第1話 思い出の場所

 今日は身体もだいぶ動くようになったので外に出てみることにした。

 サイラスとの一件からキリアも復興が進み、城下を行きかう人も徐々に多くなっている。

 もともと私は人混みを歩くのは得意ではない。特に理由はないが何故か倦怠感けんたいかんを覚えるのだ。

 仕事でもないときは普段大人の女性ではなく、本来の幼女ようじょの姿で歩いている。子供の視点してんだと同じ空間でも広く見えてしまう。それが倦怠感の原因なのかもしれない。



「……帰りたい……」



 キリアは一年中太陽がさんさんと照り付けており、魔女の象徴しょうちょうともいえるふち付きの帽子ぼうしが無ければ、きびすを返して帰っていたかもしれない。

 だが私には目的があった。



「……やっと……着いた……」



 私が向かった場所は馬車ばしゃだった。そこで馬の手綱たづなにぎっていた男性に話しかける。



「……すみません……」


「はい、何で……、こ、これはティアラ様!? 本日はどうなさりましたか?」



 かったるそうに振り返った男性は私のことを視認しにんすると即座そくざ姿勢しせいただした。

 以前からキリアの住民に『ティアラ』は大人の女性としてうつっていた。それは『レヴィアタン』というもう一つの神格しんかくが大人の女性の姿に変身へんしんしていたからだ。



 しかし、サザン攻略戦こうりゃくせんのときにオーガにやられた私は変身の魔法が解けてしまった。

 それを目撃した兵によって、たちまちこのうわさはキリアに広がり今では幼女の姿で外出しても魔女の格好かっこうですぐにバレるようになった。



「……マリアート……行く……?」


「ま、マリアートですかい。残念ざんねんながらここにある馬車はカルバ行きの方のために用意よういされたものが大半たいはんで、そっち方面は早朝に少ししか走らねえんです」


「……残念……」



 私の目的地、マリアートはキリアを南西に進んで徒歩とほ数日すうじつほどかかる場所にあった。

 カルバはキリアを出て西に一直線いっちょくせんなのでそれに乗っていくわけにもいかない。

 私は仕方しかたなく徒歩でキリアの外に出ることにした。

 整備せいびの進んだ道を歩いていると突然とつぜんどこからともなく声が聞こえてきた。まるでのう直接ちょくせつ音を流すような。



『どうして馬車なんて使うのかしら? 『飛翔魔法スカイ・ウォーク』で一日で着くじゃない』


「……激しい動き……傷が開く……」


『だったら全快ぜんかいするまで待つこともできたんじゃないかしら?』



 私にだけ聞こえる声を発する魔神『レヴィアタン』、七体の魔神まじんの一柱で『嫉妬』をつかさどる。

 レヴィと私は呼んでいる。

 レヴィのぶんももっともだ。

 しかし、サイラス、そしてサザンの戦いで私はおそろしいまでに実感じっかんした。

 いつ、このちっぽけな命が無くなっても可笑おかしくないことに。

 今まではうんで乗り越えてきたが、これからはそうも行かないだろう。

 だから早めに故郷こきょうに帰って挨拶あいさつがしたかったのだ。



『気持ちは分からないわけじゃないわ。けど、あせりすぎじゃないかしら。最近落ち着いてきたと思っていたのに』


「……いつ死んでも……おかしくない……から……」


『今回は相手が悪かっただけじゃない。私達の真価しんかは敵が多ければ多いほど発揮はっきされるものよ』



 私は返答へんとうせずにあゆみを進めたのだった。



         ※



 ティアラのいないキリア城。

 カイはいつも通り、城内の清掃せいそうをしていた。

 サイラス戦の傷跡は深く、数か月たった今も城内のメイドや兵の多くは復興ふっこう尽力じんりょくしている。

 カイはその代わりとして城内の掃除そうじを手伝うことが多くなった。



「団長ちゃん、本当に申し訳ないのです。私達メイドがしなくちゃいけない仕事なのに」


「気にする必要はないです。書類整理しょるいせいり片付かたづいてひまだっただけなので」


「そうは言ってもですねー」



 年齢不詳ねんれいふしょうの幼女・スーがメイド服に身を包み、掃除にはげんでいた。

 セミロングのかみにカチューシャをつけている姿は背伸せのびをしているメイド見習みならいのようだ。



「ラミアちゃんとクロちゃんがいなくなって、城の中もすっかりさびしくなっちゃいました……。アァ、私、こいしいです」


「むしろかたが下りてホッとしてるくらいですよ」


「またまたー、分かってますからね。私みたいにラミアちゃん達の寝室しんしつに行ってのこをかいでるんじゃないですか?」


「いやいや、そんなことするわけ……、今、なんて言った?」



 スーに対して敬語けいごを使うカイがめづらしくタメぐちで聞きかえしてしまった。

 スーはずかしそうに。



「もういやですよ、団長ちゃん。そんなわけないじゃないですか。せいぜいラミアちゃん達が使っていたベッドにむくらいです」


「そ、そうだったんですか。その程度ていどなら……、って余計よけいひどくなってるじゃねえかッ!?」



 スーはほうきを持ちながら楽しそうにわらう。



「本当に団長ちゃんはプライベートな時と、そうじゃない時で反応はんのうちがくて面白おもしろいです」


「ちっとも、ちっとも面白くないですよ、スーさん。本当は冗談じょうだんですよね?」


「さあ、どうでしょう?」



 ふくみのあるみをかべるスーにカイは頭をかかえる。



「クロはスーさんにどくされたのは間違まちがいなさそうですね」



 クロの小悪魔的こあくまてきな笑みや、いたずらっのような口調くちょうはスーさんによる物だ、と判断はんだんしたカイ。



「クロちゃんのはまごうことなき、天賦てんぷさいです。私はその才能さいのう開花かいかさせただけにすぎないですよ」


「開花させんなよ、そんな才能。今すぐってやりたいくらいです」



         ※



 掃除が終わり、一息ひといきついていたカイにスーが話しかけてくる。



「そういえば正午しょうごくらいでしたか、ティアラちゃんが外に出たようですが、知りませんか?」


里帰さとがえりじゃないですか?」


「傷もえていないので無理はしてほしくないのですが」


「そこらへんはティアラも重々じゅうじゅう理解りかいしてるから、大丈夫だいじょうぶだと思いますが……」



 スーはほうきを片付けて、まどふきを始めた。

 カイも隣の窓をくことにした。



「ティアラちゃんの故郷こきょうですか……。あれ? そういえば聞いたことないですね」


「ティアラの故郷はマリア―トって村です。静かな場所で良いところでしたよ」


「団長ちゃんは行ったことあるですか?」


「はい。一度、捕虜ほりょとして」



 スーは笑いながら、手を動かす。



「ハハハ、団長ちゃんも冗談が言えるんですね」



 スーは視線しせんだけをカイに向けるが、なにも返答しないカイを見て笑い声が徐々じょじょに小さくなっていく。



「……本当なんですか、その話? ちょっと気になるんですけど」

 

「この話はデリケートな部分があるのでティアラから直接ちょくせつ聞いてください」


「団長ちゃんのイケずですー」



 ほほふくらませるスーは幼女と見間違みまちがえるほどの破壊力はかいりょくがあった。

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