第13話 風神の弓

 『深緑の樹海』、緑が視界一杯しかいいっぱいにうめつくされている。



精鋭部隊せいえいぶたいがやられたッ!? そんなに敵が強いのかノー?」


「はい、以前お見えになったよりも強いやもしれません」


「ほー、そこまで強いか。もし、予想と違う相手だったら、あの弓をもって逃げるしかないのー」



 静かな森の中でせわしなく動き回るエルフ達の姿があった。

 その中央に2人の男が静かに立っていた。

 どちらとも老いを感じさせない容姿だが、片方は杖をつき背を丸めている。

 容姿と相まって違和感いわかんしかなかった。

 もう片方のエルフが口を開く。



「長老、おそらく大丈夫でしょう。報告によるとミネルバの姿もあるらしいです」


「なおさらじゃ、ラミアフル様の手紙にあったじゃろ。たとえミネルバでも信用するな、と」


「存じております。ですが、別の報告だとエルフは全員殺されていない、とのこと」


「ほー、エルフが弱くなったのか、人間が強くなったのか、気になるのー」



 今の危機的な状況に対して、長老は弓がしまわれた箱を両腕に抱えながら避難ひなんの準備を進める。

 そこで異変が起きた。

 エルフの1人が森からこちらに吹き飛ばされてきたのだ。

 その後に森から出てきたミネルバがこう言った。



「お久しぶりです。長老様」



         ※



 エルフの集落に着いたカイ達一行。

 ミネルバは同胞どうほうに向かって挨拶あいさつをする。

 しかし、エルフ達は警戒心けいかいしんを高める。

 カイも挨拶あいさつをする。



「突然の来訪らいほう、申し訳ない。自分はキリアの王・カイ。今回はラミアフル=フォン=カルバの遺品『風神の弓』の在りかを知りたくてここまで来た」


 

 カイの挨拶に答えたのは、エルフの集団をかきわけるように現れた老人だった。

 老人、というには顔は若々しい。

 背中を丸め杖を突いていることにカイは違和感を覚える。



「おー、おぬしがカイか。ということはラミアフル様の娘ラミア=フォン=カルバ様も来てくださったのかノー?」


 

 老人がそう言うと、馬車から1人の女の子が姿を現す。

 エルフと同じくつややかな金髪に、人間離れしたととのった顔立ち。

 唯一ゆいいつ異なるのは、り目の中で光る紅色あかいろひとみ

 普通のエルフの多くは瞳はあおんでいた。

 エルフ達は、彼女の美しさに感嘆の声すららすことができなかった。



「ら、ラミア様……。誠にラミアフル様の生きうつしじゃのー……。特に……」


「な、なにかしら?」



 老人は、ラミアの巨大なバストに目が行っている。

 その視線に、ラミアは背筋に悪寒おかんが走ったようだ。

 ラミアは自身の胸を隠すようにカイの後ろにちじこまってしまう。

 その光景を老人はうらめしそうに見るが、



「長老……。おたわれはほどほどにしてください」



 ミネルバが、長老と呼ばれた老人にドスの利いた声で話しかける。

 長老は彼女の剣幕けんまくきこみながら、



「ま、まー、良い。話は広間でしようではないかノー」



          ※



 エルフの長老に案内されてきた場所は、鬱蒼うっそうとした森が切り倒され光が直接差し込んでいた。

 目の前にはいずみがあり、太陽の光を周囲に反射させている。


 

「ここで、よろしいかのー?」


 

 木製の椅子いすが1つあり、そこに長老は座る。

 カイ達の座ったのは地面だったが、整備のいきとどいた草が良い感じにクッションのようになっていた。



「遠路はるばる申し訳ないのー。おい、お客様にお茶を用意しておくれ」



 長老の命令にエルフが人数分の水を持ってくる。

 まずラミアにわたし、次にクロ。

 順に渡されていき、最後にカイも受け取る。

 しかし、その時のエルフの目は敵意にあふれていた。

 しかも、カイの容器に入った水も若干少ないような気がした。



(なんか容器に対して少ない気がする……)



 カイは視線だけを隣にいるエレインに移す。

 彼女の容器にはカイの倍近くの水が入っていた。



(え、まさか俺だけ……!?)



 彼の視線に気づいたのか、エレインもカイの容器に視線を移す。

 驚いてエレインは自身の容器をさしだす。



「兄さん、飲みますか?」


「いや、いい。これだけあれば十分だ」

 


 その容器に入った水を飲み干す。

 ミネルバは警戒しながらも水を飲み、毒物が入ってないことを確認している。

 全員が気持ちよさそうに一息つく。



(なんか敵意が強いよな……)



 やっとカイは気付く。

 その寄り合い所に集まった数人のエルフは、カイに尋常じんじょうならざるほどの敵意を向けていた。



(まさか本当に俺だけ……)



 人知れず苦笑いをこぼす。

 長老も、カイ達が一息ついたのを確認してから話し出す。


 

「今日、カイ様とラミア様がいらしたのは、この弓が目的かのー?」



 長老は箱を取り出すと、ふたを開ける。

 カイ達は、この世の物とは思えないほどの美しさを持つ弓に目を奪われる。

 ガラスのように透き通っている。光に当たると、この森の象徴と言わんばかりに深緑色が、カイの目には神々こうごうしくうつる。



「ラミア様、この弓は『風神の弓』と言ってラミアフル様の所有されていた物でのー。以前はもっときれいな輝きをしていたのー。光を失ったときワシらはラミアフル様の死をさとった」


「……」



 ラミアが黙っているのを見て、エルフ達の予想が間違いでないことに気付く。

 エルフの女性は涙を流し、男性は拳を強く握りしめ顔をふせる。

 それだけラミアフルという女性はエルフにとって大きな女性だったのだ。



「今、次の弓の所有者を探している。試しに持ってみてはくださらぬかのー?」


 

 ラミアが前に出て長老から弓を受け取る。

 まばゆい光が視界をおおいつくす。

 光が収まると、ラミアの手からは弓が消えていた。

 ラミアは呆然ぼうぜんとしているが、長老は満足しながら、



「確かに、その弓はラミア様を正式な所有者と認めたの―。めでたしめだたしじゃ」



 元の位置に戻ってラミアは地面に座ると、



「1つたずねたいことがあるわ。いいかしら?」


「このエルフの村でのラミアフル様の生活を知りたい、かのー?」


「……」



 質問を見透かされたラミアは次の言葉が出なかった。



「娘ならば、母の昔を知りたいと思っても不思議ではない。なにせ、あの方がエルフであることを娘にさえ隠してきたのだからのー」



 そう言うと、長老は静かに語りだすのだった。

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