第6話 天国から地獄へ

 ラミアとクロは二人で熊丸に乗って花畑を駆けまわった。

 日が真上からさし、それを艶やかに反射するラミアの髪、屈託くったくないクロの笑顔からレオンは目が離せなかった。

 熊丸に踏みつぶされ休んでいたレオンは近くにいた女性に話しかけられ、突然のことに彼は視線を女性に向ける。



「ワタクシ、ミネルバと申します。今日はラミア様、クロ様と遊んでくださってありがとうございます」


「い、いえ。自分もいい気晴らしになったので……」



 その女性はレオンが今まで見てきた女性の中では一番美しかった。ラミアと同じく流麗な金髪に青空のように澄みきった瞳。背が高くスタイルが良かった。簡潔に表現すれば、ボンキュッボンと理想の女性像を体現したような風貌だった。

 その女性がレオンの初々しい反応を見てクスクスと笑いながら。



「ラミア様とクロ様は身分の都合上、友人らしい友人がいらっしゃいません。一緒に遊んでいる熊丸さんとレオン様が初めてなのです」


「身分?」


「申し訳ありません。身分についてはお教えすることは出来ません」



 その女性との話に割り込むようにラミアがこっちに来るよう大声を上げる。



「こっちに来なさい! アナタに熊丸と話せるようになる魔法を教えてあげる」



 話しかけてきた女性は困ったように笑みを浮かべる。



「本当に楽しそうに遊んでいらっしゃいます。私は邪魔者でしょうね。それでは失礼します」



 女性は花畑から少し離れた木陰に入る。

 ラミアが熊丸と話すための魔法『テレパシー』を教えてくれた。

 魔力操作などを厳しく指摘されながらもようやくレオンは使えるようになったのだった。



          ※



 そんなこんなで久しぶりの休日はレオンにとって楽しかった。日々剣の修行に励んできた彼だが、たまにはこんな日があってもいいな、と思った。

 日が傾き始め、ずっと気になっていたのでレオンは二人に聞いてみた。



「君たちは、どこから来たの?」


「私たち? そうね、悪い人でもなさそうだから教えてもいいかしら」


「ダメです、ラミア様」



 レオン達が遊んでいる間も、後ろで見守っていたミネルバが、ラミアの発言を止めようとした。出身地を聞くのもまずかったのかもしれない。

 だが、ラミアは女性の制止を無視する。



「別にいいじゃない。せっかく付き合ってもらったんだし、少しくらい。また会うかもしれないし」


「ミャーもまた遊びたい」


「クロもこう言ってることだし。ではあらためて。私はラミア。私はカルバ王国の、そしてクロはサザン王国の王女よ」



 レオンはラミアの言ったことに耳を疑う。だがそれなら、この付き人の多さにも納得いく。



「ええと、なんで王女様がこんなところにいるのですか?」


「今更、敬語なんていいわ。そっちのほうが気分良いし。それで質問の答えだけど」



 レオンの質問に、ラミアは森の奥のほうを指さす。

 そこには遊んでいて気付かなかったが、巨大な建物が立っていた。

 遠くからでレオンは、はっきりと視認することはできなかったが、すごく綺麗ないくつもの塔のような物が天に向かって伸びていた。



「アナタにもあの大きな城が見えるかしら、あそこが私たちの家、というかお城なんだけど、ここは家から最も近い遊び場なの」


「戦争がはじまってから、遠くにいけなくなったニャ」



 レオンは、戦争、という単語に引っかかりを覚えた。彼の様子を見たラミアは怪訝けげんな顔で聞いてきた。

 まるで、知らないなんて言わないでしょうね、とでも言うように。



「アナタ、今おきてる戦争について何も知らないわけ!?」



 話を聞くと、カルバ王国、サザン、そして西の他の国々は協力して、ギフテル帝国と呼ばれる東の国と戦っているらしい。



「ならここにいるのは危なくないか?」


「ここは戦線から遠いから、そうそう危険な目にあうことはないわ。しかも護衛もいるし」


「もしかしてあの人たちが護衛なのか?」



 レオンは辺りにいる女性達を眺める。

 着ている服は落ち着いた色のスカートみたいだったが、裾が長く足元が隠れていて動きにくそうだ。

 さらに、体格も細く護衛と言われてもしっくりこない。

 自分のことのように得意気に語っていたラミアの声音が突然沈む。



「そうよ、ああ見えてカルバでは腕が立つのよ。むしろ危ないのはルイアーナ村よ」


「ど、どういうことだ?」


「本当にアナタは何も知らないのね。ルイアーナ村からの穀物はカルバ国にとって貴重な食糧源しょくりょうげん。しかも戦線から近いから狙われることだってあるのよ」



 レオンの顔に不安の冷や汗が流れた。

 ラミアもちょっとした忠告のつもりだったのだろう。

 彼の顔から血の気が失せていくのを見て、慌てて補足した。



「ま、まあ、平気よ。宣戦布告もされてないから、まだ大丈夫。それに今、騎士団が戦線付近せんせんふきんの警備をしてくれてるから」



 しかし、その言葉もレオンは話半分で聞いていた。

 レオンが今まで本を読んで学んできたことの中に『戦争』なんて言葉が出てきたことがなかった。

 さらに村でも『戦争』について話をする者がいなかった。

 だが、レオンには思い当たる節があった。



(今朝近所のおじさんが話していたことと関係があるのか?)



 レオンは不安に駆られてしまう。

 そして『テレパシー』で熊丸を呼ぶレオン。

 熊丸は彼の様子に気付いたのか日向ひなたぼっこをすぐに止め近づいてくる。




「……今日はそろそろ帰るよ」


「また遊べるかニャ?」


「……ああ、今度は妹でもつれてくるよ」


「何かあったら、ここに来なさい。協力できることがあるかもしれないし」



 ラミアの助言に、レオンは無理矢理笑みをつくると、また森の中を熊丸に乗って入っていった。



         ※



 レオンは先ほどの話をきいてから、妙な胸騒ぎがした。

 熊丸の背に揺られながら、村が無事なのか気になってしまう。

 しかし、ラミアの話から、今日攻めてくるなんてありえない、と気持ちを落ち着ける。

 先程教わった『テレパシー』で熊丸に話しかけるレオン。



 「大丈夫だよな、熊丸?」


 「グあああ……」



 熊丸は行きの時よりスピードを上げて走ってくれた。

 村に着くと、すでに夕暮れだったにもかかわらず、村はいつもよりひかり輝いていた。

 森からでも赤い光がめらめらと揺れる。

 だが、その光は安心をもたらしてくれるものではなく、強く心をしめつけられた。

 熊丸も警戒しているようで、スピードを落とさず森を抜けた。



 「グルルルッ……」



 熊丸が勢いよく森を抜けるとその先には――。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る