第3話 見習い魔導士

「レオン、エレインが魔導士になるのをあきらめるよう説得に協力してくれ」


「……」



 レオンは父が言いたいことも理解している。



(だけど、自分の好きな道を進んできた俺が、どの面下つらさげてエレインを説得できる? エレインが昔話の魔導士にあこがれたように、俺だってじいちゃんの剣技や魔法に憧れたから修行してきたんだ)



 きっと玄関げんかんでエレインににらまれたと感じたのは勘違かんちがいではなかったのだろう、とレオンは思い直す。

 好き勝手やってきたレオン、自由にできない自分。

 だから、レオンをうらやみ、いきどおった。

 なら、レオンの答えは決まっていた。



「ごめん、親父おやじ。それには協力できない」


「な、なにを言っているのかわかっているの!?」



 その返答に声を荒げて怒ったのは、レオンの母だった。

 母にとって予想外の返答だったのだろう。

 しかし、レオンの父はそれを制止する。



「理由を聞いてもいいか?」


「確かに、エレインは現実が見えてないのかもしれない。だけど、それは俺だって同じだったし、いつか現実に直面するときは来る」



 魔甲まこうを習得したときも魔法をおそれたレオンだからわかる。

 だが、



「だったら、その時、魔導士を目指すかどうかを決めればいい。決めるのはエレインだ。だから、俺は説得に協力できない」



 レオンの父は理由を聞いてだまっていたが、母は納得していないようだ。



「だけど、その現実とやらにあたったときに、エレインになにかあったらどうするのよっ!?」



 母は父のほうに視線をむける。

 その視線に気付くレオン。

 


(親父についてよく知らないけど、もしかしたら農家を営む前は……)



 ふるえる母の口から出てきたうったえに、それでもレオンは引き下がらない。



「そうならないように、俺がエレインを守ってみせる」



 なんの確証かくしょうもないがレオンはこう言うしかなかった。

 それがレオンの今言える精一杯せいいっぱいだったし、ここでレオンが諦めてはエレインの味方がいなくなる。 

 レオンは両親の反応を待つ。




「「……」」



 両親はレオンの言葉を聞いて沈黙ちんもくする。

 しばらくして、父が口を開いた。



「本当に守りとおせるか?」


「……もちろん」



 両親は深くため息をついた。



「レオンまでエレインの味方をしだしたら、私達だけではもう止められないな。お母さん、しばらくはレオン達を見守ろう」


「……わかりました」


「ありがとう、親父、母さん」



         ※



 次の日、レオンはガリッタのところに行き事情をくことにした。



「ああ、そうじゃ。エレインは3年以上前から早朝に修行をしておった」



 なんでもレオンが魔甲まこうで、林を更地さらちにした光景を見てしまった。

 それから自分にも魔法の才があるかもしれないと思ったらしい。

 


「実際、エレインは魔法に特化しておった。魔甲を教えた次の日には習得していたほどじゃ」



 ガリッタいわく、様々な属性の魔法を扱え、特に火、水、風、土の扱いは魔導士にも引けを取らないらしい。

 その成長の速さにレオンは舌を巻く。



「マジか。……実は」



 レオンは両親とのことをガリッタに話す。

 ガリッタはその話に対して、これといった反応は示さず、



「そうか、ついにバレてしまったか」


「なんでエレインに魔法を教えたんだ?」


「最初は、断るつもりじゃった。じゃが、魔甲の習得の速さを見たら、エレインには魔法を教えなければならないと思った」



 それがけようのなかった事のようにガリッタは言った。



「どういうこと?」


「魔力量が多いが故に、もし、一度も教わらなかったらエレインの魔法が暴走する危険があったのじゃ」



 レオンは家での騒動そうどうを思い出した。

 エレインの魔力が暴走して部屋がらされたのを見ていたし、レオンが魔甲を覚えた頃、林を更地さらちにしたことがあった。

 だから魔力操作の重要性をレオンも理解している。



「じいちゃん、今の俺はエレインを守れると思うか?」


「馬鹿者、守れるか守れないかじゃないだろ。これくらいのことで折れてどうする」 



「折れたわけじゃないよ。でも、だだ意志が強いだけじゃ、エレインに何かあったとき守れないかもしれない」


「当然、ワシも尽力する。じゃが、エレインが暴走したとき、止められるのはワシとレオンしかおらん。お前がシャキッとせんでどうする?」



 ガリッタの言葉には根拠がないことも多いが、レオンにとっては不思議とやる気を与えてくれる。

 レオンは気合を入れなおすために両手でほほをたたく。



「わかったよ、俺もこれからは協力する」



         ※



 家に戻ると、玄関げんかんでエレインが立っていた。

 両手を体の前でにぎりながら指を動かし、顔は下をむいていてレオンの高さからだとよく見えない。



「ただいま、エレイン」


「あ、うん、お帰りなさい、兄さん」



 エレインは通路をふさいでおり、レオンは家の中にはいれない。



「そこをどいてくれると助かるんだが」


「そ、その。少しだけ時間をください」


「いいけど、どうした?」


「……さっきお母さんとお父さんから、魔法の勉強をしてもいいよって言われました」



 両親がエレインの魔道士になる夢を認めてくれたらしい。

 ひとまずレオンは胸をなでおろした。

 自分の事のようにレオンはみをこぼしながら、



「そうか、よかったな」


「それで2人を説得してくれたのが兄さんだって聞いて、その……」


「まあ俺も好き勝手やっているからな」


「で、でも許してもらえたのは兄さんのおかげだから、あり……がとう。そ、それだけです!」



 レオンの返事を待たずにエレインは自室に戻ってしまった。

 


(エレインを守ることは一筋縄ひとすじなわじゃいかないかもしれない。だけど、親父達が許してくれたのなら……まあいいか)



 とレオンは不安を感じながらも晴れた心持こころもちで自室に戻るのだった。



         ※



 それからエレインとレオンは早朝からガリッタのもとで一緒に修行するようになった。



(エレインとの距離きょりも少しはちじんだのか?)



 あの日をさかいにエレインとの間にあった壁がうそのように消えていた。

 レオンが日課の素振りを終わらせると、



「兄さん、水筒すいとうとタオル。着替えも用意してあります」



 と言いながら、エレインは家から持ってきたタオルや水筒を手渡しする。



「あ、ありがとう、エレイン」



 日が真上に上ってくると、



「はい、兄さん。昼食におにぎり作ってきたから食べてください」



 と早朝に作ってくれたであろうおにぎりを取り出す。



「うん、おいしいよ」


「……満足していただけたなら嬉しいです。もっと食べてください」



 ガリッタはそんな孫達まごたちのやり取りを見ていて、ある日ぼそっとつぶやいた。



「最近のお前たちの様子を見ておると、兄妹でありながら恋人のようにも見えてしまうのじゃが大丈夫なのか?」


「じいちゃん、そんなことあるわけないだろ。兄妹ならこんなもんだ。な、エレイン?」



 レオンが全否定しながらエレインのほうを向くと、顔を真っ赤にしていたエレインの魔力がふくれ上がる。



「お、おじいちゃん、そ、そんなわけないでしょっ!!」



 エレインの周囲に魔力が集まり手では数えきれないほどの火の球が形成される。

 ボオオオォといやな音をたてながらただようう火球。

 エレインの叫び声とともに、ガリッタに向かっていくつもの火球がとんでゆく。

 かろうじてガリッタはそれらをかわすが、後ろにあった木々に直撃した。

 一瞬で視界をおおうような炎があがり、かわしたことを後悔したガリッタはあわてて、



「まずい、レオン! 水魔法であの火を消すのじゃ! また村長にしかられるぞいッ!!」


「わ、わかった。『水球クリエイトバブル』!」



 前に突き出したレオンの右手に巨大な水の球体が生成し、火のついてしまった木にぶつけて消火を試みる。

 水が勢いよく蒸発する。

 なんとか消火しおわったが、エレインの全身はまだワナワナとふるえていた。

 心配になったレオンはエレインの肩にれると、彼女の身体が小さく上下した。



「おい、大丈夫か?」


「ひゃ、ひゃい、大丈夫です、兄さん!」



 ガリッタは、心臓がいくつあっても足らんよ、とため息をつく。



「エレイン、お前の力は強いぶん冷静に扱うことをこころがけよ。いまより強い感情にさらされたとき、より強大な力が暴走する可能性もあるのじゃから」



 レオンは冷たい視線をガリッタに送る。



「いいこと言っているとこ悪いけど、じいちゃんがエレインに変なこと言ったせいだからな」


「わ、わかっておる、まさかここまで感情がたかぶるとは思っとらんかった」


「むウうううウうウう……」



 ガリッタの発言に、二人に聞こえないようにうなほほを染めるエレインだった。

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