第6話 無力な私

「……どうして……」



 村の中心には教会があり、その周りに家が林立りんりつしていた。

 その教会の扉の前に見知った人間がいた。



「ほう、ほう。小さな村にしてはなかなか立派りっぱな教会ですね」




 丸眼鏡まるめがねをかけた一見いっけん、優しそうな老人。

 その手には杖が握られていた。

 しかし、その正体を知っている私は血のせるいきおいだった。

 私を施設に入れたエセ神父しんぷだった。



「久しぶりですね、ティアラ君。情報じょうほうを聞いたときは、まさかと思いましたが、会えてうれしいですよ」


「……死んだはず……」


「ええ、ええ。ころされかけましたよ。まさか、あそこまで力を引き出すとは思ってなかったのでね。こうやって……」



 会話の途中とちゅうで姿が消えたと思った瞬間しゅんかん、私の真後まうしろから声がした。



瞬間移動しゅんかんいどうげたのですよ」



 瞬間移動、そんな魔法をエセ神父が使えるとは思えなかったが、実際に体験したので声も出ない。



「……目的は……」


「貴方から『嫉妬レヴィアタン』を取り戻しに来ました。といっても、『嫉妬レヴィアタン』は貴方をあるじとしてみとめてしまったようですが……、仕方しかたありませんね」



 エセ神父は合図あいずを送ると、部下ぶかの男たちが教会の前に一組の老夫婦を連れてきた。



「フェルダ、ミレーナッ!?」



 見知った顔に私は心臓しんぞうが止まりそうになる。



(魔神である私が言う事なのか分からないけど、きたない連中れんちゅうね)



 脳内にひびく『嫉妬レヴィアタン』の声にも焦燥しょうそうにじんでいる。

 ひざをつかされた2人を見下みおろしながら、エセ神父は不敵ふてきな笑みを私に向けてくる。



貴方あなたが協力してくれるなら、村の人達に手を出さないようにしましょう。ちなみに村全体に私の部下がいますので、合図一つで村人の命はないと思ってください」



 エセ神父はフィンガースナップを行うと同時に、村のはしのほうから爆音ばくおんとどろく。

 指をらしてから、間髪かんはつ入れずに爆発ばくはつが起きたのだ。

 それは私の行動を制限せいげんするには十分だった。

 私がすごい魔法を使えても、居場所いばしょの分からない部下を一斉いっせいに倒すのは無理むりな話だった。



「分かってもらえたようでなによりです。この者達を地下牢ちかろうに連れて行きなさい」



 フェルダとミレーナが連れていかれていく。

 私は2人を見ることができなかった。

 2人がどんな表情ひょうじょうかべているか、考えるまでもなかった。



「……うらまれてるかな……」


(さあね。周囲しゅうい悪感情あくかんじょうがあまりにもすごくて、2人の感情までは感じとれなかったわ)



 その答えは私にとってはうれしい答えだった。



       ※



 エセ神父たちはマリアートの教会に居座いすわり続けた。

 それは私を所有しょゆうするうえで、最も効果的こうかてきだった。



「さて、ティアラ君。私達『魔神教』はその名を広めるために、まずは東の地に侵攻しんこうしたいと思っています」


「……どうして……」



 東に何があるか当時とうじの私は知らなかった。



「『邪神教』が西で勢力せいりょくを強めているからですよ。彼らに対抗たいこうするためには東の国を占領せんりょうしてしまうのが一番いいのです」



 聞きなれない単語の連続れんぞくに脳内でレヴィがつぶやく。



(『邪神』なんかを持ち出すなんてね。西には『魔神教』よりもヤバい連中がいるようね。『魔神』を持ち出したい理由としては十分、いやそれでも足りないくらい)



 話の内容を理解できずにいた私を無視むしして、エセ神父は最後にとある命令めいれいを出した。

 


「まずは東でヤンチャしている王子様あたりを懐柔かいじゅうしましょうか」



        ※



 私に下された命令。

 それは東西の大国の国境にあったキリアの王子をらえることだった。

 彼は昔から残虐性ざんぎゃくせいが強く、エセ神父はそこに目を付けたようだ。



(それにしても、ティアラ。軍からはなれすぎじゃないかしら)



 私は軍から離れたところを飛んでいた。

 もともと小さな村で若者も少ないゆえに、百人程度の小規模しょうきぼぐんしかできなかった。

 そして、兵の多くは家族を人質ひとじちに取られていた。



「……きっと……うらまれてる……」


否定ひていはしないけど……)



 レヴィは他者たしゃの悪感情を感知かんちできる能力を持っている。

 彼女がそう言うなら間違まちがいないのだろう。


 私は罪悪感を深く抱くも、どうすることもできなかった。



        ※



 当時のキリアはレオンが王子・カイになってから、まだ一年しか過ぎていなかった。

 国はまだまだ復興ふっこう途中だったが、それでも数百人規模すうひゃくにんきぼの軍が編成へんせいできるようになった。

 その矢先やさき所属不明しょぞくふめいの軍が進行しているとの情報が入った。



「数百人しかいないのに、勝てるのか?」



 カイは顔をしかめながらうなっていた。

 初めての戦いにカイは余裕よゆうがなかった。



「他にもやること山積さんせきしているのに、こんなことにかまってる時間はないんだが……」



 カイは書斎しょさいにこもって、良い手を考えていた。

 書斎でエドとマグナスもうでを組んでなやんでいた。

 マグナスのエメラルドグリーンのひとみにはカイとは別の物をうつしていた。



「この軍がキリアに進行している理由が気になります。偵察ていさつの話によると、百人ちょっとしかいないようです」



 エドが悪態あくたいをつく。



「そのせいで俺達だけでも対処たいしょできるって本国は判断はんだんしたんだろ? こっちも数百しか兵がいないってのに」



 カイはため息をつきながら、エドを見る。



「おい、エド。オマエなら何十人でも道連みちづれにできるだろ?」


「最初からオレが死ぬ前提ぜんていで話さないでくれよ。全軍出せば、数でつぶせるだろ」



 マグナスは資料しりょうをめくりながら、



正直しょうじき、この情報だけでは推測すいそくすることしかできませんが、おそらく百人でも安心できるほどの強力な兵がいるのかもしれませんね」



 カイは資料を置いて、



「今回は俺が様子を見に行く」


「オレはどうする?」


「エドは俺についてきてくれ。俺だけじゃ役不足やくぶそくな気がする。マグナスはここに残って、俺がやられたら、後のことはたのむ」


「分かりました」



 その場はそれで話がまとまるのだった。

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