現にラミアちゃんはクロちゃんに明るくなってほしいわけですし。わたしが料理を教えてあげてもいいですよ!」



 ラミアは顔を引きつらせる。



「わ、私、この子のノリについていけないんだけど……」


「『子』じゃないですよー。わたし、こう見えて団長ちゃんより年上なのです!」


「余計、痛々いたいたしいわね……」


「まあまあ、いいですから。カイちゃん、この子借りていきますからねー」


「え、どこに連れていくのよ!? 放して……って、何この握力あくりょく!? 振り払えないんだけど!」



 カイは2人を見送ったが、あらしのような展開に何も言えなかったのだった。



         ※



 カイは書斎しょさいにてマグナスと会話をしていた。

 銀色の髪にエメラルドグリーンの瞳。片方だけ伸びた前髪からチラチラと瞳が現れる。本人いわく、オシャレらしい。

 サイラスとの戦争で左腕を失ったが、命に別状はなかった。



「カイ様、メルクーリ様のおっしゃった通り、軍の準備は進めました。サイラスとの激戦、キリアの復興から時間も経っておりません」


「ああ、だから、キリアから出せる兵は1000だ。あとは、カルバと本国に頼むしかないだろ。幸い、ギフテルの兵は最近、手持無沙汰てもちぶさたらしい」


「そうですか。置いていく兵についてはどのように……?」


「今回は傷のえていないキリアにとってはかなりきびしいものになる。だからと言ってエドやティアラを連れて行けばキリアで何かあった時に対処できない」



 マグナスはカイから渡された1枚の報告書を見ながら。



「獣人は戦闘能力が常人の何倍もあるとされています。カルバとギフテルの最初の戦争のときは、まだカルバとサザンは協定を結んでいませんでしたから、彼らの実力は未知数です」


「一応、サザンの暗殺者と戦って、俺は2敗もした。単純な力だけでなく、技量も高かった」



 マグナスはキリア兵の名簿めいぼを見ながら、



「彼らの動きに対応できる兵だけを連れていくのがベストだと思います。サザンの民が洗脳されている可能性がある以上、私達のことを躊躇ちゅうちょなく殺しに来るでしょう」


「……主戦力になるとしたら、大多数を相手にできるティアラか。あとミーシャなら獣人の速さについていけるか」



 マグナスは顔を上げる。



「ミーシャの小隊は前回のサイラス戦で疲弊ひへいしていたはずですが……」


「いや、ミーシャの小隊は同行できないが、ミーシャ自身は全快ぜんかいしている。連れていく価値はある」


「カイ様の言う通り、単体の実力なら獣人にも引けは取らないかもしれませんね。それとエドも連れて行くべきでしょう」


「……エド? お世辞せじにも、獣人の速さについていけるとは思えないが……」


「少々、不快な話になると思いますが、エドはダグラス=レレイを圧倒するほどの実力者です」



 ダグラス=レレイ、ミーシャの父でカルバの騎士だったが、エドとの戦闘で死んでしまった。

 久しぶりに聞いた名前にカイは首をかしげる。



「ダグラスはそんなに強かったのか?」


「カイ様は知りませんでしたね。ダグラス=レレイはカルバの騎士団長を務めるほどの男です。『雷光らいこう』という異名をつけられ、戦場に降り立てば、その姿を見る者はいないと言われるほどで、大陸一の『雷魔法』の使い手と言っても過言かごんではありませんでした」


「エドはそんな奴に勝ったのか?」


「はい。ダグラスが死んだあの日の話になります。その場にいた誰も2人の姿を捕らえることは出来ませんでした。何度かまばたきをしたら、目の前に血を流したダグラス=レレイをエドが見下ろしていたのです」


「ダグラスとの戦闘についてくわしく聞いたのは初めてだが、そんなにすごかったのか……」


「おそらくエドなら獣人の速さにも余裕よゆうでついていけると思われます」


「エドは連れて行ったほうがよさそうだな。なら今度は……」



 カイ達はサザン奪還だっかんに向けて着々と準備を進めるのだった。

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