第3話 感動のちに激怒

 ラミアが料理している間、カイもまた資料整理にいそしんでいた。

 書斎しょさいで寝泊まり状態だったカイが数日ぶりに自室に戻ってくる。

 ノブをまわし自室に入ると、



「…………」


「ウウウウゥゥゥ……、どうしてノックもせずに入ってくるのかしら……?」


「俺の部屋だし」



 カイの視線の先にはラミアがいた。

 それだけなら良い。

 実際、ラミアとクロはカイの部屋で生活していた。



「あ、あんまりジロジロ見ないで!」



 ラミアはメイド服を着せられていた。

 黒と白をベースにし、スカートのすそは短く、金髪にはカチューシャまでつけている。

 さらに、胸元が開けており、豊かな胸がカイの視界に飛び込む。

 スーの趣味しゅみらしい。

 部屋の奥からスーが現れる。



「何をやるにも、まず形から! 料理を作るなら、まずはメイド服に着替える。これは鉄板ですよー」


「鉄板じゃないわよ! 別にメイドになりたいわけじゃないんだけど!」



 ラミアの深紅の瞳がスーをにらみつける。

 しかし、スーはさらにラミアをからかった。



「またまたー。クロちゃんとカイちゃんにご奉仕ほうしするために料理だって頑張ったじゃないですかー。見てくださいよ、カイちゃん!」



 スーの視線を追うとテーブルの上に色とりどりの食事が並んでいる。

 丹精たんせい込めて作ったのがよく分かる。

 そこに汗を洗い落としていたであろうクロが 着替えてリビングに来た。

 口から少しヨダレをらし、猫耳をひくつかせながら。



「良い香りにゃ……。これだけでも満たされそうニャ」


「クロちゃん、ラミアちゃんが数日間修行して1人で作ったんですよ! クロちゃんを喜ばせるために!」


「な、何言ってるの!?」



 クロはラミアに近づき静かに抱き着く。

 クロの両手に力がこもる。



「ちょっとクロ、どうしたの!?」


「ありがとうニャ、ラミア。ミャーは大丈夫ニャ。気を使わせちゃったニャ」



 いつもの明るい声でなく、切実な声で言ったためか、本当に感謝しているのが伝わってくる。

 ラミアはクロの頭をなでながら。



「ほ、本当よ……。もう少し、リラックスしなさい。あの子達も言ってたでしょ? 『ずっと笑って』って。気を張り詰めすぎなのよ」


「……本当にありがとうニャ」



 彼女達のやり取りをハンカチを取り出し目に当てながらながめていたスーは両手を叩くと。



「さて! ご飯にしましょうか! みんな座って、座ってー!」


「スーさんもここで食べるのか?」


「いいじゃないですか、団長ちゃん。ラミアちゃんが張りきって作った料理を食べそこねるなんてできません」



 全員が座り、スーが椅子いすの上で立つ。

 身長が低く座っていたらスーの顔が全く見えないのだ。

 そして彼女は両手を合わせて口を開いた。



「それでは、いただきまーす!」


「「「いただきます(ニャ)」」」



 スーの掛け声とともに競争が始まった。

 クロとスーがものすごい勢いで料理をたいらげていく。



「「うまい(ニャ)ッ」」



 そう言いながら、次々と料理に手を伸ばしていく姿をカイとラミアは口を開いたまま眺めていた。



「お、俺の分が……」



 開始数十秒ですでに一皿なくなった。

 カイはあきらめて別の皿に手を伸ばそうとするが、すでにない。

 また別の皿。

 次の皿。

 さらに次の皿。



「ほほさいひん、しゅひょうばっふぁで、まほほなほはんはべはのひはいふりニャ! (ここ最近、修行ばっかで、まともなご飯食べたの久しぶりニャ!)」


「わはひほへす! はひはひゃん、ほのわはひはほほふて、へふやほはひはひはかは(私もです! ラミアちゃん、物分かりが遅くて、徹夜もありましたから)」


「ほへははひへんはっはひゃ(それは大変だったニャ)」



 なぜか会話の通じている2人の食べ方にラミアが激怒する。



「アンタら!! 食べるかしゃべるかどちらかにしなさいよ!! というか、私達の分ないじゃないの!!」



 すでにテーブルの上の料理は半分以上クロとスーの胃の中だ。

 スーは一息つくように、食べ物を飲み込むと。



「また作ればいいじゃないですか。今のラミアちゃんなら朝飯前あさめしまえですよ!」


「そうニャ! オカワリも欲しいニャ!」



 ラミアのこめかみに青筋あおすじが浮かぶ。

 さらにクロとスーの会話が続く。



「ラミアちゃんはすこし短気ですよ。わたしがちょっとからかっただけで怒りだすんですよ!」


「昔からラミアはちょっとしたことで怒るニャ」


「王女として贅沢ぜいたくな生活をしたことによる弊害へいがいですね、きっと」



 その言葉に徐々にラミアの顔にかげりが見える。

 カイは隣に座っている彼女の反応に気付き。



「ちょ、ちょっと落ち着け、ラミア……。クロとスーさんもその辺で……」



 ラミアの血管が切れた。



「ッザケンジャナイワヨおおおおおおおおおお!!」



 この日、本当にカイの部屋にあらしが巻き起こった。



         ※



 カイの部屋はラミアの魔力の暴走で様々な物がこわれた。

 彼の咄嗟とっさの機転で、かろうじて料理だけは死守したが、スーとクロは嵐にのまれ床につっぷしていた。



「ハア、ハア、ハア……」



 いまだにラミアの顔から怒りが抜けていない。

 カイも冷や汗をぬぐいながら話題を変えることにした。



「そ、そうだ、ラミア!」


「ナ・ニ・ヨ!?」



 かみによって、紅い瞳に影が映りこんだ姿にカイも腰を抜かしそうになる。

 激怒したラミアはおそらく今のキリアで一番強い。



「ま、まずは落ち着いてくれ!」


「ええ、もちろん落ち着いてるわよ」


「…………」


「落ち着いてるわよ。早く話しなさいよ」



 恐る恐るカイはラミアに1枚の紙を渡す。



「今回のサザン奪還作戦について……なんだが、エルフの村にも協力をあおぎたいんだ」


「どうして私の許可を求めるわけ?」


「ミネルバにも協力をあおぐが、エルフの村の人達を動かすためにはラミアが一番適任だからな」


「へー、私をダシに使うつもりなのね。分かったわ」



 ラミアが嫌味を言いながらもカイの提案を受け入れた。

 カイとラミアの話をよそに、家具などが倒れまくった床につっぷしているスーとクロが、



「ちょ、調子に乗りすぎましたー」


「ラミアを本気で怒らせないほうが良いニャ……」

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