第5話 新生活の終わり

 それから1年もの間、私はミレーナとフェルダの家にお世話せわになった。

 彼らは一切いっさい私に危害きがいを加えないどころか、あがめられる始末しまつだった。



「ティアラ、畑仕事は私達でやる。休んでいろ」


「……まかせきりは……つらい……」



 フェルダの言葉を無視むしして、魔法を駆使くししながら畑仕事はたけしごとに私は従事じゅうじしていた。

 魔法に仕事をうばわれつつあったフェルダはクワで畑をたがやしていく。



「ウォリャアアアアアアアァッ!!!!!!」



        ※



「言わんこっちゃありませんよ。まさかギックリごしになるなんて。それでティアラの手をわずらわせてしまっては本末転倒ほんまつてんとうではないですか」



 ミレーナがにぎってくれたオニギリを食べながら、片手かたてでフェルダのギックリ腰をなおした。

 1年過ごしてきて、2人の性格が分かってきた。

 フェルダは若干じゃっかん、いや、かなりけずぎらいだった。

 ミレーナは料理が上手で、世話焼せわやきだった。



「ま、まだ、私はいける」


「……次は……治さない……」



 私の忠告ちゅうこくで立ち上がろうとするフェルダの動きが止まる。



卑怯ひきょうじゃないか、ティアラ」


「……怪我人……安静あんせいに……」


「私はまだまだ現役げんえきだああアアアアッ!」



 私の忠告を無視して、フェルダは畑に走っていく。

 その後ろ姿をこまった様子で見送みくったミレーナは唐突とうとつに、



「ありがとうね、ティアラ」


「……きゅうに……どうしたの?……」


貴方あなたが来てからそろそろ一年になるわ」


「……そうだね……」



 私は2人とだいぶ関係が近くなったような気がする。

 畑の上でさけびながら、クワをるうフェルダを見ながらミレーナはうれしそうに、



「娘が亡くなった後、私達の間には子供ができなかったわ。としだったのかしらね。1年前のちょうどあの日、娘の命日めいにちだったの。だから、取れたての野菜をかざるつもりだった」



 2人の娘は畑でとれた野菜やさい非常ひじょうに好きだったらしい。



「貴方を見た瞬間しゅんかん、娘がよみがえったと思ったの。だから、無理にでも家に連れて行ったの。ごめんなさいね」


「……もう……ゆるした……」



 それに施設をけ出した後でくさっていた私をすくってくれたのは、フェルダとミレーナだった。

 今ではこの畑仕事で、フェルダのぱしらるのも、対抗心たいこうしんやすフェルダを見るのも、そんな彼を困った顔をしながら見るミレーナと一緒いっしょにご飯を食べることがたのしかった。



「……それに……感謝してる……」


「ここに来て初めてね。貴方が笑うの」



        ※



 私達は畑仕事を終えて帰路きろについていた。

 フェルダとミレーナは協力して取れた作物を運んでいた。

 私も私で畑で使った道具を家に運ぶ最中だった。

 すると、魅惑的な女性の声が聞こえてきた。



(まさか半年もこの夫婦にあまえることになるなんてね。予想よそうもしてなかったわ)


「……貴方は……きらいなの?……」


(まったく。むしろ好印象こういんしょうね。こんなやさしい人間がいるものなのね)



 私は『嫉妬レヴィアタン』の言葉に衝撃しょうげきを受けた。

 魔神と呼ばれている存在が人間に好感を持つとは思えなかったからだ。

 脳内から不服ふふくそうな声がれる。



素直すなおに言ったつもりなのに、貴方の反応、少しイラっとしたわ。なんか言ったらどうなの?)


「……魔神なのに……」


(魔神だからって、貴方が思ってるような悪い神ばかりじゃないわ。確かに良く思われていない神も多い。でもね、そのなかにも優しい神だっているのよ)


「……自分で……優しい神なんて……言ってる……」



 『嫉妬レヴィアタン』がさとしてくる。



(もともと魔神イコール悪感情をつかさどるって主張したのは人間よ。神に反旗はんきひるがえしたからって私達・魔神を絶対悪あくと決めつけた。神や魔神は人間の信仰しんこうによって力がす。皮肉なことに、そういう感情から力が得られるようになった)



「……つまり『嫉妬レヴィアタン』は……悪い神じゃない……」


(短くまとめたわね)


「…………」


(貴方の言いたいことは分かるわ。私の力のせいで、重すぎる罪を背負せおわせてしまったわ)


「……らしくない……」


(そうね。あの老夫婦と貴方の会話を聞いてたら、本音ほんねが言いたくなったのよ)



 私はもう少しこの力に、『嫉妬レヴィアタン』にあゆるべきなのかもしれない。



「……ねえ……貴方のこと……」


(ちょっと待って。……何、この魔力)



 『嫉妬レヴィアタン』のめずらしく緊迫きんぱくした声が私に不安を与えるのだった。



        ※



 私は急いで村に戻った。

 すると、一人の村人が声をかけてくる。



「ティアラ、君にお客さんが来てるよ」


「……お客……」



 私の知り合いはかなりかぎられている。

 そのことがより私の不安をあおった。



「気を付けたほうが良い。ヤバい連中がすぐそこまで来てる。村の連中は危険を感じて今は家で息をひそめている」


「……分かった……」



 私は村人に言われた通り、村の広間に向かった。

 そこには一人の老人が立っていて、こちらに気付くと胡散臭うさんくさみを向けてくるのだった。 

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