第4話 エレインの悩み

 猛暑もうしょが次第におさまってきた。レオンは畑の手伝いでり取った麦を貯蔵庫ちょぞうこに運んでいた時だった。

 村の人達の喧騒けんそうが聞こえてきた。人ごみの中から村長が顔を出し、レオンに近づいてきた。



「れ、レオンはいるか!?」


「どうしたの、村長のオジサン?」



 村長のオジサンは村のために一生懸命働いており、彼の許可もあって教会の広間でレオンは修行をすることができた。

 その見返りとして、とある事でレオンに頼ることがある。



「村のはずれに魔物が出たのだ!? すまないが、衛兵えいへいに同行してくれないか?」



 この村は森が近くにあったり、反対側の荒野には魔物が住んでいたりと、かなり危険な場所で、よくレオンに討伐依頼が来た。

 みの兵よりも強いレオンは二つ返事で了承りょうしょうする。



「気を付けるんだ、レオン」


「無理はしないでね」



 自宅から真剣しんけんを持ち出すレオンを両親は心配そうに見つめる。

 レオンは剣の握られた手を大きく振りながら。



「大丈夫だって! いってくる!」



         ※



 今、レオンは村のはずれの荒野に立っている。

 目の前にはワイルドボアと言われる、大人より一回り大きな獣が自慢じまんの角を振り回しながら、レオンを威嚇いかくしてくる。

 しかし、レオンは動じない。

 腰から剣を抜くとワイルドボアは突進してくる。



「攻撃が単調なんだよな……」



 レオンはワイルドボアの突進経路とっしんけいろから身体を少しずらし、持っていた剣を地面と水平になるようにかせる。



「クッ!?」



 あとは足をるだけで、突進の勢いを利用してワイルドボアはわきかれ倒れる。

 レオンは剣をさやにしまいながら。



「ふー、こんなものか……」


「馬鹿者!? 後ろじゃ!」



 突然の叱責しっせき

 レオンが声のしたほうに振り向くとワイルドボアが肉薄にくはくしていた。



「ナッ!?」



 レオンは跳躍ちょうやくしてよけながら、身体をねじって剣を振りぬくことでワイルドボアの無防備な背中を切り裂く。

 短い断末魔だんまつまののち、ワイルドボアは倒れた。

 すると、レオンに向かって怒鳴どなりながら近づいてくる者がいた。



馬鹿者バカモノ、なぜ気を抜いた!? 戦いに余裕よゆうをぶっこく瞬間はないと何度言ったら分かる!?」



 ガリッタがレオンをしかる。

 ガリッタはレオンの師匠ししょうということで、魔物を討伐するときは村長から同行を求められている。

 レオンは子供のように言い訳をする。



「だ、だって、あれじいちゃんの獲物じゃん。俺に向かってくるなんて思わなかったし……」


「ム……。確かにそうじゃが、お前が油断したのも事実じゃ」



 ガリッタは右手でレオンに頭に拳骨げんこつを食らわせるが、2人とも右手と頭を押さえ痛そうに顔をゆがめる。

 そんなやり取りを村の衛兵えいへいは楽しそうに見ている。

 そのとき、村のほうから汗をかきながら村人が走り寄ってきた。



「た、大変だッ! 森からでけえくまが現れやがった! 誰か援護えんごに向かってくれ!」



 ワイルドボアをあらかた片付けた兵が増援ぞうえんに向かおうとし、ガリッタもついていこうとするが、



「じいちゃん!?」



 胸を苦しそうにおさえながら座り込むガリッタに驚きの声を上げて近づくレオン。



「馬鹿者! お前が行かんでどうする!? この村じゃレオンが一番強い。ワシを放って行くのじゃ」


「で、でも……」



 そこに衛兵が近づいてくる。



「レオン、君は行ってくれ。一応、兵のはしくれとして簡単な治療魔法くらいは使える」


「じ、じいちゃんのこと、頼みます」



 レオンは苦しそうにしている祖父を置いて、くまのもとに向かうのだった。



         ※



 熊が襲っていたのは村でっている羊小屋だった。

 熊のもとに行くと1人の少女が対峙たいじしていた。

 黒のセミロングに、畑仕事でもしていたのかどろまみれの顔。



「おい、エレイン! 何やっているんだ!? はやく逃げろッ!」



 エレインはレオンの呼びかけが聞こえていないのか、口元をパクパクさせている。



「我が前に立ちふさがる障害をき飛ばせ、『天竜の息吹ウィンド・ブレス』!」



 エレインの詠唱えいしょうによって強風が吹く。

 しかし、人間とは比べ物にならない力を持つ熊にとって、その風は気持ちの良いものでしかなかった。

 まだ魔力の制御がうまく行かないエレインはすぐに息を切らしてしまう。

 その光景を遠目とおめで見たレオン。



(いや、たったあれだけの魔法で息が切れるのもおかしい。もしかして……)



 風がやむと熊は2足で立ちエレインにおそい掛かったが、間一髪かんいっぱつレオンのこぶしが熊の腹にめり込む。



「に、兄さん……」


「何をしてるんだ!? どうして逃げなかったんだ!?」


「だ、だって、私も村の人の力になりたかったから……」


「はあ……。あとで親父たちにしかってもらうとして、今はコイツをどうにかしないとな……」



 しかし、目の前にいる熊はむくりと起き上がるとそれ以上動こうとはしなかった。



(敵意が全くない。どうしてだ……?)


「エレイン、動物と話せる魔法なんて便利な魔法を持っていたりはしないのか?」


「使えますが、まだ自分にしか付与することが……」


「それで構わない。できればこの熊と話し合ってほしい」


「わ、分かりました」



 エレインは戸惑とまどいながらも魔法の詠唱を始める。

 両手を合わせいのるようなポーズをとる。



「我に人外じんがいの言葉を理解できる知恵ちえを授けたまえ、『テレパシー』」



 エレインの身体が光りだす。

 光が収まるとエレインは熊におそる恐る近づいた。



「あ、アナタはどうしてここに来たのですか?」



 普通に人間の言葉を話しているようにしか聞こえないが、その言葉には若干の魔力が込められている。

 熊もエレインに近づきながら返答する。



「グあああ」



 エレインの耳はその言葉にピクリと反応する。

 会話を終えると、エレインはレオンに耳打ちした。



「こ、このクマさんは友達が欲しくて森から出てきたそうです」


「は?」 



 レオンは最初耳を疑ったが、同時に敵意がない事にも納得できた。



「ええと、友達になってもいいが、村に手を出さないことが条件だな」



 レオンは冗談じょうだん交じりで言ったつもりだったが、エレインはそのまま熊に伝えてしまった。

 目をかがやかせながらほおずりしてくる熊の毛が、レオンの顔にチクチク刺さる。



「兄さん、このクマさんは名前を欲しがっています」



 熊から顔を無理やり離しながらレオンは叫んだ。



「性格が丸い熊だから、『熊丸クママル』! もうそれでいいか?」


「安直すぎませんか? 一応伝えますが……」



 頬ずりが異様いように痛く、熊から離れながら適当に名前を付けるレオン。

 だが、熊はその名前を気に入ってしまったらしく、再度レオンにのっかり頬ずりをしてくる。

 急な話の展開についていけないレオンの顔には熊の毛で切り傷がついていたのだった。



         ※



 その日の夕方、熊丸のことを村長に話をつけ危害きがいを加えないなら討伐しなくてもいいということになった。

 ガリッタのほうはレオンがお見舞いに行ったところピンピンしていて、ワイルドボアとの戦闘のことでレオンは説教を受けた。

 その帰り道、エレインはレオンの後ろからトボトボついてくる形で歩いていた。



「まあ、親父達に一緒いっしょに怒られてやるから、そんな落ち込むな」


「ち、ち、違いますよ。そんなことで落ち込んだりしませんよ。子供じゃありませんし」


「まだ、13の子供が何を言ってるんだ」



 正直な指摘にエレインはムクれながら魔法を詠唱しようとする。

 しかし、すぐに詠唱を止めてしまう。

 レオンはエレインが何になやんでいるのかに心当たりがあった。



「もしかして魔法で熊、……熊丸に攻撃することを躊躇ためらったのか?」



 図星ずぼしだったのか、動きが止まるエレイン。



「兄さんは何でもお見通しですね。……私は畑仕事をしている最中に熊丸が森の中から現れたことを聞いて、兄さんがいなくても私にもできることがあると思っていました」



 エレインは自身の両手を見つめながら、声がふるえ始める。



「なのに、熊丸を……殺すことを躊躇ってしまいました。下手をしたら兄さんまで……。もしかしたら、これから魔法を学んでも恐れが先行して足を引っ張ってしまうかもしれません」



 エレインは自身の魔力が強大であることを知っているがために、生き物がどれだけあっさり魔法で死んでしまうのか分かってしまうのかもしれない。

 そこからくる不安をレオンも持っているから、足がすくんでしまうことはよくある。



「生き物を殺すことは生半可な物じゃないからな。今では簡単に倒せるようになったけど、一時期ワイルドボアの突進で足をやられて、トラウマになったことがあるんだ」


「確かにありましたね、そんなこと……」



 エレインは苦笑する。

 あの時は、痛い、痛い、とのた打ち回ったのに医者にてもらったら軽い捻挫ねんざだったことが発覚し、レオンは村のみんなに笑われたのだ。



「あまり笑うなよ、俺だってあれから戦うことの恐ろしさを知ったんだからな。まあ、それで人が恐怖きょうふで動けなくなるのは理解してる。だから気にすることはないよ。それとな……」



 レオンは一呼吸ひとこきゅう置くと。



「足を引っ張るなんて言ってるけど、エレインのおかげで熊丸とたたかわなくてんだ。魔法はなにも戦うだけじゃないってことを実感したよ。エレインもそんな自分を役立たずなんて言うな」



 エレインはレオンの考えを聞くとクスリと笑って感謝の言葉を告げる。



「ありがとうございます、兄さん。そう言ってくれて、なんかすくわれた気がします」



 れやかなエレインの笑顔を見てレオンは付け加えた。



「だけど、1人で熊丸と対峙たいじしようとしたことは後で親父達にしっかりしかってもらうからな」



 笑顔から一転して、死んだような眼をレオンに向けるエレイン。



「兄さんのバカ! 思い出したくないことを……さっきの感動を返してくださいッ!」



 エレインは両親の説教を受けた後も、しばらくレオンとは口をきかなかったのだった。

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