第7話 予想外の初戦

 進軍して数日。

 荒野の上空を飛んでいた私はキリア兵を遠目とおめで見ながら、



「……数は……数百……」


拍子抜ひょうしぬけね。これならすぐ終わるんじゃないかしら)


「…………」



 『嫉妬レヴィアタン』からため息がこぼれる。



(キリアの王子をつかまえたら、あの連中が村から出て行ってくれるなんて本気でしんじているの?)



 そのくらい分かっていた。

 だが、ここできびすを返したところで状況が悪化あっかするだけだ。

 私一人ではあのエセ神父の集団しゅうだんを倒すことができるとは思えなかった。

 今は解放してくれるという言葉に期待きたいいだくことしかできなかった。



(あの『瞬間移動』、たねが分かれば対処たいしょ可能かのうなのだけど……)


「……一回いっかいしか……見てない……」



 一回しか見てない魔法をくわしく解析かいせきすることは難しかった。

 それで失敗しようものなら、村人の命にもかかわる。



(貴方の考えは変わらないのね。なら、まずはあの軍をつぶしましょうか)



 近づいてきた軍に目を向ける。

 数百人規模の軍だがそのほとんどが粗末そまつ装備そうびを身に着けていた。

 そのなかで2人だけ重装備じゅうそうびまとっている空気がちがった。



「……あの人達……強いかも……」


(でも他の連中れんちゅう無力化むりょくかすることは難しくなさそうね)


万物ばんぶつに等しく加わるいましめにくるしめ、『超重力グラビティ』」



 魔導書を顕現けんげんさせ、詠唱えいしょうすると、本が風になびいて次々とめくれていく。

 そして発動された魔法は周囲1キロメートルの敵にかかる重力を大きくする。



「……しぶとい……」



 一般人ならこの重さにえられず、ひざをつき、最後は地面にいつくばることになる。

 しかし、目の前の軍はそのあゆみを止めようとはしなかった。



(かなりきたえられているわね。誰一人として止まらないわ。『超重力グラヴィティ』だけじゃ弱いのかもしれない)


「……わかってる……」



 私は今度こそ動きを止めるために別の魔法を発動した。



睡魔すいまが我らを死地しちへといざなう、『眠り地獄ユートピア』」



 私は敵軍の目の前にり立った。

 そして私を中心に朱色しゅいろけむり噴射ふんしゃされる。

 煙につつまれた軍は睡魔に襲われ地面に倒れていく。



「……これで……」


(どんな化物も一瞬で昏倒こんとうするレベルなのに、あの2人は異常いじょうね)



 私の前に立っていた二人の男はフラフラだが前進し続けていた。



「おい、団長。まさかこの程度で倒れるわけねえよな」


「口が痛すぎて眠気ねむけめた」



 団長と呼ばれた少年は口元あたりから血が流れていた。

 おそらく彼はくちびるをかんで、眠気を振り払ったのだ。



「唇かんだけど、ちょっとマズいな」


「この程度でを上げるなよ、団長」


「エド、お前が化物すぎるだけだ」



 目の前の2人の言い争いを私は唖然あぜんながめることしかできなかった。

 これ以上は私も本気でたたかわないといけない。 



「……ここで……倒れて……お願い……」



 2人の男はそこで私の存在に気付いたのか、おどろきの声を上げた。



「こんなところにいたらあぶないぜ、じょうちゃん。たまたまとはいえ、こんな戦いにき込まれるなんて不幸だったな」


「そうだな。エド、急いでその子を遠くに連れて行ってくれ」



 その反応に『嫉妬レヴィアタン』が吹き出してしまう。



(世界にはこんな可笑おかしな人間がいるのね。この状況下で私達のことをさきに心配するなんて。それよりもこの魔法の中で普通ふつうに話せるのがすごいわ)


「……何者……」



 私の質問に超大柄ちょうおおがらな男が口を開いた。



「オレはエド。こっちにいるのがカイだ。うちの団長だ」


「おい、あまり無闇むやみに俺の名前を出すな。俺は悪目立わるめだちしてるからな。エドのほうこそ、この程度の魔法で判断がにぶっているんじゃないか?」



 その言葉を皮切かわきりに再度、2人の男が口論こうろんを始めた。

 驚いていた私だったが、カイ、という名前に我に返った。



「……貴方達を……つかまえる……」



 私は今使える最高火力の魔法を放つ。



「神の怒りはついに大地の民達たみたちを飲み込み、絶望がまくを開ける、『破滅の波ディザスター』」



 魔法によって生み出された大量の水が地面に打ちつけられ、大規模な波が目の前の男達ごと軍を飲み込んだ。

 超巨大ちょうきょだいな波にさからえるだけの魔法を相手は持っておらず、魔法がおさまると数百いた敵は全員意識をうしなっていた。



        ※



 マリアートの教会でエセ神父と私は向き合っていた。



「ここまで早くらえるとは思いませんでしたよ」


「……約束通り……村から出て行って……」


「ええ、ええ、わかっています。ですが、私の目的は貴方の魔法の力です。このまま貴方をほうっておくわけにはいかないのです」



 エセ神父の最終的な目的は分かっていた。

 だから、私は提案ていあんすることにした。



「……私が……ついて行けば……いいの?……」


「ティアラ君からその提案をしてくださるのはうれしいのですがね。そのあと、裏切うらぎられてもこまるので、村に私の部下を置いていかないといけませんがね。もちろん村人に危害きがいは加えませんよ」



 わかっていた。わかっていた。

 エセ神父がこの条件をタダで飲み込むわけがなかった。



「……わかった……」



 ここで引き下がっては、エセ神父の考えをみとめたことになってしまう。

 エセ神父の部下が村人に危害を加えないとは思えない。

 それでも私はその条件を飲むことしかできなかった。

 


        ※



 私は教会を出た後、魔力結界まりょくけっかいを、村をおおうようにめぐらした。

 これもエセ神父の指示だった。

 外からの侵攻しんこうを防ぐためだった。

 『嫉妬レヴィアタン』があきれながら声を出した。



(『魔神教』の人間をこの村から一人でも減らそうとしてる貴方の考えを否定できないわ。だけど、まさかあんな交換こうかん条件を出すなんて、もっといい方法が見つかるかもしれないのに)


「……分かってる……だけど……」



 『嫉妬レヴィアタン』も私の意図には気づいていた。

 だが、エセ神父の合図一つで何が起こるか分からない状況で、無理に行動を起こすのは危険だった。



「……どうすれば……」



       ※



「まさかあのじょうちゃんが敵側の人間だったとはな」


「おかげで俺もエドも気絶きぜつしている間に牢屋ろうやに入れられた、と」



 エドは深呼吸してから、



「どうすんだよッ、団長!?」


「さ、さわがないでくれ、今いないとはいえ見張みはりの気分をさかなでするのは良くない」



 カイとエドはティアラの攻撃を受け、なすすべなく気絶してしまった。

 そのあと2人は連行れんこうされ、どこかも分からない牢屋にぶちこまれていた。



「まずはここを出ないとな。味方がどうなったか早く知りたい」


「強力な魔力がかかった手錠てじょう鉄格子てつごうしでここから出れないぜ」



 エドの返しにカイも自分の両手を動かそうとするが、こわれる気配けはいがしなかった。



「それは後で考えるとして、ここを出たらあの子と戦わないといけない、と」


「さっきは瞬殺しゅんさつされたけどな」



 またもやエドの返しに、カイはエドをにらみつけた。



「お前、脱出だっしゅつするきないだろ」


「あるぜ」



 カイは手錠のつけられた両手を振り回しながら、怒り出した。



「だったら、否定ばっかしてないで、お前も考えてくれよッ!」


「だったら一つあるぜ」


「……本当か?」


「おい、マグナスもそうだが、オレを見くびりすぎじゃないか? オレだってカルバじゃ騎士長きしちょうつとめてたんだ。脱出方法を考えるくらい朝飯前あさめしまえよ」



 カイの疑惑ぎわくの視線がエドにさる。



「このまえもそんなこと言ってたな。『この作物はきっと売れるぜ。カルバでも人気だったからな』とか言って、俺達に隠れて発注はっちゅうしやがって! しかも! 育て方知らなくて、全部ダメにしただろッ! おかげで予算がスッカラカンになっただろうがッ」


「そ、そのことは今、関係ないだろ」


「いいや、関係おおありだな。そのせいで軍資金ぐんしきんにまで手をつけるはめになったんだから。お前の直感ちょっかんは正直信用できない」



 エドはカイをなだめながら、咳払せきばらいをして、



「ま、まあ、安心しろって。今回は大丈夫だ。それに、団長も解決策かいけつさくがないんだろ?」


「それを言われたら否定できないが……」



 口ごもるカイを見て、エドが古い記憶をり出していく。



「ルイアーナ村でオレと団長がたたかったこと、おぼえてるか?」



 そう言ってエドは話を切り出すのだった。

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