第2話 魔女と魔神の出会い

 私はレヴィ―と口喧嘩くちげんかをしながらひまをつぶして2日、様々な村の宿やどまりながらとある場所に着いた。

 私にとっては人生の転機てんきであり今までで一番のばくちをった場所でもあった。

 どこにでもありそうな荒野こうや草木くさきえておらず



なつかしいわね。まだあれから2年もってないけど』


「……うん……懐かしい……」



 この荒野はキリアの王・カイと初めて会った場所だった。

 最初彼とは敵同士であり、出会いも単なる偶然ぐうぜんの物でしかなかった。

 そして彼のおかげで私は不幸ふこう連鎖れんさち切ることができたのだ。

 決して自力じりきではのがれることができなかったであろう過去かこ、それを一つずつ思い出しながら私はゆっくりと故郷こきょうに向けて歩き出すのだった。



       ※



 私は最初、孤児こじだった。

 とある村で普通ふつうに生活していただけなのに、ある日、突然とつぜん両親りょうしんは村を出て、荒野の真ん中で私をりにしたのだ。

 理由りゆうは分からなかった。

 おさないころから魔法まほうが使え、そのことに両親がよろこんでいたのはおぼえている。

 なら、なぜてた?



 7歳の少女だった私ははらかせながらもあるつづけ、ついたおれた。

 すると私の前に馬車が止まり、中から一人の男が出てくる。



「おやおや、こんなところに子供がいるではありませんか」



 男は杖を握り、神父のような格好をしていた。

 年老としおいた神父が倒れている私をかるく持ち上げると、近くに止めてあった馬車ばしゃに乗り込む。



「君の家はどこかな?」


「……分からない……」


「迷子ですか?」


「……親に……置いてかれた……」


「そうですか」



 神父は何か分かったように静かに声を発した。

 そんな会話を続けていると、私のおなかが鳴った。

 神父は笑いながら、



「おやおや、お腹がへっているようですね」



 次に私がりた場所は小さな修道院しゅうどういんだった。



「ここが貴方あなたの面倒をしばらく見ましょう」



 神父は私にしわのある手を差し伸べた。

 知らない人にはついて行ってはいけない。

 両親に言われたことだが、目の前の男からは悪意あくいのようなものをおさなかった私には見抜みぬけなかった。

 結局けっきょく、私は空腹感くうふくかんに負け、その手を取ってしまった。

 そう。

 取ってしまったのだ。



       ※



 しばらくして、私はあの判断はんだん後悔こうかいした。

 そこはひど施設しせつだった。

 鉄格子てつごうしかこまれ、牢獄ろうごくのように一切いっさい光のとどかない部屋に孤児たちは押し込められていた。

 私を連れてきたエセ神父は多くの孤児を集め、魔法の実験に用いていたのだ。



「ォらッ、お前ら、休んでんじゃネエッ!」



 複数の男達がむちを振り回しながら子供たちに魔法を強要きょうようさせる。

 魔力が尽きて膝をつく者、泣きわめく者にも容赦なく痛めつけた。

 私も傷つきたくない一心いっしんで魔法の練習に打ち込んだ。

 もし、魔法のあつかいが下手へただと、その子は次の日にはいなくなってることもあった。



       ※



「……今日も……逃げようとしたの?……」



 与えられた部屋で寝ていた私の耳に子供の悲鳴、絶叫が忙しなく行きかう。

 逃げ出そうとした子供たちは処罰しょばつけた。その叫び声は夜中であっても轟き、子供たちに恐怖を植え付けたのだった。



       ※



「……これだけ……」



 今日も一日魔法を打ち続け、へとへとなのに食事は質素しっそな物だった。

 孤児たちのなかで、特に魔法にすぐれていた子供は豪勢ごうせい、とはいかずとも、他より多く食べられた。

 その光景こうけいを見ながら私は質素な食事に目を落とす。



「……いいな……」


「これ、やろうか?」



 となりに座っていた少年が私に小声こごえで話しかけてくる。

 少年の手にはパンがにぎられていた。



「……いらない……貴方あなたのだから……」



 少年の名前はサトル。

 変わった名前で一瞬で覚えた。

 これといった特徴もなく黒髪の少年だった。

 私より少し年上だろうか。



「そんなこと言わずにえって。俺、けっこう腹いっぱいだから」



 サトルは孤児たちの中で最も魔法の威力いりょくが高い。

 岩をくだく魔法でも、サトルが使えば地面に巨大なあなを作り出すほどだった。



「……ありがとう……」



 私はまずそうにそれを受け取る。



(……水がしい……)



 パンだけだと口が乾燥かんそうする。

 私の心の内を読み取ったように、サトルはコップを渡してきた。



「はい、水」


「…………」


「いいから、飲め」



 サトルから水の入ったカップを受け取り、一気いっきす。

 サトルは驚きの声を上げながら、肩を震わせる。



「ぜ、全部飲んだのか!?」


「……ごめん……」


「いや、今のは俺が悪かった」



 その日から変わった少年・サトルとかかわるようになった。



        ※



 修道院の生活も半年がぎようとしていいた。

 集められた100人以上いた孤児たちは、今は20人にまでっていた。



「もう20人しかいないのかァ」



 与えられた部屋の中でサトルは不謹慎ふきんしんなことをサラッと言う。



「……こわくないの?……」


「……怖くはないかな。いざとなれば、魔法でズドン、だし」



 サトルは手のひらに魔法で火を起こす。

 1年一緒にごしてなんとなくサトルの性格せいかくが分かってきた。

 あまり人に興味きょうみく、自分が生き残れていればいい、という考え方で、何か理由があってこの施設にいることは理解できた。



「……どうして……のこるの?……」



 サトルはしばらくだまっていたが、



「別に話しても問題もんだいないか。俺がここにいる理由は魔神器まじんぎ回収かいしゅうするためだ」


「……魔神器……ダサい……」



 ゴロがわるく、名付なづけた人物じんぶつのセンスをうたがうほどだった。

 サトルはせきみながら、私の感想をスルーした。



「……それを手にしたやつはスゲエちからが手に入れられるんだ」



 サトルの話を要約ようやくすると、私をこの施設しせつに連れてきたエセ神父しんぷが魔神器と呼ばれる武器ぶきを所有しているらしい。

 サトルはそれを国のために回収してきたとのこと。

 だけど、魔神器は所有者しょゆうしゃえらぶので、無理むり強奪ごうだつしようとすると、身体にがいがあるらしい。

 それをふせぐためには魔神器にみとめられる必要ひつようがある、とのこと。


 サトルは衝撃的しょうげきなことを口にした。



「孤児の多くはこの魔法訓練まほうくんれんの意味を知らないが、その魔神器の所有者にふさわしい人間を生み出すための物なんだ」


「……なんで……知ってるの?……」


「もともとそれを知らされたうえで、ここに入ったからな」



 きっとサトルは魔神器にえらばれるんだろうな。

 そんなことを考えていた私は彼のことをうらやんでいた。



        ※



 その日は曇天どんてんだった。

 それでも10人の孤児たちは日課にっかになってしまった魔法の研鑽けんさんにいそしんでいた。

 その理由も知らないまま。



「……さま。お話が……」


「なんでしょう?」



 むちを振り回していた男がエセ神父に近づく。

 いつも孤児たちに威張いばらしている男達だが、エセ神父の前では敬語けいごだった。

 その会話の一部に私は聞き耳を立てていた



「『憤怒サタン』と『嫉妬レヴィアタン』についてですが、試験しけんはいつにしましょう?」


「そろそろですかね」


「もし、失敗しっぱいしたら……」


「次の被験者ひけんしゃたちを集めますよ。以前はとなりの国の王子が盗賊とうぞくれて、らしまわっていましたから、腐るほど孤児がいたのですがね。これをにまた村をちしますか」



 私はそこまで聞いて、おそろしくなり聞くのをやめた。



        ※



 そして、私の人生の2度目の転機てんきはすぐそこまでせまっていた。



        ※



 エセ神父たちが計画けいかくしていた魔神器の適合者てきごうしゃを探す試験が行われた。

 残った孤児10名は1列に並ばされ、サトルは右端みぎはしに、私は左端ひだりはしに立った。

 これは魔法能力まほうのうりょく順位付じゅんいづけした結果だった。

 当然、右端みぎはし成績優秀者せいせきゆうしゅうしゃで、左端ひだりはし成績底辺せいせきていへんである。

 エセ神父が口を開く。



「君達にはここにある2つの武器ぶきを手にしてもらいます。まずはこちらの魔導書まどうしょをサトル君からさわっていってください」



 はこに入った魔導書は紫色むらさきいろ表紙ひょうしで、中の紙にいたんでいる様子はなかった。

 サトルの表情は一切見えないが、目の前に立つ神父の顔を見る限り、失敗したのだろう。



「サトル君でダメなら、他の子達でも無理でしょうが、ためしに……」



 残りの8人の孤児たちがれていくが、ことごとく失敗したらしい。

 私の番が来た。

 そっと魔導書にれる。

 変化は一切なかった。

 しかし、エセ神父は驚きをあらわわにしながら、



「まさか、ティアラ君が選ばれるとは! これで『魔神教まじんきょう』を復活ふっかつできる! 『邪神教』にも対抗たいこう可能かのうだ!」



 孤児たちを置いて、エセ神父を含め周囲の男達が歓喜かんきの声を上げる。

 私は何が起きているのか分からなかった。

 しかし、脳裏のうりに声が聞こえてくる。

 大人の女性のようななまめかしい声で、


(私、殺意さついとかいかりはこのみじゃないんだけど、貴方あなたが今まで蓄積ちくせきしてきた嫉妬しっと美味おいしかったわ。だから力をしてあげる)



 そこで私の意識いしき途切とぎれたのだった。

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