第5話 似た境遇なのに……

「パパ、……いかないで」



 パパは自分と同じ栗色の瞳に髪をしていて、常に王国の騎士として手入れを欠かさなかったひげが特徴的だった。

 パパは優しい笑みを浮かべながら私の頭を優しくなで、離れようとする。



「ま、まって」



 私は目を覚ました。

 左手のほうが温かく感じた。

 そこには昨日会った男の人がいた。

 地面に両膝をついたまま顔をベッドにうずめている。

 たしか、名前は……カイさん。

 私よりすこし年上、それしかわからない。

 だけど、どこか安心する。今握ってもらっている手はすごく温かかった。

 しばらくしてからカイさんが目を覚ました。



「お、おはようございます。え、ええとカイさん」


「……おはよう、ミーシャちゃん」


「あ、あのこの手は……」



 私は握られている手をみる。



「ご、ごめん、君の身体が震えてて、手握ったら落ち着いたから」



 私はずかしさのあまり顔が暑くなってしまった。



「こ、ごめんなさい。も、もう大丈夫です」



 カイさんは私の手をはなすと寝室を出ていった。

 しばらくしてから、私も寝室をでるとテーブルの上に朝食がならべられていた。

 私はカイさんと一緒に朝食をとった。

 父は城での仕事が多く、いつもは一人で食事をしていたから新鮮に思えた。

 朝食をとりおえてから、私はカイさんに聞いた。



「カイさん達は何者なの?」


「俺たちは……このキリアで生活している」


「キリア?」


「ギフテル帝国に支配されている国の一つとでも言えばいいのか」


「ギフテルって今カルバと戦争している……あのギフテルですか?」


「ああ」



 私は衝撃を受けた。

 エドのオジサンがつれてきた場所は敵国だったのだ。

 私が聞いたのは、エドのオジサンがお父さんを殺したことだけ。

 いや、お父さんを殺した時点でなんとなく分かってはいた。

 だけど、オジサンはカルバの人だと思っていたから驚かないではいられなかった。



「エドのオジサンもこの国の人なの……?」



 カイさんは黙っていた。

 たぶん嘘をつけない人なのだ。

 私は一つの疑問を口にした。



「なんで、お父さんは死んだの……?」



 お父さんが弱かったから? オジサンが強かったから? それとも。

 私の質問に一瞬戸惑いの色を見せるカイさん。



「それは……この戦争のせいだ。戦争がなければ君のお父さんも、エドも戦わずにすんだ、かもしれない」


「……エドのオジサンは昔から私の面倒をよく見てくれたの。そんな優しいオジサンが、お父さんを殺したのは戦争のせい……」



 カイさんは、気まずそうに質問してきた。



「君はエドが憎いかい?」



 私はよくお父さんに言われたことを思い返しながら答えた。



「……お父さんを殺したのは許せない。けど、うらみつらみから剣をとるのは騎士のはじだ、ってお父さんも言ってた。だから殺したいとは思ってな……い」



 言葉とは裏腹に悲しみが押し寄せてくる。我慢しても涙があふれてくる。

 昨日、あんなに泣いた、のに……。



           ※



 レオンは驚いた。

 自分と似たような境遇でありながら、この子は剣をとらなかった。

 単にエドが怖かったからとかそんな理由じゃない。

 目の前の少女は父の信念を受け継ぎ実行した。

 それに対して、レオンは憎しみに任せて盗賊や兵士を皆殺しにしてしまった。

 村を攻めてきた兵のなかには無理矢理連れてこられた人間もいたのかもしれない。



(じいちゃんが言っていた『誰かを守るために人を殺す』んじゃなくて、私怨しえんで剣を振るっていたのか、俺は……)



 ミーシャのおかげでガリッタの言葉の真意をレオンは初めて理解できた気がした。

 レオンはそれを気付かせてくれた感謝も込めて、



「君は強いな」



 カイは、泣いているミーシャの頭をなでる。

 しかし、彼女の目は昨日と違い弱々しさが薄れ、何かを決意したような強い目をしていた。

 それは感情に任せて出た言葉なのかもしれない。

 だけど、だからこそ、切実な思いであることをレオンは痛感した。



「…………わ、わたし、いつかこの戦争を終わらせて……自分と同じ、思いをする人を減らせるように、戦い……たい」



 彼女の決意はレオンに伝わった。

 それはきっとレオンに欠けていた物。

 ずっと失った日常に思いをはせる不毛な考えが一転する。

 この国に身を置いていても出来ることは絶対にあった。

 ミーシャの言葉は彼に答えをくれた。

 そのお礼も込めるようにレオンはミーシャに言った。



「ああ、俺もだ」



 レオンの顔には以前のような生気を取り戻しつつあった。



           ※



 エドは昨日と同じベランダにいた。

 彼がどこを眺めているのか、レオンには分からなかった。



「エド、ミーシャはこの戦争を終わらせたいって言っているが、オマエの意見も聞かせてもらえるか?」


「突然、どうした?」


「オマエがわざわざクズ王子を殺して、俺に王をやらせようとした本当の理由が知りたいんだ」


「気づいていたのか!?」


「盗賊を殺した記憶があっても、クズ王子を斬った記憶だけはどうしても見つからなかったがオマエの反応で確信した」



 エドは寝癖ねぐせのついた髪をかきながら乾いた笑い声をあげる。



「ドジんだな。そうだな、アイツを野放しにしたら被害にあう村はもっと増えた」


「エドには『契約の書』があったんじゃないのか? カイを殺すことができたのか?」


「『契約の書』はあくまで命令に絶対遵守ぜったいじゅんしゅだけだったからな。殺そうと思えばいつでも殺せたんだ」



 ベランダから外を眺め続けるエドは話し続ける。



「だけど王の代理が務まりそうな奴を見つかるまでは、あの王子を生かしておいた」


「それだけか?」


「ああ、最初はそれだけだった。けど、この惨状さんじょうを見たなら、バカげた戦争を終わらせる協力をしてくれる。そう感じた。村を滅ぼされたオマエなら尚更なおさら、な」



 村民の少年に期待を持ちすぎだが、エドもこの戦争を終わらせたいらしい。

 レオンはエドに強く問いかける。

 少し前までは全てを失いナヨナヨしていた少年の物とは思えないほど力強い言葉に、エドは外を向いていた顔を彼に向ける。



「つまり、エドは戦争を終わらせたいんだな?」


「……ああ、勝手を言っているのはわかっている。この国のせいでオマエもミーシャも日常を壊されたんだからな」


「まったくもって、そのとおりだ。だが遅かれ早かれ、村も戦争の被害にあっていた」



 あの人間の焼ける惨状を見たからこそ、この国のえに苦しむ人間を見たからこそ、ミーシャの言葉に心動かされたからこそ、ただ強くなりたいとしか思ってなかったレオンに変化をもたらした。

 次の目標が見えてきたのだ。

 失った日常を追い求めるのではない。



「……だから、これ以上誰かの日常を壊されないように、この国の王になって戦う」


「オマエは妹を探さなくていいのか?」


「探したいのも山々だが、危険がつきまとう世界で俺達2人だけじゃ生きられないからな」



 レオンは頭の中を整理する。



(それに、今のアイツをなら、なんとかしてくれるかもしれない。今はそれに期待するしかない)



 エドは、レオンの決意を聞くが、やはり現実味を感じないのかふざけた調子で言う。



「オマエの決意は嬉しいが、俺はこの国の奴らにうらまれているぜ。オマエの邪魔じゃまになるかもしれねえ」


「恨まれた程度でいなくなられても困る。オマエも文句言わずに王である俺に従え」



 エドの言葉をすぐに一蹴いっしゅうするが、急に恥ずかしくなってきたのかレオンはあかくなる。

 しかし、それの効果もあった。

 エドは吹っ切れたように笑い出し。



「ふ、ハハハハッ! 締まらねえ王様だな。はいはい、わかったぜ」



 エドは自身のふところから、しわがついた紙のようなものを取り出す。

 レオンの行動を縛り付けていた『契約の書』だ。

 彼はそれをビリビリに破り去り、紙くずをベランダから投げた。

 そしてレオンに向き直りエドは右手を前に出す。

 レオンも右手を出し、しっかりエドの手をつかむ。

 この日、本当の協力関係ができたのだ。



「これからよろしく、カイ王子」


「ああ」

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