第5話 ある少女たちとの出会い

 残暑が過ぎ、次第に気温が下がってきたある日。

 朝日が顔を出すとすぐに、レオンはひまつぶしに森に出かけることにした。

 森に魔物が出るので、良い練習相手になるのだ。



「おイッ、今、なんて言った!?」



 村を出ていこうとすると、近所のおじさん達の驚きの声がレオンの耳に入ってきた。



「近くの村が野盗に襲われたらしいぞ」


「本当か!? もしかしたらここにも……」


「いや、が交戦したらしい。騎士団が野盗ごときに後れを取るとは思えねえ」


「それもそうだな。朝っぱらから不吉なこと言うなよ」


「ははは、スマンスマン。お、誰かいるぞ」


「レオンじゃないか。こんな早くからどうした?」



 近所のおじさんが声をかけてきたので平静をよそおいながら答える。



「今から森に行くんだ。今日は仕事もないし」


「危ないから気をつけろよ。まあ、レオンほど強ければ問題もないがな」



 レオンは先程の話について聞いてみることにした。

 すると、近所のおじさんがレオンの頭をグリグリとなでまわす。



「子供が気にすることじゃねえよ。心配ねえから遊んで来い!」


「うん……」



 レオンはそれ以上話にみ込めないまま村を出て森の中に入っていく。

 森に入ってしばらく薄暗い道を進むとレオンは大声を上げる。その声は風に乗って森をけていく。



「おーい、熊丸くままる。俺だ、レオンだ」



 その呼び声に草むらの中から、一匹のクマが姿を現した。

 大人よりも一回り大きく、所々に負った傷が威圧感いあつかんをさらに高めている。

 レオンに『熊丸』と名付けられたその熊はレオンが視界に入った途端とたん、周囲に振りまいていた威圧を消しレオンに頬擦ほおずりをしてきた。

 レオンも熊丸の頭を優しくなでる。



「エレインは来れないんだ。ごめんな」



 エレインもよく熊丸と遊んでいた。

 彼女がいないことに気付き、落ち込む熊丸をレオンはなぐさめた。



「今日は一日中、暇だから、少し遠くまで行こう。熊丸がこのまえ、行きたがってた場所に行くか」


「グアアああ」



 以前、森を散策したとき、熊丸が行きたい場所があるかのような素振そぶりを見せた。

 しかし、午後から両親の手伝いにかり出される予定だったので、レオンは断ったのだ。



「じゃあ、上に乗るからな」



 レオンが熊丸にまたがると、熊丸はどんどん森の中に進んでいった。

 木々の間をすりぬけ、流れのおだやかな川をわたり、また木々の間をすり抜けていく。

 山から山へ、川から川へ進んだ。

 歩いて行ったら安全な道を探すことになるので何日もかかるだろうが、熊丸のおかげで目的地についたときには、まだ日は真上に差し掛かっていなかった。



「ここか、お前の来たかった場所は?」


「グァ」



 そこは木々がしげっていた場所と全く違う。

 木が一本もなく、一面に花畑が広がっていた。

 光をあびた花は風に揺られて気持ちよさそうに咲いている。



「……?」



 熊丸は花を踏まないように進むと、多くの人影があった。

 その人影の中央には二人の少女がいた。

 一人は、太陽の光を受けてきれいに輝く金色の髪、透き通るような白い肌を持ち、もう一人は、対照的に少し日焼けしたような肌に、少しくすんだ白色の髪。

 日焼けの子は、頭に変わった飾り物と、腰のあたりから長い尻尾のようなものがのびている。

 


(エレインと同い年くらいか、あの子たち?)



 レオンがそんなことを考えていると、二人の少女が明るく熊丸に話しかける。



「あら、今日も来たのね、クマさん」


「また会ったニャ、今日は何してあそ……ぶ?」



 二人の少女のまわりに10人近くの女性がたたずんでいた。

 クマの上に乗っかっていたレオンを見て周りの女性はするどく彼をにらんでくる。

 熊丸は敵意を見せず、その人たちに語りかけるように鳴いた。



「グあ」



 熊丸が叫ぶと、褐色肌かっしょくはだの女の子が、金髪の女の子に耳打ちをした。

 そして、頷いた金髪の少女が



「さがっていいわよ、あなたたち」



 と指示をだしたが、周囲の女性は警戒を解くべきかどうかなやんでいた。

 金髪の少女はさらに付け加えて説明した。



「あのクマさんのお友達らしいから大丈夫よ」


「わ、わかりました」



 熊丸は二人の少女のもとに行き、レオンは、そこから降りると金髪の少女と褐色肌の少女が挨拶あいさつをしてくれた。



「私はラミア、私の後ろに隠れているのはクロよ」


「は、はじめまして……、クロにゃ」


「こちらこそ、俺はレオン」



 ラミアの声はよく通り、クロはずかしいのか小声でつぶやいた。

 レオンは、クロと呼ばれた少女の尻尾と飾り物のような耳を物珍ものめずらしそうに見る。

 その視線に気づいたクロはラミアの後ろに縮こまってしまった。

 そんな彼女をラミアは優しくなでる。



「クロは獣人なの、だけどこの子も、そのことを気にしているから、あまり、見ないで上げて」


「ご、ごめん」


「それでレオンはどこから来たの?」


「ルイアーナ村から来た」



 レオンの返答に、ラミアは一瞬言葉が詰まるが、再度確認してきた。



「ルイアーナ村、ほ、本当にそんな遠くから来たの?」



 レオンの代わりに、熊丸が返答した。それを聞いたクロが何度かうなずく。



「グアアああ」


「うん、うん。ラミア、本当みたいだよ」


「ま、まあ、あまり長居はできないでしょうけど、レオンも少し遊んでいきなさい」



 少し上から目線の態度たいどだったが、ここまで来て何もせずに引き返すのももったいなかったので、レオンは彼女たちに付き合うことにしたのだった。



        ※



 クロと熊丸が楽しそうに遊んでいる間、

 ラミアは、レオンにどんな花があるかを教えていた。



「これはメシアノール。薬草に使える花よ。こっちはリラン。かぐとリラックスできる花、こっちは……」


「へー。物知りだな。これは食べられる花だったような気がするが、名前は……」


「エディブルね。だけど、それは食べられるだけで美味しくないわ。そんなのよりよっぽどこっちのほうが美味しいわよ」


「これは? 大して変わらないような気がするが」


「バカね。花びらの数が違うでしょ。それ、すごく甘いから、花びらを食べてみなさい」



 レオンは花びらを一枚とり、口の中に放り込む。

  


「ウエッ、なんだこれ、マズッ」



 レオンは口を押えながらも飲み込む。

 レオンの苦渋くじゅうに満ちた表情を見ながらラミアは吹き出した。



「いい反応するわね。まさか、そんなリアクション取るなんて」


「ゴホゴホッ! だましたのか?」


「ごめんなさい。つい、からかってみたくなって。ちなみにこっちが本物」



 渡された黄色い花びらを恐る恐るレオンは口に入れる。



「……甘い」


「そうでしょ? この花畑ぐらいよ。これがあるのって」


「確かに美味しかったが、さっきのは怒っても良いのか?」


出来心できごごろなんだから見逃しなさいよ! 別に毒はないんだし」


「そういう問題じゃ……」


「はいはい、アナタもミネルバみたいなこと言うのね。そんな心がせますぎたら、女の子からモテないわよ」


余計よけいなお世話だ」



 視線を外すレオンの行動にラミアはまた笑うのだった。



       ※



 ラミアは日に当たりすぎたとのことで、木陰こかげに入って休んでいる間にレオンはもう一人の女の子、クロと遊ぶことにした。



「今日はこれで遊ぶニャ!」


「これは……木の板か?」



 レオンは渡された物を見る。

 薄い板のようなもので、すごく柔軟じゅうなんだった。

 軽くて投げたら浮いてしまいそうだ。



「それはフリスビーって言うらしいニャ! それを投げて、熊丸に取って来てもらうニャ」


「それだけなのか?」


「まあ見ててほしいニャ」



 クロはフリスビーなる物を投げると、熊丸は花畑を駆けていく。

 単に落ちたフリスビーを持ってくるものだと思っていたレオンは驚く。

 まだちゅうに浮いていたフリスビーをジャンプして取ったのだ。



「マジか……」


「試しにやってみるニャ! 見てるだけでも楽しいから」


「……分かった。いくぞ、熊丸」



 一人と一匹の真剣な空気にクロは。



「別にそんな真剣になる必要はないニャ……」



 レオンはフリスビーを投げ、熊丸がもうダッシュした。

 しかし、初めてで力加減をあやまり、かなり高くに飛んでしまった。

 そこに突風が吹き、フリスビーの軌道きどうが変わる。



「……なんかこっちに戻ってきてないか?」


「レオン、よけるニャ!!」


「へ、何を言っている……?」



 レオンはフリスビーの動きにばかり気を取られ気付いていなかった。

 フリスビーを追いかけていた熊丸がレオンに全速力の頭突きをかます。



「ゲボラッ!?」



 そのまま熊丸はレオンを下敷したじきにしてしまう。



「グぐるじい……、どいてぐれ、ぐままる……」


「れ、レオン、今助けるニャ!!」



 熊丸に踏みつぶされたカイを助けるため、クロが熊丸を説得するのだった。

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