第4話 新たな同居人

 ある日の夕方。

 やはりレオンはやることもなく、部屋の中を掃除していた。

 すると、ドアがノックされる。

 突然のことでレオンの身体がねる。

 外からはエドの声が聞こえる。

 彼はレオンをこの国に連れてきた張本人ちょうほんにんだった。



「……どうぞ」


「よう、元気にしてたか?」



 エドはここ1、2週間ほどカイの前に姿を見せていなかった。



(また王になれって催促さいそくか?)

 


 とレオンは思い身体がこわばる。

 エドの後ろでおびえていた少女が一人、レオンの目にとまった。



(まさか、自分のようにさらってきたんじゃないだろうか?) 



 レオンはエドをにらみながら、



「この子は?」



 としは13ぐらい。

 栗色くりいろかみひとみ

 瞳のほうは髪よりも薄くき通っていた。

 エドに娘がいるなんてレオンは聞いたことはなかった。



「ああ、こいつはミーシャ。俺の友人の娘さんだ。ミーシャ、コイツはカイ、この国の王だ」



 レオンは否定しようとするが面倒くさかったので開きかけた口を閉じた。

 代わりに疑問に感じたことをたずねる。



「友人って?」


「戦死したんだ。この子はそいつにたくされた」


(友人が戦死……、もしかして、ルイアーナが襲撃しゅううげきされたときに俺が殺した奴らの中にいたのか?)



 レオンの背中に寒気が走る。



「安心しろ。オマエじゃない」



 レオンの考えていることがわかったのか、エドがつけくわえてきた。



「そ、そうか。で、この子を……どうする?」


「一時的にここで一緒いっしょに生活してくれないか?」



 レオンとしては、与えられた部屋があまりにも広すぎるため、かなり居心地が悪かった。

 それに、この少女を見ていると妹のエレインを想起そうきさせる。



「別にいいが……」



 レオンがそう返答すると、エドは部屋を出て行こうとする。

 その背中はどこか小さく見えた。

 レオンはエドから視線を外し、部屋に入ってきた少女に視線を移した。

 ミーシャと呼ばれた女の子は薄汚れた服を着ており、髪はぼさぼさだった。



(掃除をした後で入ろうと思ったんだが……)



 カイはため息をつきながらも、簡易風呂にミーシャを入れ新しい服にきがえさせた。



「ご飯でも食べるか?」



 ミーシャは何も言わずにコクコクとうなずいた。

 レオンはすぐさま準備して、料理がテーブルのうえにならべる。



「……いただきます」



 ミーシャは小さくそうつぶやくと、警戒けいかいしながらそれを口に運んだ。



「……お……いしい」



 そのまま一生懸命食べていくと、突然ミーシャのほほを涙が伝った。



「ど、どうした、なにかまずかったか?」


「ち、ちがう。ただ泣きたくなっただけ……」



 少女の涙に戸惑とまどってしまうレオン。

 食べ終わって涙をふいてから、ミーシャはゆっくりと口を開いた。



「私のお父さんは、……あのオジサンに殺された」


「あのオジサンってエドのことか?」



 うなずいた少女にレオンは言葉を失った。



(つまりエドに殺されたのに、ミーシャの父親は彼にこの子をたくしたのか? 意味がわからない) 



 とレオンは頭を悩ませたが、ミーシャは淡々たんたんと話を続ける。



「村のみんなでししているときに、あのオジサンが来てお父さんを殺したって言いました」


で引っ越し? 村をでて難民になったということだろうか? エドがそのときに、この子に会ったのか……)


「私、オジサンにお父さんの剣を渡されて、俺を殺してくれって頼まれて。だけどできなかった……」



 ミーシャはうつむいてしまう。

 レオンはミーシャに近づいて、背中をやさしくなでた。

 涙をこらえようと必死だった背中が小刻こきざみにふるえていることに、レオンは気付いたのだ。



「ウゥ……、ゥッ……、」



 食事の手が止まりミーシャの栗色のひとみから涙がこぼれるのだった。



          ※



 ミーシャはしばらくしてからてしまった。

 かなりつかれていたのだろう。

 レオンは部屋にあるベッドに寝かせた。



「もうひとつベッドも必要だな。今はそれどころじゃないが」



 レオンは部屋をでて、エドを探した。

 どうしてもミーシャの話の内容が気になってしまったのだ。

 エドは城下町を一望できる巨大なベランダで外をながめていた。

 背中越せなかごしにレオンがいることに気付いたのか、唐突とうとつに、



「俺はな、昔カルバで騎士をやっていたんだ」



 開口かいこう一番驚きの発言をした。



「だけどギフテルとの最初の戦争。あまりに激しくて戦場一帯に死体の山がきずかれた。オレは戦場の真ん中で力尽きた。気絶したオレを元クソ王子、カイに拾われこっちの兵士になったんだ。それからはワガママ王子のいうことを聞く毎日だった」



 レオンが困惑こんわくするのも気にせず、エドはさらに続ける。

 今まで一人でため込んできたであろう不満をぶちまけるように。



「元王子は素行そこうがクソ悪くて、帝国の王になる素質はなかったから、この国境こっきょうに近いキリアにとばされたんだ。だが元王子は勘違いをして、自分が認められたからこんな国境近くの国を任されたと思い込んじまった。それから国内の盗賊を集めて近くの村を攻撃した。盗賊であれば宣戦布告せんせんふこくせずともキリアがしかけたとはバレないとふんでな」


「もしかして、それで、そんなことでおそわれたのか、俺の村は?」


「ああ」



 王子カイはすでに死んだ。

 盗賊の連中も。

 レオンは行き場のない怒りをなんとかおさえる。



「それがミーシャとなんの関係がある?」


「ルイアーナを襲う前にある村を襲った。そのとき運悪くカルバの騎士とはちあわせしちまった。そのなかに友人、ミーシャの親父がいたんだ」


「それで、その人を殺してしまったのか……」


「そのときアイツは俺に『むすめを頼む』と言った。理由までは聞けなかったが……」



 レオンは質問を続ける。



「ミーシャの居場所を知っていたのは、カルバの騎士だったからか?」


「もともとミーシャのことは、あの子が赤子あかごのころから知っていたからな」



 レオンは、ミーシャに殺せと頼んだエドの真意を聞いた。



「俺にもわからねえんだ。ただミーシャの絶望した顔を見たら自分の首をらせれば少しは気分がれるんじゃないか、って変なこと考えてた」



 レオンは故郷で起きた襲撃を思い出しながら強く言う。



「実際に盗賊の奴らを斬っても俺の気持ちは晴れなかった。怒りはそんな簡単に収まる物じゃない」


「体験談を聞かされちゃ、何も言い返せないな」



 エドはそれ以上何も話そうとせず、レオンはその場を後にした。



          ※



 部屋に戻るとミーシャは眠り続けていた。

 しかし、すごく苦しそうに左手を何もいない天井に向けて伸ばしている。



「パパ、行かないで……」



 ミーシャの左手が震え、ひたいには汗が吹き出していたのでレオンは両手でしっかりとミーシャの左手を握ってやった。

 まるでミーシャは、レオン自身のうつかがみのように思えた。

 家族を失い、居場所を失い、何をこれからすればいいかも分かっていない彼女がレオンと重なった。



「……大丈夫。ここにいるから」



 レオンは手に力を込める。

 安心したかのように、ミーシャの身体全体から力が抜けたのだった。

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