第8話 脱獄

 外の様子をうかがうことのできない薄暗うすぐら牢屋ろうやの中で、真剣な声音でエドが話を切り出した。



「ルイアーナ村でオレと団長が闘ったこと、覚えてるか?」


「途中からよく覚えてないけど……」


「あの戦いの途中でな、団長が不思議な剣を使ったんだ」



 カイには身に覚えがなかった。

 そのとき使っていた剣を思い出しながら首を振った。



「どこにでも売ってるような量産品だと思ったが」


「イヤイヤ、超紫色の剣だったぜ。オレが使ってた武器を全部、触れただけで破壊したんだ。あれは冷や汗ものだったぜ」



 その言葉にカイは思い出したように手のなかに、一本の剣を顕現させる。

 エドは興奮しながら、



「それだ、それだ。その剣、どっかで見たことあるような気がするんだが……」


「これ、じいちゃ……、いや祖父からもらった剣だ。正直、どんな物なのか、分からないけど」


「もしかしたらその剣には魔力を破壊するような能力があるかもしれないぜ」



 カイは試しに牢屋のかべに剣を突き立ててみる。

 壁に吸い込まれるように剣がしずんでいく。



「おいおい、団長。力入れすぎじゃねえのか。壁にごまかしきれない切り傷がついたんだが……」


「全く力入れてないが」



 エドは壁に深々と突き刺さる剣を見ながら、一つの推測を言った。



「その剣、魔力だけじゃなくて触れた物、全部破壊するんじゃないか?」

 

「祖父はそんなこと言ってなかったけどな」


「とんでもない情報を伏せてたな、そのジイさん」



 カイは剣の切っ先をエドに向ける。

 エドは焦りながら牢屋の壁にもたれかかった。



「ち、ちょっと落ち着け! なんでオレに向けるんだッ!?」


「いや、手錠がきれるか、エドで試そうと思って」


「自分で試せよッ! 団長はときどきサイコパスが滲み出てる」


「仕方ないだろ。上手く自分の手錠を斬れないから、お前の手錠斬ってから、自分のも斬ってもらおうかなって」



 カイは依然とエドに剣を向けている。



「オレが提案したんだ。やってやろうじゃないかッ!」



 カイはずれないように『破滅剣ルーイナー』をエドに突き刺そうとする。

 エドはつばを飲み込む姿にカイがため息をつきながら、



「おい、震えるなよ。上手くできないだろ」



 やっとのことで手錠と剣が触れる。

 先程までの拘束がうそのように、手錠は破壊され地面に落ちた。

 エドは歓喜の声を上げながらガッツポーズをとる。



「よっしゃーッ! 壊れたアアァッ!」


「うっさい。気付かれるだろうがッ!」



 カイは牢屋の外を見る。

 どこまで続いているか分からない廊下ろうかにエドの声が反響はんきょうしていたが、特に変化はなかった。

 胸をなでおろしながらカイは口を開く。



「敵である俺が言うのも問題だけど、ここの見張り番、ちゃんと仕事してるのか?」


「こんな手錠に鉄格子があるなら必要ないんじゃないか?」



 カイは視線をエドに戻し、持っていた剣を渡そうとする。

 これ使っても大丈夫なのか、とエドは躊躇いを見せたが、カイは押し付ける。



「触れただけで手とか怪我したりしないだろうな」



 エドは慎重に剣を握る。

 特に反応しないのでエドは深く息を吐いた。

 エドは剣をカイの手錠に向ける。



「団長、手が震えているぜ。どうだ、さっきのオレの気持ち、わかったか?」


「わ、分かったから、はやくしてくれッ!!」



 ニマニマ笑顔を向けてくるエドにカイの頬に汗が流れる。 



「て、手錠は壊れたか。今度はここがどこかだけど……」


「ここがどこか知りたいか?」



 カイの言葉に質問で返してきたのは、別の牢屋から聞こえた。

 そこには数人の男女が地面に座っていた。

 カイとエドはその存在に気付けなかった。



「貴方達は……?」


「このマリアートの住民だ。私はフェルダと言います。貴方達はここの外から来たのか?」



 フェルダの話によると、カイ達が連れてこられたのはマリアートと呼ばれる小さな村の地下牢だった。

 地下牢と言っても、今は全く使われていないらしく、至る所に亀裂が走っていた。



「ここ崩落とかしないだろうな?」



 エドが壁を軽く殴ると、天井から砂が落ちてくる。

 カイはつばを飲み込み、フェルダとの会話を続ける。



「ちょっと前に『魔神教』を名乗る集団が現れて、フェルダさん達は捕まったのか」


「『魔神教』……か。聞いたことあるような……」



 エドが首をかしげていたが、カイは思い出したように呟く。



「俺が闘ったのは幼い少女だったんだけど、その子も『魔神教』の人間だったのか? 縁の広い帽子をつけてた無表情の子なんだが」


「て、ティアラに会ったのか!?」



 フェルダは呼吸を荒くしながら、自身を閉じ込めている鉄格子をつかむ。



「ティアラって言うのか、あの女の子は。その子について教えてくれないか?」


「あの子を知って、どうするつもりだ? ま、まさか殺したりは……」


「殺しはしない。だが、これからあの子とは戦わないといけない。だから、少しでも情報が欲しい」


「……」



 フェルダや牢屋入れられていた他の人達はしばらく黙っていたが、ゆっくりとティアラの生い立ちを語った。



       ※



 ティアラの生い立ちを聞いたエドは悪態をつきながら、拳を握りしめる。



「『魔神教』ってやつは最低だな」


「……1年前か」


「団長、どうした?」



 カイはしばらく片手をあごにあてながら考えていたが、エドに声をかけられて首を振る。



「フェルダさん。この村の状況についても教えてくれ」 


「貴方達は『魔神教』って奴らを倒せるのか?」



 エドは筋肉で膨れ上がった胸をドンッ、と叩きながら、



「オレと団長はここから出るつもりだぜ。その邪魔をする奴らは全員倒さねえとな」



 エドの言葉を半信半疑で聞いていたフェルダだったが、



「今の私達では何もできない。貴方達に任せていいだろうか?」



 そしてフェルダは村で起きていることを事細かく教えてくれた。

 しばらく牢屋に入れられていたフェルダの情報は少なかったが、カイにとっては価値ある内容だった。

 フェルダの話をカイはまとめた。



「つまりマリアートの中央にある教会を『魔神教』は根城ねじろにしていて、神父っぽいやつが大将なんだな。それでフェルダさん達を人質ひとじちにして、ティアラって子を従わせてる、と」



 話をまとめた。

 その瞬間、廊下から怒鳴どなり声がカイ達に向けて放たれる。



「おい、オマエラッ! みょうな事、してんじゃねえだろうなッ!?」



 誰もいなかった廊下に現れた男はカイとエドが閉じ込められた鉄格子をる。

 その衝撃の音に別の牢屋に入れられていたフェルダたちは小さく悲鳴を上げた。

 まったくおくしていない様子でカイはその場に立ち上がり、鉄格子の前に行く。



「おイッ、下手なことはするなよ」



 男は剣のつかに手を置く。

 それでもカイは鉄格子に近づく。今のカイは武器すら持っていない。



「鉄格子の隙間すきまからでもテメエを殺せる。っていうか、なんでテメエ手錠をつけてねえんだ!?」



 質問を無視むしして、カイが男にたずねた。



「お前は『魔神教』の人間か?」


「それがどうだっていうんだ? それ以上近づけば本当に殺すぞ!」



 遂に敵の剣の間合まあいに入ってしまうカイ。

 その大胆不敵だいたんふてきな行動に男が剣を抜き、鉄格子の隙間からきをくりだした。

 


おそいッ!!」



 カイは即座に『破滅剣ルーイナー』を顕現けんげんさせ、横に振り抜く。

 迫りくる剣は粉々こなごなになり、男との間にあった鉄格子も破壊される。



「ナッ……!?」



 突然のことに驚きを隠せなかった男は判断が遅れた。

 その隙を見逃さずカイは拳を男に叩きつけ、向かいにある牢屋の鉄格子に男の顔がめりこむ。

 気絶きぜつした男の顔からこぶしを離した。



「団長、いいのか、こんなさわぎ起こして?」


「どうせ、バレはしないだろ。見た感じ、見張りはコイツだけらしいからな。もしかしたら、外にも見張りはいるかもしれないが、外からの攻撃を気にしてるんじゃないか」


「内側から破られないって慢心まんしんのおかげか」



 カイは気絶した男から装備一式いっしきをはぎ取り、身に着け始めた。

 そして、気絶した男をエドに投げ渡した。



「今から外に出て、情報収集してすぐに騒ぎを起こす。そしたら……」



 敵兵の鎧に身を包み、顔が見えなくなったカイは今後の作戦について話すのだった。 

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