第8話 出陣

 エルフの協力を取り付けた直後、偵察ていさつの部隊からの報告が入った。

 それはサザンを囲むように広がる『迷家マヤの森』まで入ったところで、獣人からの襲撃しゅうげきを受けたという物。

 多くの兵を失ったという報告に、カイ達は『深緑の樹海』で各国の代表を集めて会議を開くことになった。



「偵察隊の報告によると『迷家マヤの森』で獣人との交戦があった。偵察隊も半壊したとのことだ。これを踏まえ、作戦を見直す」



 カイの言葉から会議が始まった。

 会議に参加しているのはエレインをはじめとするカルバの代表、キリアを含めたギフテルの代表、エルフの精鋭達せいえいたち

 エレインの表情がかたい。



「カルバから派遣はけんした偵察隊は……全滅ぜんめつしました。決して実力的にも申し分のない兵で構成していたが、考えが甘かったようです」



 ギフテル帝国の代表として参加していた青年・アズライールも同意を示す。

 その青年はウェーブのかかった金色の髪が特徴的で、どこかこの世の人間とは思えない存在だった。

 ギフテル帝国の王・メルクーリの側近そっきんを務めている。



「ギフテルから派遣した偵察隊も半壊しましたが、有益な情報がなかったわけではありません。獣人の攻撃範囲、ここでは『テリトリー』と言いましょう。そのテリトリーが『迷家マヤの森』までとのことです」


「それなら『迷家マヤの森』の外側を囲うようにじんこう」



 カイの提案にエレインがとなえた。



「戦力を分散させるのは危険だと思われます。1ヶ所に集中したほうが危険度は……」


「私はカイ様の意見に賛成ですね」



 エレインが意見を言い終える前にアズライールがカイに同意した。

 エレインがアズライールをにらむ。

 カイはせきばらいをした。



「理由はある。今回の作戦におけるイレギュラーはラミアとクロが参加してることだ。敵も王女が参加しているとまでは考えていないはずだ。もし兵を集中させれば、敵に疑いを持たせる可能性がある」


「それはそうですけど……」


「エレインの心配は王女の身の安全なのは分かっている。だったら、兵を分散させたうえで、各国の精鋭達で王女を護衛ごえいしながら攻めるという手段もある」


「…………」



 エレインを含め、その場にいた代表たちもだまる。

 今回の作戦に置いて、1番さけなければいけないことは王女の死亡。

 カイの提案からしばらくして、最初に声を上げたのはアズライールだった。



「カイ様の作戦はきっと



 アズライールの言い方に引っかかるもののカイはエレインに視線を移す。

 エレインもため息をつきながら、



「分かりました。カイ様の意見にしたがいましょう。しかし、ラミア様とクロ様の配置の近くに私を置いてください」


「王女の位置は極力キリア兵の近くに置くつもりだが、エレインはそれでいいか?」



 この作戦で一番強いのは対集団相手に絶大な実力を発揮する『漆黒の魔女』ことティアラだ。

 ティアラのいるキリア兵に王女を護衛してもらうのが最良の判断だ。



「もちろんです」



 エレインは頷いたのだった。



        ※



 作戦開始は2日後。

 カイ達は『深緑の樹海』に滞在たいざいしながら、作戦に向けて準備にいそしんでいた。


 その日の夜、盛大な食事会がもよおされた。

 エルフの慣習かんしゅうらしく、大きな争いがある数日前に大きなパーティーが行われるらしい。

 最後の晩餐ばんさん、という物だ。

 この世に未練みれんが残らないくらいに楽しむ。

 カイは離れた位置からパーティーを楽しんでいた。



「カイ、そんな離れたところでボッチメシしてないで、こっち来て―」



 栗色くりいろの髪のポニーテールをほどきながら、ミーシャがカイに寄り掛かってくる。

 いつも明るい彼女だがテンションがおかしい。

 目の焦点しょうてんは合わず、女であることを忘れてるのかと言わんばかりに身体を密着みっちゃくさせてくる。



「ミーシャ、お前、ってないか?」


「酔ってましぇんッ!」



 ミーシャの来た方向を見てみると。



「クハァッ、こんなうめえ酒を飲んだのは久々だ」


「エド様、久しぶりに飲み比べでもしましょう」


「望むところだ、セルエルッ! 今度こそ負けねえからな!」



 エドとエルフの青年・セルエルが酒飲み勝負を開始していた。

 エドは20年近く前にカルバの先王・ミルグレス、ダグラス=レレイ、ガリッタとともにエルフの村に来たことがあったらしい。

 その当時からセルエルとエドが酒を飲みかわす仲だった。


 カイは酒を一気飲みするエドに怒りの声を上げる。



「おい、エドッ! ミーシャに酒を飲ませたな!?」


「ミーシャに? んなことするわけねえだろッ!」


「ミーシャ様は酒を口にしてはおりませんよ」



 べろべろに酔っているエドとは違い、すずしい顔をして酒を飲みほしたセルエルが言った。



「え……? まさか、酒を飲んでないのに酔ったのか?」


「ああ、そうだ、そうだ。てか、今俺とセルエルは勝負してんだ。邪魔じゃましないでくれ」



 カイはミーシャを背負ってその場を離れる。

 カイは兵達のノリについていけなかった。

 酒が飲めない人間にとって、この会食はいささか居心地が悪い。



「カイ、どうしたニャ? こんなところで、ってミーシャに何かあったニャ!?」



 クロがカイに声をかける。

 クロとラミア、エレイン、エルフの女性陣もまた酒を飲みながら、談笑だんしょうしていた。

 ラミアとクロの周囲に集まり、外の世界、彼女達について根掘ねほ葉掘はほり聞いていた。



「あら、カイ。……まさかミーシャを酔わせて不埒ふらちなことしようとしてるのかしら?」


「……兄さん」



 ラミアに呼応するように、エレインが小声でつぶやく。

 エルフの女性陣の冷めた視線を一身に集めるカイは咳ばらいをしながら。



「そんなわけないだろッ。酒のにおいだけでミーシャが酔ったから、連れてきたんだ」



 カイはミーシャをその場で肩から降ろす。



「これ以上、怪しまれたくないし、ミーシャのこと頼んでも良いか?」



 しかし、ここでカイの予想とは違う返答がエルフの女性陣から帰ってくる。

 


「カイ様に聞きたいことがあるので、ここでお話に付き合ってくださいませんか?」


「え、あ、ああ。大丈夫だけど……」



 その途端とたん、カイに向かって質問のあらしが起こるのだった。



        ※



「は、ハア、ハア……」



 カイは女性陣の質問攻めに息を切らしていた。

 油断をしていたカイに女性陣から爆弾ばくだんが投げ込まれる。



「カイ様はラミア様とお付き合いをしているのですか?」


「はい?」


「実はですね。ラミア様のカイ様に向ける視線が……」


「ちょ、ちょっと何言ってるのッ!?」



 ラミアが質問をしているエルフの口を防ぎにかかる。

 エルフはラミアの妨害ぼうがいかわしながら興奮気味こうふんぎみに。



「カイ様、そこのところどうなんですか!?」


「い、いやー、どうなんだ?」



 カイはラミアに視線を送る。

 当のラミアの真っ白な肌は一瞬で紅潮こうちょうした。

 話を聞いていたエレインの目つきがするどくなる。



「カイはミャーの恋人ニャッ!!」



 後ろから抱き着いてくるクロにカイは目を白黒させる。



「は、はい?」


「だーかーらー、カイはミャーの恋人。誰にも渡さないニャ!」



 すると間髪かんはつ入れずにラミアが立ち上がる。



「ど、どういうことよッ!? どうしてクロとカイが付き合ってるなんて話になるのよ!」


「……に、兄さん、さすがにそれは……アウトだと思います」



 エレインは怒っているというよりも引いていた。

 クロははたから見たら、幼い少女という印象が強い。

 つまりカイは幼女好きというレッテルをられかけている。



「おい、クロ。冗談じょうだんがきついぞ……」


「冗談じゃないニャ! この前なんて一緒のベッドに寝たんだから」


「そんなイベントに覚えがないん……」



 言い終える前にラミアがカイの胸倉むなぐらつかむ。



「あ、アンタッ! やって良い事と、悪い事の区別すらつかないなんて見損なったわ」


「ちょ、ちょっと待ってくださいな、ラミア、ラミアさんッ! ゆ、揺らすのは勘弁かんべんしてくれッ! ……というかなんか酒臭さけくさいんだが」



 匂いを発しているのはクロのようだ。

 カイは視線をずらしていくと、クロの片手に木製のカップが握りしめられている。

 カップを取り上げたカイは中身を確認する。



「…………」



 答えを知ったカイは音をたてずに立ち上がり、ボディービル大会をり広げている男性陣に向かって、



「オイ、クロに酒飲ませたのは誰だアアアアアアァァァッッッ!?」



        ※



 2日後の早朝。

 準備を整えたカルバ・キリア・ギフテル兵達は目的地であるサザンに向けて進行することになる。



「ゥォエエェッ、マジで気持ちワリい。ちょっと休めねえか、団長?」


「自業自得だ。まさか昨日もこっそり飲んでるとは思わなかったが、『迷家マヤの森』に着くのは明日だ。それまで安静にしていろ」


「馬に揺られて休めねえ……」



 カイの隣を走る馬に乗っているエドが弱々しい声を上げる。

 青白い顔をしているエドに危険を感じたカイはすぐにその場を離れる。

 丁度そのタイミングでエドがリバースする音が聞こえたが、カイはかまわず先に進むのだった。



「……もらいゲロするところだった」

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