第9話 サザンの民

 カルバ・キリア・ギフテル軍は『迷家マヤの森』の近くに身をひそめていた。

 日差しは高い木々に阻まれ、森の中では木漏こもれ日が淡く光っているが、それが逆に森の薄気味悪うすきみわるさを際立きわだたせている。



「エド、行けるか?」


「あたりめーよ! とっとと終わらせて、また酒を飲みたいぜッ!」


「お前、反省してるのか? エドが吐いたって兵から苦情が来てるんだから、酒をひかえてくれ」


「無理だ!」



 エドが胸を張って言い張るので、カイはおどしをかけることにした。



「エドの家にあった酒、全部予算の足しにしてやろうか?」


「団長、鬼の所業しょぎょうすぎるぜ? ま、どうせ口だけだろうが…………、ま、マジで?」



 エドの余裕の笑みは、カイの冷めた視線によって引っ込む。

 以前、エドの家が勝手に改築されたときと同じ目をカイはしていた。



「わ、わかった! これからは酒控えるから、あれには手を出さないでくれ!」


「酒を控えるなら、もう家にある酒はいらないだろ? 予算の足しにしてやる」


「逃げ道、ねーじゃねえか!?」



 エドとカイの口論をエレインがいさめる。



「に……、カイ様。今、『テリトリー』の外にいるとはいえ、私語はつつしんでください! 敵が襲ってくる可能性もあるのですから!」


「「……はい」」



        ※



 カイ達のじんには、ラミアとクロ、ミーシャ、エド、ティアラ、エレイン、エルフと最大戦力が集結していた。

 ラミアとクロの安全が第一なので、戦力が破格なキリアの陣にラミア達もいた。

 ティアラが周囲を見渡しながら、



「気配を感じるわね。それも異常な数。まだ動きはないけど、こんなのが一斉いっせいに動き出したら逃げの選択はなくなると考えたほうが良いわ」


「もともと逃げるなんて選択肢せんたくしはないニャ!」



 得物を構えながら答えたクロに肩をすくめながらティアラは諫める。

 今のティアラは少女の姿ではなく、見目麗みめうるわしい大人の女性の姿だった。



「勇ましいのは良いことだけど、相手の規模が分からない以上、そういうことを考えるのは重要よ」


「今回ばかりは慎重に行かないとな。事前の情報もないし、地の利もない」



 同意を示したカイはサザンの城の方向に目を向ける。



「もう少し前進したところに陣をきたいな。だが、この森の中で迷子になれば命の保証もない」


「別にいいんじゃないかしら。いざとなったら私の飛行魔法で確かめに行くわ、団長」



 ティアラの言葉にカイはうなずき、一行は前進を試みる。

 しかし。



「……、なにこの速さ!? すぐに戦闘態勢せんとうたいせいを取って!!」


「まさかかんづかれたのか!?」


「そうみたいね。おそらく一定の範囲に足を踏み入れた相手を敵とみなして攻撃するように指示されているのよ。私は上から様子を見るわ。団長たちも気を付けるのよ」



 カイ達は武器を構え、森の草をかきわける音のほうに耳を向けた。

 少しずつその音は大きくなり、草の影からクロのように尻尾しっぽと耳をつけた獣人が襲いかかってくるのだった。



        ※



 サザンの城は、技術力の発展した他国の城の作りをまねて作った物だった。

 しかし、技術のとぼしかったサザンでは中規模の城しか作れなかった。

 そんな城の中の一室に玉座が1つだけ置かれた部屋がある。



「グシュシュシュシュ。心配で見に来ましたが、大丈夫ですか、そちらは?」


「気にすることはない。獣人の力をもってすれば、人間ごときサザンの中にすら入らせはしない。それに敵もここの獣人があやつられてるのも知っているだろう」


不殺ふさつですか……。私には理解しがたいですね。まあ理解したいとも思いませんが。貴方はどうですか、ゲルダさん?」


「別にどうでもいい。勝手に自滅してくれればありがたい事だな」



 玉座には猫耳の小太りな男が座っている。

 幅のせいもあってか窮屈きゅうくつそうに椅子いすはキイキイときしむ。

 そして杖をつきながら立っている男・ミゲルはせこけており、肌色も良くない。



「敵も敵なりに考えていると思われますので、気を付けてくださいね。この前も言いましたが……」



 ミゲルの言葉の途中でゲルダが口を開く。



「『色欲アスモデウス』をうばわせるつもりはない。こちらには、最終兵器もあるからな」


「その最終兵器も極力使わないでほしいですね。グシュシュシュ、一度暴れだしたら手に負えませんから」


「これからオマエはどうするつもりだ? 高みの見物か?」



 ゲルダの質問にミゲルは飛翔魔法を唱えながら。



「私は災厄の復活にでもおもむきましょうか。あれ、なかなか強い封印でして、ちょくちょく顔を出す程度じゃ、ダメですね。これから大きく動くつもりですが」


「邪神教も本格的に動き始めるのか」



 

 魔法を発動したミゲルは宙に浮遊し、その部屋を出ていく。

 のちに起こるであろう災厄にワクワクが抑えきれないミゲルに対して、ゲルダはため息をつく。



「あんなものを復活させるとは。とうとう邪神教も失敗続きであせりだしたか……」



 ゲルダは紫色の短剣『色欲アスモデウス』を取り出す。

 獣人を操っているのはその短剣の力であり、この短剣が敵の手に渡れば不味い事くらいゲルダも理解している。

 しかし、ミゲルの本当の恐ろしさをゲルダはまだ知らなかったのだった。



        ※



「カイ様たちは先を急いでください! ここは私達エルフで食い止めます!」



 『迷家マヤの森』で獣人の集団と交戦中のカイ達は足止めを食らっていた。

 そんななか、エルフの若頭わかがしら・セルエルがカイに向かって告げた。

 そしてセルエルは妹のミネルバのほうにむくと。



「ラミア様達を頼みましたよ」


「わかりました、兄様」



 カイは近くで交戦していたエドとミーシャを呼ぶ。



「今からこの場を彼らに任せて先に進むぞ! 道は上空からティアラが指示してくれる」



 エドやミーシャ、キリアの兵も頷くと、ティアラの指し示すほうに向けて走り出した。

 カイの後ろからはラミアとクロ、そしてエレインもついてきた。



「エレイン、敵が攻めてきたらこちらで最初は対処する。俺らが抜かれたときは頼めるか?」


「言われるまでもありません」


「けっこう。ティアラを目印にして前に進め!」



 カイ達キリア兵は森の奥に駆けるのであった。



        ※



 『迷家マヤの森』を抜け、サザンの城下町についた一行。

 


「ここがサザンか……。人気ひとけが無いが、どこから襲撃しゅうげきされてもいいように警戒しながら進め」



 カイの命令に周囲の人間が頷きで返す。

 城下に建っている建物は全て窓が閉じられ、中からは物音すらしない。

 先程まで日が差していたにもかかわらず、雲に隠れてしまい物々しい空気がただよう。



「他の兵は大丈夫かね。オレらはあまりにも戦力集中しているから心配ねえが」



 エドの質問にエレインが答える。



「心配いりません。エルフの方々もついていますし、実力的にも申し分ありません」


「そうかい」



 今回の作戦ではサザンを取り囲むように陣を敷いており、エルフも同じように各地に散らばっている。

 エドの軽い返事の直後、屋根の上で影が動く。



「敵よッ!」

 


 影がティアラを襲う。

 かろうじてティアラは魔法による防御結界で防ぐが、さらに影がティアラにおおいかぶさる。



「痛いわね。まさか天井裏に隠れていたなんて」



 ティアラを襲ったのは獣人だった

 危険を感じたティアラは魔力を放出することで獣人を吹き飛ばし、低空飛行に移った。

 ティアラがカイに近づき耳打ちをする。



「団長、ここにいる敵さえ抜ければあとは城に突入するだけよ」


「ああ、全員戦闘態勢に入れッ!」



 道をふさぐように天井から降り立った獣人達にカイは得物を構えるのだった。



        ※

 


「ちっとキツイな。敵がわんさか出てきやがる。しかもゾンビじゃあるまいし、何度も起き上がってくんなよ!」



 エドが悪態あくたいをつきながら、拳を繰り出す。

 いつもなら大剣を使って応戦するエドだが、今回の敵は獣人だ。

 身体能力が高い相手に対してエドの大剣は重荷でしかない。



「予想してたよりずっと強いよッ!?」


「貴方達、口を動かす暇があるなら一人でも多く倒してくれないかしら? こっちの負担を少しでも減らすように努力なさい」



 エドとミーシャの弱音に対してティアラが声を荒げる。

 この場にいる戦力はカイ、ティアラ、エレイン、エドをはじめ最大戦力が集中している。

 それでも一歩も前に進ませてくれない獣人達の実力にカイも舌を巻く。



「このままじゃマズいな……。エド!」


「言いたいことは分かるぜ、団長。ここは俺とティアラでなんとかする。とっとと先に進みやがれ!」



 獣人の顔面に重い拳をめり込ませたエドがカイの呼びかけにいち早く反応した。



「私もここに残るよッ! カイは先に行って!」



 迫る獣人に回し蹴りを入れたミーシャが声を大にして叫んだ。

 カイは頷くと、ティアラのほうに視線を送る。

 ティアラは獣人の猛攻もうこうを軽くいなしていく。



「ティアラ、エド、ミーシャ以外の兵はこの場を強行突破し、サザン城に向かうぞッ!」



 カイの声に、兵士も気合のこもった返事をする。



「ラミア、クロも行けるか?」


「平気よ。むしろこんな混戦地帯じゃ、私の弓はほとんど役に立たないわ」


「ミャーも大丈夫ニャ。ミネルバ達も戦ってくれたから」



 カイ達はエド、ティアラ、ミーシャを残して先に進むのだった。

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